10話 グリス侯爵家への訪問
王城の門でガルム伯爵様とは別れた。僕たちが次に向かうのはグリス侯爵家。母さんが右腕を失ったときに静養させていただいた家だと聞いている。静養所にグリス侯爵様の弟君であるキツカ様が訪ねてくれたことがあったらしい。僕は幼い頃で覚えていないのだが。
グリス侯爵家はガルム伯爵家よりもさらに大きなお屋敷だった。母さんが歩行の訓練で庭を歩いたと言っていたが、確かにこれだけの敷地なら1周するだけでも時間がかかりそうだ。門を通過して、玄関前で馬を降りる。若い執事のような方が応対してくれた。そして玄関を通り食堂へ案内される。大勢の人が席に着いていた。ここでも僕たちは臣下の礼をとり、グリム様が挨拶を述べる。
「グリス侯爵様、先代様、ご無沙汰しております。本日はアグリ殿のご子息のグランを連れて参りました」
「お初にお目にかかります。アグリの息子のグランと申します。母が他界し、私は王都で生活することとなりました。今後もお見知りおきください」
「グラン、そんなにかしこまらなくてよい。そなたの母は我が家の家族も同然だ。儂も兄と呼ばれておったくらいだ。遠慮はいらん」
「はい、ありがとうございます」
僕たちは席に着くように指示される。僕は執事の方に母さんからの荷物を預ける。執事の方はワゴンに乗せたその袋を侯爵様の横に持って行き、耳元で報告をされているようだ。袋の中を確認すると、1番大きな杖を取り出した。
「この杖は父上がアグリに授けたものだ。グランは使えんのか?」
「私も使わせていただいておりました。しかし、母がとても貴重な物なので、必ず侯爵家へお返しするようにと強く言っておりました」
「グラン、使えるのなら遠慮せず使え。我が家で使える者はいないからな」
僕が困った顔をしていると、グリム様に杖を握って見せてみろと言われた。僕は侯爵様から杖を受け取り。まず杖を普通の地面に触れるくらいの大きさに戻し、魔力を送る。魔石が白から透明に変わる。皆さんは驚かれていたがどうしたのだろう?
「グランは母同様にこの杖が使えるのだな。それにアグリですら杖の大きさを変えるような使い方はしていなかった。やはりグランが使っておれ」
「……はい、大切に使わせていただきます」
それから食事が運ばれてきて、食事をしながらのお話しが始まる。母さんのことをいろいろ聞かせてくださり、僕も母さんのことを話した。母さんのお世話をしてくれたミリンダ様は、今では近衛兵団の兵団長の奥方様だと聞いた。ミリンダ様は終始涙を流されて、食事どころではなかった。
ここでもグリム様は僕とアスカの結婚について、ざっと事の経緯を説明された。こちらの皆さまも「運命だ!」と発言されていた。そんなに驚かれることなのだろうか?
グリム様は白い魔石のブレスレットについても、僕が形見として受け取ることのお許しを欲しいと話した。先代様の奥方様が2つ返事で了承してくださった。
食事が終わるとお茶とデザートになる。侯爵様が僕に質問される。
「グランは王都でどのように生きていくのだ?」
「はい、まだはっきり決めていませんが、可能ならアスカと共にダンジョンへ行きたいと思っています」
「グランは白魔法か?黒魔法か?」
「私はそもそも、母のように魔力量は豊富ではありません。ですが、母の理論によって、魔法は何でも詠唱します。ただ、魔力量が伴わないものが多いので、1度詠唱するとしばらく魔力回復の休憩が必要になります。ですので、侯爵家の家宝であるこの杖をお借りできたことが、私にはとてもありがたいことでした」
「グランはその杖をそれほど使いこなせているのか?アグリも杖から魔力を受け取るようなことを言っていたが」
「はい、母は杖の魔力を体内に取り込んで使用していました。私は逆で私の魔力を杖に送ります。たぶん私の使い方が杖の本来の使い方だと考えております。母は少々異端な魔法士でしたので」
「グラン、アグリは多少異端どころではあるまい。この屋敷内でも何度驚かされたことか(笑)」
緊張しながらも楽しい時間はあっという間に過ぎ、そろそろお暇の時間となった。玄関へ向かう途中で僕は先代の奥方様にお渡しすることを決心をする。
「奥方様、大変恐縮なのですが、母の作りかけのハンカチを受け取っていただけませんでしょうか?母は奥方様への最後のハンカチを作りたがっていましたが、この先を作る体力がもう残っていませんでした。それをとても心残りにしていたのです。母の供養にぜひお受け取りください」
僕はリュックから作りかけのハンカチを取り出し、奥方様へお渡しした。奥方様はしっかりと胸に抱えてくださり、「確かに受け取りましたよ、アグリ」と言ってくださった。僕もホッとする思いだった。
そしてミリンダ様へも手紙と絵をお渡しした。
「母からミリンダ様へ渡して欲しいと言われていました。ミリンダ様が幸せな結婚をされたのか、とても気にしていました。ミリンダ様がお幸せそうで安心しました。母へもそう報告させていただきます」
「アグリさんが私に希望も夢も持って生きろと教えてくれました。使用人の私を親友だと言ってくださいました。本当にありがたかったです。グランさんもお困りのことがあれば、ぜひお声がけください。私がアグリさんに救われたように、今度はグランさんを私がお助けしますので」
「はい、ありがとうございます」
その後も先代様やキツカ様、使用人の方や料理人の方にまで、いろいろな人に母さんへのお悔やみの言葉をいただいた。母さんがこのお屋敷で大切にされていたことを痛感させられる。きっと母さんに伝えます。




