92話 父上に相談
入院中の僕は眠ったりアスカとおしゃべりしたりして1日を過ごした。夕方に父上が再び病室に様子を見に来てくれた。
「アスカ、父上がいてくれている間に、お風呂と着替えを済ませてきたら?」
「ああ、グランの言うとおりにしたらどうだ。アスカは今夜も病室に泊まるのだろう?」
「はい、今夜も付き添うつもりです。ではお父様、お言葉に甘えて用事を済ませてきます。その間、旦那様をよろしくお願いします」
アスカは僕と父上にぺこりと頭を下げると、病室を出ていった。父上がそれを見送った後、ベッドの側へきてくれた。僕は父上にお願いして、ベッドの上に座らせてもらった。
「ありがとうございます、父上」
「グラン、俺に何か話しがあるのだろう?」
「はい、父上。実は右腕がまったく動きません。病院で治療を受けて少しは動くようになったとしても、以前のようには動かないでしょう。もう私は冒険者を続けるのが難しいかもしれません。私が冒険者を辞めるとなると、アスカが何と言いだすか心配です」
「治療を受けてみなければ分からんだろうと言いたいが、グランのことだ、冷静に検討しての判断なのだろ?」
「はい。もう右手を触っても、何の感覚もありません。かなり重症なのは間違いありません。私は右腕が動かなくなったところで、生活するうえで特に困ることはないと考えています。母の姿をずっと見続けていましたから。ただアスカには一生辛い思いをさせてしまうでしょう。そのことはどうにかしてやりたいです」
「グランの右腕が動かないとはっきりすれば、グランや俺が何と言おうと、アスカは自分がグランの右腕の代わりをすると言い出すのは間違いない。それは避けられないと思う」
「ではやはり、私は何としてでも冒険者に戻らなければいけませんね……ですが、父上。私はクランに所属して他の冒険者と一緒に行動するのは、しばらくは無理でしょう。皆さんのご迷惑に……いや、皆さんの命にかかわるリスクとなってしまうでしょうから。父上にもアスカにも冒険者に復帰する努力を続けることは固くお約束はできますが、どうしても長い時間はもらわねばなりません。そして冒険者としてのアスカの時間も、それだけ奪ってしまうことになります。私はいったいどうすればいいでしょう……」
「なあ、グラン。お前は少し1人で背負い過ぎだ。アグリさんの姿を見てきたから自分もそうするのが当たり前だと思っているのかもしれん。だがな、俺はグランとアスカの2人だけで時間をかけてのんびり体の回復を続けたり、自分たちなりの冒険者を続けたり、やはり冒険者は無理となって、2人で冒険者を辞めて穏やかに生きていくのでもいいと思うのだ。アスカは分かったいるだろう。最下層に行くばかりが冒険者ではないし、ダンジョンへ行って剣を振るのだけが剣士ではないことを。アスカを信じて、アスカとじっくり行く末を話してみてはどうだ?」
僕は父上の意見を聞いて、僕の独りよがりでは最良の結論が導き出せないことに気付かされた。僕はうなだれてしまう。
「そもそも魁は、先代の国王陛下の温情で、俺が1人でクランを作ってもいいと特別な許可をいただいて創設した。それをグランに引き継がせて、とりあえずグランとアスカの2人だけのクランにしてはどうだ?誰に遠慮することもなく、自分たちのペースでダンジョンの攻略をしていける」
「私がクランの代表となれば、アスカもきっと手助けしてくれるでしょう。ですが、父上。父上はどうされるのですか?」
「他の魁のメンバーは、新しいクランに参加することになるだろう。その点は心配いらない」
「父上、アスカのためにも私は冒険者を続けたいです。父上のお言葉に甘えさせてください。ご協力をお願いします」
僕が父上に頭を下げると同時に、僕のお腹がグーとなった。これには父上も僕も大笑い。僕は父上にお願いして、リュックを持ってきてもらい、中から干しブドウのはいったパンとオレンジジュースを取り出す。父上がコップにジュースを注いでくれた。
僕は入院後の初めての食事になるので、少しずつゆっくり食べることにした。僕がパンをおいしそうに食べているのを見て、父上も少しは安心してくれたようだ。
「なあ、グラン。38階層のボスとの戦いは、グランの忠告を聞かなかった俺の判断ミスだ。グランにもアスカにも辛い思いをさせてしまった。本当に申し訳ない」
「何を言っているんですか、父上。父上が私を背負って38階層から駆け戻ってくれて、病院に運んでくれたと教えてくれたではありませんか。父上が私の命を救ってくれたのです。父上とアスカにはとても感謝をしています」
「アグリさんに続き、グランの腕まで傷を負わせることになってしまった。アグリさんにグランを託されたのに……アグリさんに合わせる顔がない」
「父上、私はこれでも冒険者なのです。ダンジョンで何が起こるか分からないのは当たり前のことです。命を救われアスカとも無事に再会できたのです。私はそれだけで十分幸せですし、感謝でいっぱいです」
僕は父上にお願いして、リュックからもう1つパンを取り出す。食欲が戻ってきたのなら何よりと父上に言われた。体がだんだん元に戻ってくると、心配なのは今後のことだった。ここの病室はどう考えてもお貴族様が入院される部屋だ。どれだけお金がかかるのか心配だ。僕は名ばかりの冒険者になるので、今までのようにはダンジョンで稼げないだろう。ダンジョンだけでなく、別のことで片腕の僕が何をして稼げるのかは、しっかり考えておかなければならない。
ただ、僕にとって1つだけ救いがある。片腕の母さんの生活を見続けていたからだ。魔法をうまく使って、片腕のハンディを克服していた。僕も魔力に関しては怪我を負う前とは比べものにならないほど増大している。母さんを参考にしながら魔法をうまく活用していこう。そのためにも早く退院して屋敷に戻って、魔法についてエコでいろいろ調べて詠唱してみよう。
外が真っ暗となる頃、アスカが病室に戻ってきた。僕がベッドの上で座って、父上と話している姿を見てホッとしていた。
「アスカ、おかえり。随分と早かったね」
「いいえ、これでもゆっくりお風呂にはいって、食事も済ませてきました。旦那様の分のサンドイッチをセイラさんが作ってくれましたよ」
「それは嬉しいな。でも、父上と話しながら、お腹が空いてパンを食べてしまったんだ」
「食欲がでてきたのなら、回復も順調なのでしょう。サンドイッチは食べられるだけ食べてください」
アスカが戻ってきたので、父上が屋敷に帰ることになった。父上は明日も様子を見にくると言って部屋を出ていった。
父上がいなくなると、アスカがサンドイッチを持ってベッドの横のイスに腰かけてくれる。サンドイッチは2人でつまみながら、たわいもない世間話しをした。それがとても落ち着ける幸せな時間だった。




