38話 集大成
翌朝、いつものようにダンジョンへ行くときの装備で外に出る。アスカもいつもの軽装もつけない訓練の姿。
「アスカ、今朝の訓練で僕がしてきた工夫のすべてを試してみる。だから、アスカもそのつもりで僕を評価してみて欲しい」
「はい、旦那様の努力の成果を拝見させていただきます」
2人は向かい合って、お互いに構える。珍しく僕から攻撃を仕掛けて立ち合いが始まった。
アスカはよけたり、突き落としたり、切り落としたりと多彩に攻撃をかわす。それは昨日の訓練と変わらない。でも、今日の僕はある目標をもって立ち会っている。それはアスカに距離を取らせるような動きをさせること。距離を取ればアスカの攻撃は物理的に当たらない。一方、僕の魔法による攻撃は距離はあまり関係がなく、僕だけが安全に攻撃ができることになる。だから、アスカには少しいやらしい攻撃をしている。アスカの動きを封じるために、アスカの近いところに2つの盾を投げつけたり、タイミングを変えて2つの盾を投げたりと、受ける側をいらつかせるような攻撃。
アスカもいつもとの違いを感じ取ったようだ、今日の僕の攻撃が、リズムの取りにくい変則的な攻撃方法にアスカも少々嫌がっているようにみえる。でも、アスカは一瞬の隙を見つけて突きを撃ち込んでくる。僕は防御用の盾を出して防御。アスカの細剣をはじき返した後に、僕はアスカの細剣と軸足の右足の2か所を狙って攻撃用の盾を投げつける。アスカは一瞬険しい表情をして、後ろに下がった。僕はしてやったりで、両手両足、そして額をめがけて5つの攻撃用盾を投げつけた。僕は正直、アスカに攻撃を当てられたと確信していた。でも、結果はいつもと同じ。アスカは今まで見せたことのないスピードで剣を突き、5つの盾を突き落としてしまった。
僕は両手を上げて降参した。今の僕には今の攻撃が精一杯だから。
アスカはいつもの凛々しい姿で剣を鞘に納めて、ホッと息を吐いた。
「旦那様、今の攻撃はお見事でした。関心しました」
「僕はアスカに1つでも当てられたと思っていたよ。でも、やっぱりだめだった」
「旦那様が防御用の盾を投げていれば、別の結果となっていたでしょう」
「いいや、アスカなら突き落とさずに違う方法を選択して避けるはず。アスカにはまだ余裕があるように見えたから」
「いいえ、旦那様。最後の突きは私の本気の突きです。旦那様との立ち合いで、本気の突きを繰り出すとは思ってもいませんでした。旦那様が成長された証拠です」
「少しは自信を持ってもいい?」
「はい、ダンジョンで魔獣を相手にしても、十分に戦えます。攻撃にも防御用の盾を混ぜて使って、隙ができたところで糸の攻撃を繰り出してください。1度では無理でも、何度か攻撃をしていれば、必ず旦那様の勝利になります」
ここで訓練は終了となる。いつものようにお風呂に入り、朝食を食べる。午前中はいつもの家事をこなして過ごそう。でも、午後からは日常生活に戻るつもりでいた。いよいよダンジョン攻略の準備を始めることにしたからだ。
昼食を食べながらアスカの午後の予定を聞いてみる。
「アスカ、午後から父上に会いに行こうと思っているのだけど、アスカの予定はいかがかな?」
「はい、大丈夫です。せっかくお父様のところへ行くのですから、お父様と立ち合いをされてみてはいかがでしょう?」
「うんそうだね、父上に何と言われるかは分からないけど、支度だけはしていくよ」
僕が昼食の後片付けをしている間に、アスカには外出の支度をお願いした。お互いに準備が整ったところで、父上の屋敷に向かう。
残念ながら父上は外出中だった。セイラさんはすぐに戻ってくると教えてくれたのと、セイラさんからも僕たちに話しがあるとのことで、そのまま父上の屋敷にお邪魔することにした。セイラさんは居間に案内してくれた後、お茶とお菓子を用意して戻ってきた。
「お2人にお願いされていたお手伝いさんが見つかりました。私の末の妹のセリエです。グリムさんは何度か会ったことがあって、問題はないと言われていたので、お2人に会っていただきたいと思います」
「僕はかまいませんが、アスカはどうかな?」
「はい、セイラさんの妹さんなら安心です。ぜひお会いしてみたいです」
「先にセリエの身の上だけお話ししておきますね。母はセリエを生んだ後、体調を崩して亡くなりました。商人だった父も母を失い仕事の無理がたたったのか、数年後になくなりました。商人の父とお取引のあった、先代のグリス侯爵様の温情で、私とセシルはある程度の年齢になっていたこともあり、お屋敷に引き取っていただいて使用人となりました。ですが、幼少のセリエだけは遠縁の親戚に引き取られることになりました。そんな事情もあり会うこともなかったのですが、私が結婚して侯爵家を出たのをきっかけに、セリエと会う機会が持てるようになっていたのです。ですが、セリエの旦那さんが亡くなって、旦那さんとやっていたお店をたたむことになり、それで私を頼って王都に1人で来たのです」
「そんな事情があったのですか。分かりました。そうなると、セリエさんには住み込みでお仕事をお願いができると考えていいですね」
「はい、可能なら住み込みでお願いしたいです。私と違い一般人なので、使用人のようなことはできません。あくまでも家庭内のお手伝いさんということで考えてください」
「もちろんです。僕たちはお貴族様ではないので、使用人なんてとんでもないです。セイラさんと同じような普通の家庭の働き方をしていただけると助かります」
「そうそう、グランさんの場合は、お料理の確認もしてもらった方がいいですか?ご自分でお料理をされる人でしたから」
「いえいえ、普通にお料理を作っていただければ十分です。ただ、ダンジョンへ行くときの料理の手伝いはお願いするかもしれません」
「はい、そのときは私も手伝いますから、安心してください」
それからはお茶とお菓子をいただきながら、しばらく世間話しをして父上の帰りを待った。




