86話 入院
待合室で兄上と待っていると、マチスが戻ってきた。
「手続きは済ませました。私は1度屋敷に戻って、アスカ様を連れてまいります」
「よろしく頼む」
マチスは病院を出て行った。
「グリム、詳しい話しを聞かせろ」
「はい、兄上」
俺は今回のダンジョン攻略についてざっと話した。そしてグランが38階層のボスと刺し違えるようにして討伐し、グランもこんな状況になったと話した。
38階層のボスを倒したと聞いて、さすがの兄上も驚かれていた。
ようやく診察室から先生が出てきた。原因は分からないが、体の中から大量の魔力が噴き出して、体が耐えきれない状態だと言われた。今は杖と石が魔力を吸い出し、ぎりぎりの状態を保っているが、長くは持たないだろうとも……はっきりと治療方法はないとも言われた。
どうして突然、魔力が噴き出すような状況になったのか、それは俺には分からない。もしかするとリサなら何か知っているのか?どちらにしてもリサは数日は戻れないだろう。
「先生、この後グランはどうなるのでしょうか?」
「とりあえず、入院していただきます。魔力を抑える薬を投与して様子をみます。ただ先ほどもお話ししましたが、治療方法はありません」
「わかりました。よろしくお願いします」
「お2人は引き続き待合室の方でお待ちください。患者さんをお部屋に運んでからお声がけしますので」
兄上と俺は再び待合室で声がかかるのを待った。しばらくすると看護師に声をかけられ病室に案内された。
立派な病室に俺は驚いた。これは貴族の入院する病室だ。
グランは汚れも血も拭いてもらい、きれいになっていた。だが、リサに巻かれた包帯だけはそのままになっていた。ベッド脇のテーブルに透明な石が置かれていた。リサが持たせたものだろう。俺は念のため、グランの右手に石を持たせておいた。心なしかグランが落ち着いたように見えた。
「兄上、このような病室は身分不相応です」
「アスカはグランが回復するまで、もう病室の外へは出ないだろう。せめて部屋で休めるようにしてやらねばな」
「兄上、お心遣いを心から感謝いたします」
マチスがアスカを連れて病室にきた。アスカは落ち込んではいるものの、取り乱すようなことはなかった。俺はアスカをベッド脇のイスに座らせる。
「アスカ、先生の診察では体の中から魔力が噴き出しているそうで、その魔力に体が耐えられない状態になっているらしい。今は魔力を抑える薬を飲ませて経過を見ているが、残念だが治療方法はないそうだ」
「お父様、治療方法はあります。たぶん旦那様は魔石を飲み込まれたのでしょう。お医者様よりキツカ様にご相談した方が治せるかもしれません」
「アスカ、どういうことだ?」
「旦那様とキツカ様は魔石の研究で協力されていました。お互いに情報を交換されていたのです。たぶんキツカ様と研究されている石を体内に取り込んだのだと思います」
「分かった。キツカ様に連絡して、ここへ来たいただくようお願いしてみる」
「お父様、ありがとうございます」
「アスカ、グリムを一度屋敷へ連れ帰るぞ。この身なりでは病院にいさせられん」
「はい、伯父上様、お父様をお願いします。私がここにおりますので、皆さまはお帰りいただいて大丈夫です」
兄上はマチスを残すと言ったが、アスカは頑なに断った。俺もしばらくは2人にしてやりましょうと言い、3人で屋敷に戻ることになった。
皆が帰ると、アスカはグランの右手を取り両手で握る。グランの手には石が握らさせたままなので、その上から包み込むようにだ。グランの手を握ったことで、アスカはようやく涙を流したようだ。
「旦那様の言いつけを守らず私が戦いを望んだばかりに、旦那様をこのようなお姿にしてしまいました。私はなんと愚かな妻なのでしょう。旦那様以上に大切なものなどないというのに……愚かな妻である私をお許しください。どうかお目覚めになって、私を見て、私に声を聞かせてください」
アスカはグランの顔を見たまま、微動だにしなくなってしまった。それは俺が病室に再び戻ってきて、無理やり引き離すまで続いていたようだ。アスカが引き離されたことで、石がグランの手から転げ落ちる。その石を見てアスカは思い出す。リサが弱っていたときに心臓近くの肌に石を押し付けるようにと話していたことを。アスカは石を拾い上げ、グランの胸元に石を押し付ける。
「お父様、この石だけは旦那様から離してはいけません。旦那様が死んでしまいます」
俺はそれを聞いて、包帯の位置を調整しながら包帯の中へ石を入れるようアスカに指示する。アスカが指示に従い包帯の中へ石を入れると、ちょうど良い位置で固定された。それで、アスカも少しは冷静さを取り戻せた。
「アスカ、キツカ様が後で病室に来てくれるそうだ」
「お父様、ありがとうございます。きっとキツカ様なら治療方法を考えてくださいます」
俺にはアスカの言っていることが理解できていなかった。だがアスカは固くそう信じているようだった。




