30話 アスカの不安
昨夜のアスカは疲れていたように見えたけど、それでも翌朝の訓練を休まなかった。僕も一緒に訓練をする。魔法のことはある程度理解できたので、今朝は体力増強を重点においている。訓練が終わるとアスカと一緒にお風呂にはいった。今日は柑橘系の果物の実をいれている。爽やかな香りでやる気もでそうだ。
朝食もアスカの好きなプレーンオムレツにカリカリベーコンを添えた。パンも軽く炙ってバターを塗る。ジュースはアップルジュース。アスカは得意の幸せ顔で朝食を食べていた。一晩ぐっすり眠って、少しは体力が回復したのかな?
朝食後は洗濯をして、たまには外に干すことにした。そしてさぼっていた屋敷の掃除をする。あまり時間をかけるとアスカが気にするので、さっと掃除を済ませた。
僕が居間へ行くとアスカは編み物をしていた。考えてみると、アスカと王都へきて、家でのんびり過ごすなど初めてかもしれない。少しアスカに申し訳ない気になる。
「アスカは編み物が好きなの?」
「はい、あまり上手くはないですが、編み物は好きです。セイラさんに教えてもらいました。刺しゅうも好きなんですよ」
僕はちょっと待っててと言って、部屋へ戻り、リュックから母さんの荷物の布袋を1つを取り出す。居間へ戻ってアスカへ布袋を渡す。
「アスカ、役に立つか分からないけど、使えるようなら使って。母さんが使っていたものなんだ」
アスカは袋の中身を1つ1つ確認する。そして、道具と一緒に入っていた作りかけの1枚のハンカチを見つける。ハンカチを広げるとひまわりの刺しゅうがされている。
「母さんがその編み機でハンカチを織り、刺しゅうをしていたんだ。出来上がったハンカチは、季節ごとに親しい人へ送っていたみたい」
「立派なハンカチと刺しゅうです。私にはとても真似できません。ごめんなさい、旦那様。私はお嫁さんらしいことが何もできなくて……」
アスカは寂しそうな表情で、しょんぼり落ち込んでしまった。
「アスカ、昨日から落ち込んでいたのは、それが原因?」
「はい、もうすぐ結婚式なのに、私は旦那様に奥さんらしいことを何もしてあげられていません。旦那様が可哀そうです」
僕はアスカをギュッと抱きしめて、キスをした。
「僕はアスカが大好きなんだ。だからアスカが隣にいてくれるだけで、とても嬉しいし幸せだよ」
「……」
僕はどう応対してよいのか困っているアスカに、またキスをする。
「僕がこれほどアスカのことを好きなのに、アスカには伝わっていなかったんだ。ごめんね」
「旦那様は、私のことをとても大切にして……」
僕はキスをしてアスカの言葉を遮る。
「だめだよアスカ、理屈じゃないんだ。僕はアスカとずっと一緒にいたいし、アスカにも僕としっよにいたいと思って欲しい。その僕の気持ちをアスカに伝えたい。だから今日はアスカに気持ちが伝わるまで、ずっとこうしている」
僕はアスカの瞳をじっと見つめる。アスカの瞳に涙が浮かんでくる。
「私は、旦那様のことが大好きなんです。そばにいて欲しいのです。ずっと、そばにいて欲しいのです」
「うん、ずっとそばにいるよ。心配しなくても、僕がアスカのそばにいたいから、ずっとそばにいる」
アスカも僕にギュッと抱きついてきた。
「旦那様、大好きなんです。ずっと旦那様を大好きだとお約束します。ですから私のこともずっと好きでいてください」
「もちろん、僕はアスカのことをずっと好きでいるよ。アスカをお嫁さんにして、僕だけのアスカにするんだから」
「はい、旦那様のお嫁さんにしてください。旦那様の奥さんになりたいです」
僕とアスカは長い時間を抱き合って過ごした。アスカの温もりが伝わってきて、アスカの柔らかさを感じて、アスカの香りを感じて、アスカとこうしているのが、やっぱりとても幸せだ。アスカにも僕が感じている幸せを感じてくれていたら嬉しいな……
「旦那様、拠点のお母様のお部屋へ行ってみませんか?」
「父上が話してくれた、学生時代の母さんの部屋のこと?」
「そうです。たくさんの教科書がそのまま残っているので、リュックも持って行ってください」
「分かった。部屋に行ったついでに、リイサさんの店でお昼を食べよう」
僕たちは気分転換も兼ねれ外出することにした。僕はアスカに手を差し出し、アスカも手を握ってくれる。そして2人で歩き始めた。
拠点はきれいに掃除がされているが、使っている形跡はまったくない。これほど立派な建物なのにもったいない。
玄関に近づくと、玄関近くの壁に深い傷が残っていた。これがきっと母さんが片腕を失った場所なのだろう。それを横目に玄関を通る。右手には食堂かな?多くの長机が並んだ広い部屋があった。
「旦那様、お部屋は3階にあります」
アスカは先を歩いて僕を案内してくれた。階段を上がって3階に到着。廊下を少し進んだところに305号室とプレートが張り付けられていた。アスカがその部屋のドアを開けた。
部屋に入るとそれほど広くはないが、生活するには不足がなさそうな部屋だった。左側にベッドと洋服ダンス?右側に勉強机と本棚がある。母さんはここで学生時代を過ごしていたのか……
僕は本棚の前に進む。魔法学校の教科書がずらりと並んでいた。僕がエコで読んだものばかりだ。1冊の本を手に取って見る。ぱらぱらとページをめくってみたが、とてもきれいに使っていたようだ。本の横に紙の束を紐で綴じたものも置かれていた。こちらは勉強に使っていた自作のノートかな?中身を見てみると、余白にまでメモが書かれていた。『フィーネさんと種まき』『お掃除の日で図書室は閉鎖』『調合の材料を買いに行く』今の僕よりも年下の母さんが、書き残したメモ……きっと未来の希望いっぱいに生きていた母さん。この後の母さんの波乱の人生を考えると切なくなる。
アスカは僕の背中をそっと撫でてくれた。
「旦那様、寂しそうなお顔になっています」
「ごめん、学生時代の母さんのメモを見ていたら、なんだか切なくなってしまって……学生時代は白魔法士になるのを目標にしていたと聞いていた。夢をいっぱい抱えて学業に励んでいたんだと思う。でも、そんな母さんの人生は、孤児の僕を育てる結果となった。どうしても申し訳なく思ってしまう……」
しばらくの時間を母さんの部屋で過ごした。アスカには申し訳ないけど、僕はしばらく何もする気が起きなかった……




