18話 歩行訓練準備2
朝食を終え、ミリンダさんと自室に戻る。部屋に入り車いすの私をテーブルの近くまで押してくれると、ミリンダさんが、「お召し物はいかがしますか?」と質問してきた。
「汚れても良い服……ですかね。転ぶことがあると思うので痛んだりしても大丈夫なものがいいです。それと転んだときに、はだけてグリムさんにお見苦しい姿をお見せしないと助かります」
「かしこまりました。アグリさんがスミスさんと用事を済ませている間に、奥様と相談してくる段取りでよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
しばらくするとノックされ、「アグリ様、お迎えに上がりました」と声をかけられた。ミリンダさんが扉を開け、部屋の外まで車いすを押してくれる。廊下にはスミスさんとグリムさんが立っていた。グリムさんが車いすを押して歩き出すと、横のスミスさんが話し始めた
「魔法の登録も杖の保管庫も地下になります。地下はお屋敷と違って石の床となりますので、グリム様にアグリ様を抱えて移動していただきます」
「はい、分かりました。グリムさん、今日も抱えていただくことになって恐縮です」
「いえいえ、お気になさらずに、私の役目ですから」
そんな会話をしていると、厳重で重そうな扉の前に到着した。スミスさんが開錠して扉を開けると小さな部屋の中心に下へ向かう階段があった。スミスさんは階段横の棚に置かれていた小さなランプ2つと大きなランプ1つに火をともした。小さなランプは腰のベルトの左右につけ、大きなランプは手で持った。
「それではこれから地下に降りますので、グリム様はアグリ様をお抱えください」
グリムさんが車いすから私をひょいと持ち上げ、昨日同様に立派な?お姫様抱っこをしてくれた。
「準備できました。スミスさん先導をお願いします」
階段を降りると、地下といえども1階と同じような廊下と部屋の構造だった。相当な部屋数があるのだが、倉庫に使用したりしているのかな?
「1番奥のお部屋になりますので、しばらく歩きます。足元にご注意くださいませ」
スミスさんが先導して歩き始めた。そして最奥の扉に到着。この扉は相当な強度があることが私が見ても明らかで、この先がとても重要な部屋だと分かる。この扉は鍵穴も4か所もあって、スミスさんが1つずつ開錠していきようやく扉が開く。部屋に入ると何やら機械と魔道具がいくつか置かれていたが、注目したのはさらに先にあった大きな扉。この扉も鍵穴も4か所あってスミスさんが開錠する。そして、スミスさんが扉横の魔道具に手を置き、思念の伝達を始める。スミスさんも魔法士だったのね。しばらくすると扉の縁がうっすら発光して明らかにすべてが開錠されたことが分かった。
スミスさんが扉を開け、部屋に入った。前の部屋と同じく機械や魔道具が置かれていた。その中の1つの魔道具の埃を払って、スミスさんが魔道具に手を置く。しばらくして私に指示をくれる。
「アグリ様、こちらの魔道具に手を置いていただけますか」
「はい」
私が手を置いてしばらくすると、魔道具が一瞬発光した。
「アグリ様、手をお放しください」
「はい」
私は手を引っ込める。代わってまたスミスさんが手を置く。
「アグリ様、何か魔法の詠唱をお願いします」
「はい」
私は手のひらを上に向けて、「ライト!」と詠唱。手のひらの上に光の玉が出現して部屋を照らした。
「もう結構です。これでアグリ様の魔法は敷地内で使用されても問題ありません」
「ありがとうございました」
扉を閉めつつ廊下へ戻り、「次は杖を選びにまいります」とスミスさんが先導して歩き出した。歩きながらスミスさんが私に確認してくる。
「アグリ様は昨日も微弱な魔力を使用されていましたね」
「ええっ、魔法学校の校長先生からいただいた外部記憶の魔道具を使用していました。許可も取らずに使用して浅はかでした。申し訳ありません」
「滅相もございません。あの程度の魔力では何もできないことは私でも承知しておりましたから。ただ魔法検知はしっかり反応しておりました。あの魔力量でも正常に検知してくれて、かえって良い検査となりました」
スミスさんは笑ってくれたけど、次からは何でも相談してからにしないと!そしてしばらく歩いて1つの扉の前に到着。こちらの扉は鍵が1つの普通の扉。スミスさんが開錠して部屋に入った。中に入るとこの部屋は戦道具の倉庫と分かった。貴重なものが壁にかけられたりつるされたりしていて、一般的な物は下にまとめて置かれていた。ただこの部屋の奥にも先ほどと同様の厳重な扉が存在していた。スミスさんが開錠と魔道具を操作し扉を開け部屋に入っていった。この部屋の物はどれも丁寧に厳重に保管されていることが明らかだった。
「スミスさん、こちらのお部屋の物はグリス家の家宝級の逸品ですよね?」
「はい、そのとおりです」
「私がこのような物をお借りする訳にはまいりません!」
「ご当主様はどれでも好きに使わせるようにとのご命令でしたので」
……私どうしたらいいの(涙)私が心底困っていると、グリムさんがフォローに入る。
「私が常に護衛しておりますので、盗難等はご心配なく。ただ、壊れるかどうかまでは、私では防ぎようもありませんが」
「グリムさん、意地悪です……」
グリムさんとスミスさんは笑いだした。そしてスミスさんが私に確認。
「アグリ様、どのような補助を目的に杖を使われますか?お話を伺う限り、アグリ様は白魔法士であられながら黒魔法に似たものを使われたとか……」
きっとスミスさんは私がフィーネさんをお守りした時の話しを聞いているね……
「歩行訓練で使用する魔法は黒魔法が主になると思います。ただ、白魔法を補助として使います。ですので、魔力効果の増加や詠唱時の魔力軽減、魔力出力の安定化のようなものがありがたいです」
その話しを聞くと、スミスさんは1本の杖を持ってきてくれた。
「この杖はグリス家に残る最も古い杖です。古いがゆえに余計な工夫もなく、とても素直でいて力強い杖です」
そう言って杖を私に向けて見せてくれる。私に向けられた杖は、杖も魔石も真っ白なもので、今までに見たこともなければ、文献でも見かけたこともない特別な杖だった。私はスミスさんが持つ杖を預かり掴んでみる……すっと私の魔力が杖に流れ、まるで私の中の魔力と杖の中の魔力がお互いを補い合うように一体となった。杖は見た目も変化した。白かった魔石が無色透明となった。これにはスミスさんも驚いていた。
「この杖は、まるでアグリ様用にしつらえたような杖です。多くの魔法士がこの杖を手にしましたが、この杖の石を変化させたのはアグリ様ただお1人です」
スミスさんの大絶賛もあり、この杖をお借りすることとなった。でも私は気づいていた、この杖が壊れたときには、もう誰も作り出せないことを……
そもそも、私の歩行訓練で体を支えるための杖に、こんな世の中に1本しかないレベルの杖を使うって、皆さん何を考えているのですか!




