21話 迷いと決心
歩行訓練を終えて屋敷に戻る道すがら、私はグリムさんに耳打ちする。
「グリムさん、申し訳ないのですが、私の人生相談にお付き合いいただけませんか?」
「はい、それはかまいませんが……」
「では、昼食後に私の部屋でお待ちしております」
「了解しました」
そして昼食後、私はミリンダさんにお茶の支度をお願いして準備してもらい、車いすを部屋の脇に片付けて、自らの足で歩き、自らイスに腰かけ、グリムさんが来られるのを待った。
ノックと、「グリムです」の声に、「どうぞ、お入りください」と部屋に招き入れた。入室したグリムさんに座ってもらい、私は2人分の紅茶を準備し、お茶をすすめたところで話しを始めた。
「グリス家にご厄介になった時から、お世話になるのは歩けるようになるまでと考えておりました。そして本日、無事にグリムさんの合格がいただけました。いよいよこれからは自立を考えていきます」
「はい」
「自分としては魔法士になれずとも、魔法と調合を探求していきたいと思っています。そして調合で作成したものと生活必需品の交換で生活を成り立たせるのが理想です」
「はい」
「でも、今の私は衣食住の何も持っていません。王都でお金を稼いで、お金が貯まったら田舎で家を購入し、村の人たちと物々交換によって生計をたてる……夢物語でしょうか?」
「夢物語とまでは言えませんが、実現するためには十年という単位で時間が必要と思います」
「そうですよね、私は考えても考えても最初の1歩ですらどう踏み出せば良いのか想像できていないのです……」
「アグリさんは1つ大きなことをお忘れです。アグリさんがこの境遇となったのは、ご自分が大きな負担をした結果です。そしてその負担に対する報酬はまだいただいていないのです。簡単に言えば、仕事はしたけど、給金を受け取っていない状況です。そして国王陛下は給金を支払っていないことをご存じです」
「でも、グリムさん。たとえ国王陛下にお支払いの意思があったとしても、私が国王陛下から報酬を得たいと伝えるすべはありません」
「私は国王陛下からの命令書を今でも持っており、その命令に従って任務を遂行しています。それは侯爵様も同様で、アグリさんを静養させよとのご命令です。アグリさんが歩行が可能になって静養も完了となれば、任務が終わった報告を私も侯爵様も行い、次のステップに進むのです。ですので、今のアグリさんは将来の希望だけを考えるだけで十分です。まずは侯爵様に歩行が可能になり静養が終了したことをご報告ください。そして将来の展望をお話しください。すべてはそれからです」
「はい、分かりました。今夜にでも早速、お父様に報告してまいります」
夕方になり、私は歩いてお父様の部屋へ伺った。ドアをノックし、「アグリです」と伝えると、「どうぞ、お入り」との返事。「失礼します」と部屋へ歩いて入っていく私の姿を見て、お父様は驚きの表情の後、微笑みに変わった。
「どうぞ、お座り」
「失礼いたします」
挨拶の後、私はゆっくりソファーへ座った。
「もうすっかり日常生活に支障はないようだね、よく頑張ったなアグリ!」
「はい、お父様。皆さまのご支援と温かな励ましによって、私はここまで回復することができましたことを、心から嬉しく思い感謝しております。自分自身が体への不安がまったくないことから、静養はこれで終了と考えております」
「そうか……では、その旨を国王陛下へ報告するとしよう。それでアグリ、自分の将来については考えたのだろうな?」
「はい、私の希望としては魔法と調合の探求を続けていきたいと考えています。その夢を継続するための手段として調合により薬を作成し、薬と生活必需品の交換によって日常生活を維持したいとも考えています。また、調合の材料を得るためには、ある程度田舎の、それも山に近い場所を住みかとするのが良いだろうとも考えております。この希望を実現するために最初に必要になるのが住まいです。ですので、住まいを手に入れることを、私の最初の目標と設定しました」
「なるほど、アグリの希望の実現のために考え抜いた結論がこれなんだな。これも国王陛下のお耳にいれておく。ただアグリ、私と妻のわがままについても検討してみて欲しい。私と妻はアグリを本当の娘のように思っている。そう言葉でも伝えたことがあったし、行動でも示してきたつもりだ。最初はフィーネの命を救ってくれた恩人という面が大きかったが、今はもう違う。心から私たちの娘として、いつまでも家族として共に暮らせていけたらと思っている。ここに留まるならば、平穏な生活を一生送れる約束をすることができる。考えてみてくれないだろうか」
「お父様、それは私も考えました。お父様とお母様と呼ばせていただいてから、親を知らなかった私の両親となってくれました。お兄様たちとフィーネさんが兄弟となってくれました。私はこの世に生を受け、やっと家族を持てたのです。子供の頃に他の子供たちは当然のように持っていて、どんなに望んでも私にはなかった家族がです。このお屋敷の中は、私にとっては夢で描いていたとおりの幸せが実際に存在していたのです。このままここで一生幸せなまま生きていきたい……その思いから抜け出す勇気を振り絞るのはとてもつらい決断でした。それでも、私を育て高めようとしてくれた方たちへの希望や恩を無視することも難しかったです。ですから、私はここを離れても、必ず幸せで過ごし、お父様とお母様にも安心して見守っていただけるよう努力します……」
「アグリの決心は固いようだな。寂しくとも子が巣立っていく姿を見送るのが親の務めだ、アグリに対してもきちんと親の務めを果たすとする」
「お父様!」
私は耐えきれずお父様に抱きついて泣きじゃくった。お父様はいとおしむように私の頭を撫でてくれた。私が落ち着きを取り戻すまで、ずっと、ずっと……




