14話 侯爵家のご家族
昼食の時間になり奥方様から食堂へ招かれた。テーブルマナーについては知識は本、実技はフィーネさんから得ているので一通り身に着けていたが、片手となると困ったも。食べ物は切れないし、ホークで刺してかぶりつくわけにもいかない。いただけそうなのはスープなのですが、これもスプーンは右手側に置かれていて、左手で取るのも遠慮してしまう。せっかくのお料理なのに残念(涙)
ただ、奥方様がその様子に気づいてくださった。
「アグリさん、ごめんなさい。片手で食べられないと困ってしまいますね」
執事に指示していったんお皿を下げさせた。しばらくすると一口大に切り分けたり、クラッカーに乗せて片手でつまめるようにと工夫されたお皿が用意された。
「すみません、皆さんのお皿より豪華なお料理のようになってしまって♪」とおどける。
奥方様もフィーネさんもクスクスと笑いだされてしまった。
「フィーネから聞いていましたが、アグリさんは想像以上に明るい方なのですね」
奥方様は笑いが止まらないご様子。
「楽しい学園生活を送っているという私の言葉に嘘はなかったでしょ?」
そう言ってフィーネさんもまた笑いだしてしまった。しばらくして笑いも落ち着く。
「奥方様と呼ばれるのは堅苦しいから、フィーネと同様に母と呼んでくださいな、私も遠慮なく自分の娘のようにアグリと呼びますので」
奥方様のお話しに私は驚きと戸惑いを感じていた。でも、自分に母と呼ばせてくれる人が現れたことがとても嬉しくなった。目じりに涙がたまってきた。
「分かりました、お母様。実は私の人生で母とお呼びした女性はいなかったので、本当のお母様ができたようでとても嬉しいです」
「私も実の娘のようにビシビシやらせていただきますので、そのおつもりでね」
そんなやり取りが、『これが家族の食卓なのかな?』と思わせた。それに、流石は貴族様のお食事だけあって、昼食にもかかわらず、今まで食べたこともないようなおいしいお料理!
昼食の後は庭を案内してもらった。さすがに職人の庭師が管理しているだけに見事の一言!芝生や生垣はきれいに刈り揃えられ、花壇にも見事な花が咲いている。
「お花が好きな方ですね」
声をかけられたので、後ろを振り返ると庭師だった。
「花を見る表情で、お花の好きさがなんとなく分かります。お嬢様は相当のお花好きのようですね」
「もしや学校の花壇の種を提供してくださっていた庭師の方ですか?」
「はい、私が種を用意していました」
「季節毎に立派な花を咲かせ、私をはじめ学生の皆が楽しんでおりました。ありがとうございました」
「丁寧なお礼のお言葉を恐縮です」
「残念ながらこのような姿になってしまい、もうお花の手入れはできなくなってしまいました。これからは観賞して楽しむ方を専門にやっていきます!」と自虐ネタ。
「お手入れは我々専門家にお任せください」と応じてくれて雰囲気も和んだ。
「これからしばらくは歩行の訓練でお庭を散歩させていただきます。お花を見るのを励みにさせていただくので、よろしくお願いします」
そうお伝えしておいた。これからは毎日のようにここへきて、花をめでるのが日課となるでしょう。
夕食の時間となり皆が席につく。料理が運ばれてくるまでの雑談の中で、「お母様」「アグリ」のやり取りを聞いた侯爵様。
「2人ともズルいな。私もアグリさんからお父様と呼ばれたい!」
「……お父様」
「アグリ!」
と呼び合うこととなった。もちろん「お兄様」と呼ばされることにもなる……フィーネさん笑いすぎ(笑)
フィーネさんには3人のお兄様がいる。長男のカイトお兄様は次期グリス家のご当主様で、現在は国務院にお勤め。お父様同様に建築学の権威のようだ。グリス家は代々建築学を学び、王都や領地の設計と建築を任され、現在では改築や保守がメインとなっている。
次男のレイスお兄様は、グリス家には珍しい近衛兵団に所属。グリムさんやクリスさんには先輩になるそうだ。フィーネさんが皇太子妃になるときに、レイスお兄様は皇太子妃様の護衛騎士となることが決まっている。グリムさんやクリスさんと違って細くスッとされているので、本当にお強いのかしら……?
三男のキツカお兄様はカイトお兄様と同様に国務院にお勤めですが、魔道具の研究をされているそうです。魔法士になれるほどの魔力はないそうで、だからこそ、少ない魔力で使える魔道具の研究を選んだとのこと。調合についてもお詳しく、フィーネさんは分からないことがあると、キツカお兄様を頼っているようです。
しばらく食事を続けていると、お父様が私の食事の様子を見られている。
「しばらくはリハビリに励むとして、体の様子を見ながら今後のことも考えていかないとな」
今後のことですか……私にはっきりしていることは、白魔法士にはもうなれないということ。学校は卒業できる可能性はあるかもしれない。でも、白魔法士として仕事をしていくことはできない。1人で食事もろくにできないのだから。今の私には、将来の選択肢すら見つけられない……




