123話 飛び箱で王宮へ
朝の訓練とお風呂を済ませたところで、セリエさんにアスカの髪を結ってもらう。セリエさんも初めての髪型で、僕に確認しながらの作業になった。髪を編み後ろでとめると、アスカが普段よりお上品な雰囲気になる。
「髪を整えたアスカも、やっぱりとてもきれいだ」
「セリエさんもいるのに……旦那様は意地悪です」
アスカはいつものように、照れて真っ赤な顔をしてうつむいてしまう。それでも、僕とセリエさんは髪がちゃんと整ったことにホッと安堵していた。
「旦那様、セリエさん、ありがとうございました。これからはお屋敷で髪を整えられます。お屋敷から直接王宮へ向かえるので安心しました」
「うん、僕もホッとした。では、朝食を食べに行こうか」
朝食を食べ終えた僕たちはすぐに着替えに取り掛かる。王宮に行くのにダンジョンの装備とは変な気分です。着替えの最後に僕は杖、アスカは剣を携帯した。これで準備完了。セリエさんに留守をお願いして、僕たちは飛び箱に乗り込んだ。飛び箱に乗っても飛ぶわけにいかないので、地面のほんの少し上に飛ばして、馬の歩く速度くらいで進むことにした。
「旦那様、飛び箱もこのくらいの飛ばし方だと、皆さんの驚きは少ないかもしれませんね」
「うん、研究中の魔道具と説明すれば、納得してもらえるかと思って。さすがに馬はお屋敷では飼えないから(笑)」
アスカとおしゃべりしていると、貴族街の門まですぐに到着してしまう。僕とアスカは飛び箱を降りて、守衛さんに挨拶した。
「こんにちは。王妃様とのお約束なのですが、通行の許可は出ていますか?」
守衛さんはすでに顔なじみなのだけど、今日は何やら様子がおかしい。僕は不審に思ったけど、守衛さんはすぐに僕たちを通してくれた。貴族街でも飛び箱のまま先に進む。王城の門でも、顔見知りの守衛さんの態度がぎこちない。ただ、すぐに通してくれたので、今は気にしないことにした。
王宮の玄関では、ヒメミさんが僕たちを待っていてくれた。僕とアスカが飛び箱を降りて、飛び箱を杖に戻す。ヒメミさんは不思議なものを見るような目になっていた。
「ヒメミさん、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」
「グラン様、アスカ様、こちらこそ、よろしくお願いします。今の不思議な乗り物は、お話しされていた魔道具ですか?」
「はい。まだ研究段階でどの魔法士でも使えるような代物ではありませんが、これから使いながら改良していきます」
「これから向かうお部屋が、王宮の一番奥のお部屋なのです。その魔道具で移動されますか?お庭の端を進むのなら邪魔になることもありませんし」
「では、そうしましょう。ヒメミさんも一緒に乗ってください」
僕は再び杖を飛び箱に変形。手すりをくぐるのは不便かな……えい、後ろの部分は手すりを外してしまおう!これで後方からは歩いて乗り降りできる。さっそく3人で飛び箱に乗り込む。ヒメミさんはおっかなびっくりしながら飛び箱の手すりにつかまっていた。ヒメミさんを中心に3人横に並んで手すりを掴む。
「では、出発します。ヒメミさんは案内をお願いします」
「かしこまりました」
早速、ヒメミさんがそちらですと方向を教えてくれる。僕は街を飛んできたのと同じように、地面からわずかに浮かび、馬の歩く速度くらいで前進を始める。
「とても静かで揺れもないのですね。馬車よりも快適です。地面から浮いているのですか?」
「はい、浮いてます。王都では使いませんが、王都の外では空を飛んで移動してます」
「空を飛ぶ……ええと……すみません、私には想像もできません」
そんなやり取りをしていると、ヒメミさんがこちらですと、ある部屋の前で止まるように指示してくれる。確かに王宮の最も奥の部屋だった。僕が部屋と言っているのは、ヒメミさんが部屋と言ったからで、僕たちが到着したのは、立派な扉が入り口の場所だった。
「グラン様、アスカ様、到着されました」
ヒメミさんが大きな声で僕たちの到着を伝えると、1人の男性が扉を開けてくれた。
「ヒメミさん、こちらの男性は?」
「メティスさんです。今はこちらのお部屋の管理人です」
「初めまして、グラン様、アスカ様。メティスと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
メティスさんが丁寧にあいさつをしてくれた。僕とアスカも頭を下げる。
「メティスさん、初めまして。グランと申します。隣にいるのが妻のアスカです。こちらこそよろしくお願いします」
挨拶が終わると、メティスさんが僕たちを応接室に案内してくれた。
「メティスさん、私たちはこちらで何をするのですか?」
「お2人には、お食事の前にお着替えをお願いします。グラン様は私が、アスカ様はヒメミさんがお手伝いをいたします」
「着替えと言っても、何も持ってきていませんが?」
「はい、こちらでご用意しているのでご安心ください」
早速着替えのために、僕とアスカは別々の部屋へ向かうことになった。到着した部屋は、廊下を挟んで向かい合わせの部屋だった。通された部屋は、個人のための部屋のような作りだ。まだ、新しく整えられたばかりのきれいな部屋だった。青と白をモチーフにしたデザインは、海を思わせるような雰囲気だった。
「とても素敵なお部屋です。こんなお部屋に住める人は幸せですね」
「王宮が整えたお部屋なので、王国でも最高級のもので整えられています。これほど立派なお部屋は、国王陛下ご家族のお部屋くらいなものでしょう」
メティスさんが用意してくれた服は、制服のような雰囲気もありながらも、このまま晩餐会に着て行っても恥ずかしくない正装のような雰囲気も併せ持つ、お貴族様の着るような服だった。僕は着てきた魔法士の服を脱いで、メティスさんに渡された制服を着る。生地は相当贅沢なもののようだ。素人の僕でも分かる着心地のよさ。ベルトも立派なもので、魔法士用なのか、何本かの杖をさせるような工夫がされている。僕は普段使っているダイヤモンドの杖をさした。右手が不自由な僕に代わって、メティスさんが元のベルトについていた、ポーションや時計を新しいベルトにつけてくれた。最後に王妃様からいただいていたローブを羽織って着替えは完了です。
「メティスさん、立派な魔法士の正装ですね。こんな素晴らしい服装をさせていただいたことを、自慢話にさせていただきますね(笑)」
真新しい着心地の良い服を着て、ルンルン気分になっていた。自分で着てきた制服はリュックの中に片付けて、メティスさんと部屋でアスカの着替えが終わるのを待つことになった。アスカはもう少し着替えに時間がかかると思い、メティスさんに確認をすることにした。
「メティスさん、今日は王妃様にお目に掛けたい品があるのですが……」
「王妃様とお会いされるお部屋にはいる前に、係の者にお渡しできるようお伝えしておきます」
僕とメティスさんがそんなやり取りをしていると、ドアがノックされて、アスカとヒメミさんが応接室に戻ってきた。僕は着替えたアスカの姿から目が離せなくなった。アスカも僕と同じような青地に銀色の刺しゅうがされている制服のような正装だった。ただ、アスカの服はどことなくドレスのようにも見えるデザインで、戦闘でも着れそうに見える一方で、パーティーに出席してもおかしくないだろう。アスカの銀色の髪と青い布地に銀色の刺しゅうが合わさると、幻想的な美しささえ感じさせる。僕が見とれてしまうのもしかたないのです!
「アスカ、とてもきれいだ。まるで物語の中のお姫様が僕の目の前に出てきくれたような気分だよ」
「旦那様、ほめ過ぎです。皆さんの前で恥ずかしいです」
「そうかな?この服はどう見ても、アスカに似合うように作られた服にしか見えないよ。それほどアスカにぴったりだ」
メティスさんもヒメミさんも、うんうんと頷いてくれていた。これで僕とアスカの支度が整った。メティスさんにお礼を言って部屋を退室し、ヒメミさんと3人で王妃様にお会いするお部屋へ向かうことになりましたした。




