40話 父上の夢と僕の夢
リイサさんの店に着く。僕たちの姿を見かけて、リイサさんはすぐにビールの準備を始めた。そして、僕らが席についたとたんに、ビールジョッキがドカンとテーブルに置かれる。
「リイサさん、すまないが1杯付き合っていってくれ」
父上はそう言って、自分のお代わり用のビールジョッキをリイサさんに渡した。
「まずは、グランとアスカの結婚式が無事に終わり、夫婦としての生活が始まった。まだ、若い夫婦なので、セイラさんにもリイサさんにも面倒を見て欲しいと思っている。よろしく頼みます。乾杯!」
「グリムさんも父親らしいことを言うんだね、セイラさんは聞いたことがあったかい?」
「言葉にされるのは珍しいですね……グリムさんも年を取られたのでしょう」
「2人ともうるさい!今日はリイサさんに相談があってきた。話しを聞いてもらっていいか?」
リイサさんは給仕の女性に声をかけて、山ほどのビールジョッキをもってこさせる。
「それで、グリムさんの話しとは?」
「グランから聞いていたと思うが、料理を頼みたい。詳しくはグランから頼む」
「はい、リイサさんに相談していた料理の件がはっきりしました。16人分の1日3食の料理を35日分お願いします。まず、リイサさんのお店と献立表を作って、その献立表に沿って料理をしていきます。材料はこちらで準備しますので、リイサさんには献立表から必要な材料や調味料、薪の数も検討してもらいます」
「そうなると、こちらがやるのは献立表の検討と材料の洗い出し。そして調理ってことだね。材料の仕入れをそちらがするのは何でなんだい?」
「はい、クラン経由で仕入れると、4割引きで仕入れられるのです」
「4割引き!それじゃ店側は儲けなしじゃないか」
「はい、儲けはないと思います。でも喜んで引き受けてくれると思います。特に今回は」
「最初の作業は献立表作りからだね……35日分となると大変だ……」
「リイサさん、僕はそんなに心配していないんですよ。お店のモーニング、ランチ、ディナーのメニューをそのまま作るつもりですから」
「なるほど、それならもう献立表はあるようなものさ。店では1カ月分の料理のメニューが決まっていて、それを毎月作っているだけだから」
「分かりました。僕とアスカで明日の午後にお店に来ますので、細かい話しはそこでさせてください。リイサさんは費用の検討をしておいてください」
「了解した。少し遅めのランチを食べにおいで。一緒に食べながら話しをしよう」
「はい、よろしくお願いします」
リイサさんはジョッキに残ったビールを一気に飲み干し、空いているジョッキを大量に抱えて戻っていった。
「グランは細かい話しもできるのだな、料理人だけでなく商人にもなれるのではないか?」
「いいえ、父上。私は冒険者を目指すのです。他の職業に興味はありません」
「グラン、冒険者を目指すのも大切だが、他の仕事のことを知るのも大切だ。特にグランにはクランで果たして欲しい役目がある」
「父上が僕に頼みたいことがあるのですか?」
「ああ、アスカから聞いたが、グランも孤児を育てる手伝いがしたいらしいな。孤児関連の管理はグランに任せようと思っている」
「僕にできるのでしょうか……」
「心配するな、ちゃんと孤児院を運営している人たちも参加してくれる。だからグランはあくまでもクラン側の人間としての意見をするだけだ」
「父上は拠点を使われるお考えですか?」
「ああ、拠点は子供たちを育てるには設備が整っていていい。必要があれば国王陛下にお願いして、ギルドから買い取ることも考えている」
「さすが父上です。お話しが大きい。私ができることならなんでもお手伝いします。私やアスカが父上や母に育てていただき、こんなに幸せにしていただきました。私も子供たちが幸せになれるお手伝いがしたいです」
「グラン、お前の考えは立派だ。アグリさんも安心されるだろう。しっかり頼むぞ」
「はい、父上!」
父上も結婚を機に僕の行く末を考えてくれているようだ。母さんが僕を父上に託した気持ちが分かる。父上はまっすぐで正確で頼もしい。立派な人だ。アスカも父上によく似ている。さすが親子だ。
父上とセイラさんが飲みまくりモードに移行したことで、僕とアスカは料理をつまんでお酒を飲んでのマイペースになる。
「旦那様、お父様との立ち合いはいかがでしたか?」
「アスカとは、また違った隙の無さだった。父上との立ち合いは、こう……巨大な岩と闘っている気分だった。どっしりしていて、どこから手をつければいいか分からなかった。でも、動き出すともの凄いスピードで動いてくる。攻撃の手数が少ないから、こちらもじっくり観察する時間はあったけど、父上の攻撃は1発受けたらお終いだ」
「お父様から、それだけ受け取れれば十分です。後は朝の訓練で想像の中のお父様と立ち会えばいいのです」
「アスカの訓練はずっとそうしてきたの?」
「はい、1人の訓練のときはそうしています」
「僕も今後はそうする。でもアスカとはしばらく毎日立ち合いをお願いしたいんだけど……」
「はい、私と訓練される日は、お相手しますからご安心ください」
僕はテーブルの下のアスカの左手を握って、耳元でささやく。
「アスカ、ありがとう。いつも優しい僕のお嫁さん。大好きだよ」
アスカは真っ赤な顔をしてうつむいてしまったのは、いつものことです(笑)




