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15話 最後の登校

 翌日はフィーネさんよりも1時間遅く学校へ向かった。私とグリムさんとミリンダさんの3人は申請済みだったこともあり、あっさり校門を通してもらい教員室に向かった。教員室に行くと校長室に私とグリムさんが通された。中には校長先生とメリル先生が待っていた。



「ご心配をおかけし申し訳ありませんでした。無事に退院して、今はグリス侯爵様のお屋敷で静養させていただいております」


「学校としてアグリさんを守り切れず、本当に申し訳ない」と校長先生が謝罪された。それに続いて。


「今後のことはゆっくり決めてもらって構わない。学校は休学中の扱いとしているので心配はいらない」


「お2人に先生としてお伺いしたいことがあります。利き腕のない生徒が魔法学校を卒業することは可能ですか?私が自分なりに想像しても実技や調合の授業にはついていけない結論しか出なかったのですが……」



 校長先生はしばらく考え込んでいる様子。



「先生方がサポートしながら卒業を迎えることは可能かもしれない。でもその先、白魔法士として生きていくのは難しいでしょう……」


「忌憚のないご意見を聞かせていただき、ありがとうございました。学校に残るのが難しいことは理解しました。ただ、退学の申請は私のタイミングでお願いしたいのですが……」


「それは学校としては構わない」


「それと校長先生にお願いがあります。私が着用していた白魔法士の制服をいただくことは可能ですか?」


「それも構わないが何に使うのかな?」


「私は孤児で、とても魔法学校に通える身分のものではありませんでした。でも、領主様や村の人々の支援でこうして魔法学校に入学させていただきました。せめて白魔法士の制服に身を包み、直接感謝の気持ちを伝えたいと思っています」


「分かりました。校長の責任で許可します」


「ありがとうございます。本日で学生寮の部屋の片付けを済ませますので、制服もその時に持ち帰ります」



 そろそろ話しも終わりの頃に校長先生に確認される。



「高等図書室の魔道具を使いたいと申請がありましたが、何に使うのかな?」


「魔道具に相談して杖の代わりになるような魔法があるか確認します」


「あの魔道具にそんな機能があるのか?」


「魔道具はおしゃべり相手みたいなものですよ。本の位置を教えてもらうのはほんの1部の機能に過ぎません」


「そこまで使いこなした話しを今まで聞いたことがありません……」



 それならと、校長先生は棚の箱の中から魔道具を出してくれた。はっきり言って埃かぶってますけど!



「この魔道具は校長室の備品なのだが、歴代の校長で誰も使ったことがない。アグリさんへの餞別に進呈しよう」


「!……校長先生、これは相当高価なものとお聞きしていましたが……」


「確かに驚くほど高価な物らしい。だが、埃をかぶって放置されているのなら、使える人が使った方が有意義だ」


「お言葉に甘えて頂戴します」



 まさか個人で所有できることになるとは……


 話しも終わりそろそろ退室というころ、私は校長先生とメリル先生の姿を改めて見る。『このお2人からもう教えを受けることはないのだな……』そんなことを考えたら、涙が溢れて止まらなくなった。そして抑えていた感情が溢れ出してしまう……



「本当はもっともっとお2人から教えを受けたかた……、多くを学び皆と卒業式を迎えたかった……、世の中の役に立てる白魔法士になりたかった……」



 泣き崩れる私を見かねたメリル先生が背中をさすってくれた。



「アグリさんはまっすぐな心で大いに学び、将来がとても楽しみな生徒さんでした。それだけに、先生たちもとても残念でなりません。でも私は、アグリさんなら必ず別の道を見つけて、幸せな人生を過ごせると信じています。頑張ってくださいね」


「はい、ありがとうございます」




 落ち着きを取り戻したところで教員室を後にした。



「グリムさんにはお恥ずかしいところを見せてしまい、ごめんなさい」


「アグリさんのあの姿が本来の姿です。今までのアグリさんが無理をしすぎていただけです」


「あんなに弱音があふれ出るなんて……まだまだ精進がたりません」



 そんなやり取りをしていると学生寮に着いた。何気なく食堂の方を見ると、何やら机の上に置いてある。グリムさんにお願いして側へ行ってもらうと、お弁当箱が3つとメモと手紙が置いてあった。メモはヒビキさんからだ。



「お弁当を食べていきなさい。お弁当箱はそのまま置いておきなさい」



 実にヒビキさんらしいメモで嬉しくなる。手紙はリサさんからだった。ここで読むと大変なことになりそうだから、帰って読むことにした。



「片付けはすぐに終わると思うので、お弁当は終わってから頂きましょう」



 自室への移動を再開して、階段の下でうっかりしていたことに気づく。グリムさん3階に上がっていいのかな?そんな心配をよそに、グリムさんは私をお姫様抱っこして3階まであがった。



「部屋は305号室です」



 そうミリンダさんに伝えると、ミリンダさんが先に行って扉を開けてくれた。そしてグリムさんが部屋のイスに私を腰かけさせてくれた。



「車いすは必要ですか?」


「いらないと思います……」



 するとミリンダさんが片付けを始めるモードに切り替わる。



「殿方様は外でお待ちください!」



 グリムさんを部屋の外に追いやった。心配してくれなくても、私には見られて困るものなんてないのですよ(笑)



「大物は本棚ですね」


「本棚はそのままでいいです。教科書しかないですし、在校生が使用したりするので」


「では、次は机の中を拝見します」



 引き出しを開けて中身を机の上に並べていった……でも、大したものがない。あったのは大量の紙の束とインクビンと金属ペン2本とヘアブラシ1本。



「これで全部で問題ないですか?」


「はい」



 あっさり机の片付け終了です。続いて洋服ダンス。



「制服2着、鞄の中は……肌着や靴下類と子供服ですか。横に畳まれているのは割烹着?後は……ないですね」


「はい」


「これで荷物はすべてですか?」


「はい。割烹着と太い方の金属ペンはお借りしている物なので、先ほどの食堂に置いていきます」


「かしこまりました」




 ミリンダさんはいくつかの大きな布袋を用意してきたが、1つの袋にすべて収まってしまった。貧乏人はこんなものでしょ!片付けを終え、ミリンダさんがグリムさんを呼んでくれ、私はお姫様抱っこ状態。部屋を出ようとしたグリムさんにちょっと立ち止まってもらった。この部屋にきて5年を過ごした。安住の地を失ってしまうのかと不安になる。泣きたくなる。でもぐっと我慢!


 1階の食堂まで戻ってくる。ミリンダさんは割烹着と金属ペンを置いてくれた。私はメモを残したいので、金属ペンとインクビンを用意してもらったけど、何もすることができなかった。インクビンのふたは開けられないし、そもそも左手で字を書くことは無理だと気づいた。また、泣きたくなる。でもさらに我慢我慢!


 仕方なく、グリムさんに代筆をお願いした。ヒビキさんには『お弁当をありがとうございました。お借りしていた割烹着も置いておきます。長い間、お世話になりました。アグリ』自分で書けないことが本当に悔しい!


 次にリサさんへのメモ。『教科書はお部屋にそのままにしています。お借りしていた金属ペンはこちらに置いておきます。お手紙ありがとうございました。落ち着いたら読ませていただきます。必ずお返事を書きますのでしばらくお待ちください。長い間、お世話になりました。アグリ』私がしんみりしていると周りの人が困ってしまうので気持ちの切り替えよう……




「お弁当をいただきましょう!」



 するとミリンダさんが申し訳なさそうに。



「実は私もサンドイッチを用意してきたのです」



 私とミリンダさんはあらら~っという感じになったものの、グリムさんはきりっとした表情になる。



「サンドイッチならいくらでも食べられるので問題ありません!」とのこと(笑)



 かえって大量のサンドイッチを食べられると嬉しそうな顔すらされている、騎士様恐るべし。




 学生寮を出ると、どうしても事件現場に目がいく。しっかり血は洗い流されているものの、壁を削ったような跡はそのまま残っている。人の片腕を引き千切るほどの威力なので当たり前かな……グリムさんは苦い顔をしている。きっともう少し早く敵を切り伏せられたら……一生後悔をさせる記憶を残してしまって、本当に申し訳なく思う。でも、不思議と私自身は後悔の気持ちなどまったくなく、フィーネさんがご無事で本当に良かったとしか思えない……


 門番さんにも長年お世話になったお礼をのべて学校を後にした。グリムさんは荷物を背負って車いすを押して上り坂を上っていく……



「グリムさん、疲れたら休憩してくださいね」


「この程度なら訓練の方が100倍辛いですから」



 だそうです(笑)


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