16話 問題山積
お屋敷に戻って、グリムさんにはもう屋敷から外には出ないので、自室で過ごしてくださいと伝えた。ミリンダさんには部屋の中まで車いすを押してもらい、持ち帰った荷物の中から金属ペン、インクビン、紙、サキさんからの手紙、魔道具を事務机の上に置いてもらい、他のものはタンスの中に置いてもらった。ミリンダさんは「衣類は洗濯してからしまっておきます」と言い残し、衣類を持って部屋を出て行った。
事務机に置かれた物をボーっと眺めていると、今の自分にはまったく使うことができないと痛感する。気持ちはどん底、でも奮い立たせてなんとか使う方法を模索しないと、本当に何もできない人間になってしまう……取りあえず、最初に思いつた方法で試していこうと、片手で車いすの車輪を押し事務机まで進める。左手を伸ばしてようやく魔道具をつかみ、膝の上に乗せた。魔道具の上に左手をのせ確認してみる。
『私はアグリです。使用者登録はされていますか?』……『はい、ご利用になれます』
よしよし学校で登録してもらった内容はこの魔道具にも引き継がれているようだ。
『使用者登録で使用権限の差はありますか?』……『はい、使用権限によって使用可能な機能が異なります』
では肝心な確認を!
『アグリの使用権限は何で登録されていますか?』……『管理者権限です』
おおっ、これはもしかすると!
『使用権限の管理者権限が最も高い権限ですか?』……『はい、管理者権限はすべての機能を利用可能です』
やったー!
『アグリの登録内容はアグリのみ変更可能にできますか?』……『はい、可能です』
『アグリの登録内容はアグリのみ変更可能にしてください』……『はい、完了しました』
これで誰も私の登録を変更できない。先生方ごめんなさい!そして、最も重要な機能の確認。
『検索結果の該当ページの内容を読み上げてもらうことは可能ですか?』……『はい、可能です』
おおっ、これで図書室に行かなくても調べ物ができる!それではついでに確認。
『該当ページを絵として見せてもらうことは可能ですか?』……『はい、可能です。ただし思念でお送りするので見えない人もいます』
試してみるしかありません!
『ひまわりの絵を見せてください』……『382件該当しました。どれを見るか指定してください』
『ひまわりの絵を検索して該当した最初の絵を見せてください』……『はい、思念をお送りします。見終える時は終了と送ってください』
すると頭の中にかなり鮮明な映像として浮かび上がる。これはかなりすごい!もう究極奥義って気分でさらに試してみる。
『ひまわりの絵を検索して該当した最初の本の該当した最初のページを絵として見せてください』……『はい、思念をお送りします。見終える時は終了と送ってください』
ついにやりました!ページ丸ごと頭の中に浮かんできました。これなら読書するのと変わらない。
これで準備は整った!心の中でガッツポーズしていると、ドアがノックされた。
「どうぞ、お入りください」
「失礼します」
フィーネさんが部屋に入ってきた。
「学校、お疲れ様でした」
「ただ今戻りました。アグリさんが屋敷にいてくれるなんて不思議ですね。とても嬉しくて大歓迎です!」
「フィーネさんはお戻りになってからの毎日の日課のようなものはありますか?」
「私は食事と入浴を終えてから就寝までを予習復習にあててます。図書室に寄ったり、花壇に寄ったりした日は少し帰りが遅くなります」
「お食事前ならお時間もらってもいいですか?」
「はい、かまいませんよ」
「では、相談をさせてください」
私は、フィーネさんにイスをすすめた。
「大変お恥ずかしい話しなのですが、私は着る物を持っていないことに気づいたのです。洋服もそうですが、肌着すら持っていないのです……フィーネさんの着なくなったものでも、使用人の皆さんと同じものでも構いませんので、着る物をご提供いただけませんか?」
ふむふむという感じでフィーネさんが頷く。
「これからお母様のところへ行ってお話ししてみましょう!」
すくっと立ち上がり、いきなり車いすを押し出すフィーネさん!
「フィーネさんに車いすを押していただくなんて、ダメダメ!」
「遠慮する必要はありませんよ」
フィーネさんは楽しんでいる雰囲気、困った……
フィーネさんはお母様の部屋の前でノック。
「フィーネとアグリさんです。少々お話しできますか?」
「はい、どうぞ」
2人そろって「失礼します」と入室した。車いすをテーブル近くまで押してくれた後、フィーネさんもイスに腰かける。
「2人そろってどのようなお話し?」
「お母様、アグリさんが着る物が無くて困っているそうなのです」
「そのことですね、実はアグリの退院前に先生にご相談したのです。そうしたら、車いすを使っている間は病院で着ているような服がお勧めですと言われて、何着か作らせておいたのです」
「ちゃんとしたお洋服は、歩けるようになったらでいいですよね?」
「はい、ご配慮感謝します」
私はホッとした顔をしていまった。
「アグリは歩けるようになるまでは、お風呂もミリンダと一緒に入った方が安心ね、あの子ならアグリを任せても大丈夫でしょう」
「お母様、私もアグリさんとお風呂に入ります。人数は多い方が安心ですから!」
「そうなさい、皆で入るのも楽しいでしょうから」
3人でお風呂が確定してしまった……傷口を見て不快にならなければと心配です。
お母様のお部屋を出て、私はまたフィーネさんにお願いする。
「フィーネさん、お父様ともお話しをしたいのです。それもお父様と2人だけで……」
「かまいませんよ、私はお部屋にお連れするだけで失礼しますね」
フィーネさんはお父様の部屋まで車いすを押してくれ、ドアをノックしてくれた。
「お父様、アグリさんがお話しがあるそうなのでお連れしたのですが、お時間大丈夫ですか?」
「はい、入ってもらってください」
「失礼します」
2人で部屋に入り、ソファー近くで車いすを止めると、フィーネさんは部屋を出て行った。
「お父様、お忙しい中、お時間をありがとうございます」
「今日は真剣な表情だね、重要なお話しかな?」
「はい、今日学校に行って校長先生とお話ししてきました」
お父様は身を乗り出し「それで?」と話しを促す。私は深く息を吸い込んで、話しを始める。
「片腕の状態では魔法学校に通うのは難しいとのことでした」
「なるほど」
「先生方のサポートで卒業までできたとしても、白魔法士としては働けないとはっきり言われました」
「確かに厳しいだろうね、それでアグリはどうする?」
「先日もお話ししましたが、これから何をするかはまだ決めていません。ですが、魔法学校は中退するつもりでいます。ただ、校長先生のご厚意で現在は休学中となっていて、中退の届け出は私の好きなタイミングで良いとおっしゃっていただきました」
「中退の届け出を遅らせるのは、何か考えがあるのだね?」
「はい、私の願いとして、領主様と育てていただいた村には、白魔法士の制服を着てご挨拶に行きたいと思っています。皆さん楽しみにしてくれていましたので……」
お父様は私の顔をしっかり見ながら確認される。
「アグリ、後悔はないのかい?」
私はお父様の顔を見続けることができずうつむいてしまう……
「お父様、それはお聞きにならないでください。どうすることもできないのは、自分が1番理解しているつもりですから……」
「分かった……今は分かったとだけ言っておく。将来のことは皆でのんびり考えていこう」
「はい、お父様」
お父様は呼び鈴を鳴らし、筆頭執事のスミスさんを呼び出した。
「アグリを部屋へ連れて行ってくれ」
私は自室へ送ってもらう間、ずっとうつむいたままでしかいられなかった。
スミスさんもそんな私の様子を見て何も聞かずに車いすを押してくれた……




