1話 別れと出会い
母さんの死は一瞬だった。体が光の粒のように光り、光の粒の1つ1つがどんどん大きくなって部屋一面を照らして光り輝く。そして最後には何事もなかったように光も母さんも消えて無くなった。ベッドに残っていた物は、白い魔石のブレスレット、王都民証、静養所の鍵。そして大切に身に着けていたひまわりのブローチだけだった。
僕は悲しいよりも唖然としていた。今まで目の前に確かに存在していた母さんが光り輝き消えていなくなるなんて……ただ、こうなることは何となくだけど母さんからも聞かされていた。僕は落ち着きを取り戻そうと、何度か大きく息を吸ってはいてを繰り返した。そして母さんに頼まれたいたとおり、これらの母さんが身に着けていた物を、ある人へ渡すための布袋へひとまとめに入れた。
僕は最終確認とばかりに、静養所の中を隅々まで見て回る。母さんが言っていたとおり、母さんが自分の死と共に消えて欲しいと望んだ物は消えてなくなっていた。僕は自分のリュックに母さんの最後の荷物を詰め込む。母さんが用意してくれていた外套を羽織り、リュックを背負うと支度が整う。そして手を伸ばし静養所の扉を開ける。この扉が閉まることで、僕はもう静養所に入ることはできなくなる。でもためらってはいられない。大きく息を吸い込んで、ギュっと目をつぶって、えい!と足を蹴り出し、外への1歩を踏み出す。僕の後ろでカチャと音がして扉がしまった。母さん、いってきます。
僕はまず村へ行き、村長さんに報告した。村長さんには口頭で伝えるだけでなく、母さんが残した書面も渡した。村長さんからは「困ったことがあれば、いつでもこの村に戻ってきなさい」と言ってもらった。僕は今までの母さんと僕への村の好意に感謝を述べ、村長さんの執務室を退室した。
その後、村の商店の1軒1軒に顔を出し、母さんの死と僕は王都へ行くことを伝え、お礼を言って回った。最後に訪れたのがラクサさんの店。ラクサさんとラムカさん、それにマリネさんも話しを聞きつけて、わざわざ店まで顔を出してくれた。僕はここでも母さんの死と僕は王都へ行くことを伝え、お礼を言って頭を下げた。皆が涙しながらも、王都でしっかり頑張るように励ましてくれた。そしてラムカさんはたくさんの食料や携帯食を持たせてくれた。
最後に村の近衛兵団の出張所にも挨拶に行った。静養所が閉鎖されたことを伝え、長年の警備に感謝を伝えた。挨拶を済ませ出張所の廊下を歩いていると、銀色の髪を風になびかせた、まるで絵本の中のお姫様のようにきれいな女性とすれ違う。ただ、軽装の姿に腰に剣を腰にぶら下げており、騎士様なのだろう。僕は軽く会釈して通り過ぎようとすると、騎士様も会釈を返してくれた。
村への報告を終え、いよいよ王都へ!とはならない。母さんからいくつかの薬草について、鉢植えの状態でリュックにしまってから王都へ向かうように指示されていたからだ。僕は最後だと思い、魔法も使わず自分の足で山々を歩こうと考えていた。のんびり一人で歩く僕は、しばらく歩いてから街道を横にそれ、山へ向かうために森へ入っていった。
1人になり山道を歩いていると、ようやく緊張の糸が切れたのか、母さんが亡くなってしまったことが切実に実感し悲しみが湧きだしてしまう。寂しさが体全体を包み込んでしまうと、胸の奥底からとめどなく悲しみが噴き出してきた。もう涙もとめどなく溢れてでた。僕はしばらく歩くこともできず、突っ伏して泣き崩れた。しかし森は僕に悲しむ時間は与えてくれなかった。僕を取り囲むようにガサガサと音がしていることに気付く。僕はとっさに右手を差し出し、母さん直伝の魔法の手を出現させる。僕の魔法の手は、手のひらから魔法の手を伸ばすイメージだ。母さんのようには自由に使いこなせない。でも、大きな木の枝まで手を伸ばし巻き付け、上までたどり着く程度のことはできる。僕は早速実行した。手を伸ばし、高いところにある丈夫そうな木の枝を掴み、そこまで手を縮めながら木の上にたどり着く。
枝を跨いで座ることで、とりあえず危険からは回避することができた。でも、魔獣は全滅させない限り、いつまでもこの木の周りをうろうろしているだろう……仕方がない。時間はかかるが、魔法の手で1匹1匹退治するか!僕は魔法の手を先のとがった鋭利な棒状に変化させて1匹ずつ突き刺していった。魔獣はラビツで何匹いるかも分からない。一体どのくらい時間がかかるのかと憂鬱になりながら、攻撃を続けた。
すると下の方で女の子の声が聞こえた。
「今、お助けします!」
女の子は驚くほどの速さで移動しながら、剣を振ったり突いたりしながらあっと言う間にラビツの大軍を全滅させてしまった。
「もう大丈夫です。周りに魔獣の気配もしませんから」
僕はその言葉を聞いて、魔法の手で木を握りしめながら、ゆっくりと下へ降りた。
「命を助けていただいて感謝します。本当にありがとうございました」
「いえいえ、たまたま通りがかっただけです。それにしてもそれ程の魔法の使い手の方が、ラビツに囲まれるとはどうかされましたか?」
僕は人と話しをしたことで、危機感が去り悲しみがぶり返してきた。また、涙がとめどなく溢れてきた。女の子は困った様子だったが、辛抱強く僕を見守ってくれていた。女の子は僕が落ち着きを取り戻せるまでそばにいてくれた。
しばらく泣き続け、僕はようやく落ち着くことができた。
「突然泣き出してしまい、ごめんなさい。驚いたでしょ。こんな様子だったのでラビツの接近にも気付けませんでした。改めて助けていただき、ありがとうございました」
「そこまで深く悲しいことがあったのですか?」
「はい、今朝母が亡くなりまして、僕は天涯孤独な身となりました。母の遺言に従い、これから1人で王都へ向かう途中だったのです」
「お母様がお亡くなりに……それはお気の毒です。落ち込まれるのも無理はありません。落ち着くまで私もご一緒しましょう」
「それならお礼にお昼ご飯をご馳走させてください。外で簡単なものになりますが、旅の食事よりはおいしい物はお出しできると思います。この森をもう少し先へ行くと河原がありますから、そこでお昼にしましょう」
「分かりました。お昼ご飯をご一緒させていただきます」
僕と女の子は取り急ぎラビツの皮を集めた。女の子はあまり興味が無いようだったが、僕が集めるのを見て手助けしてくれている感じだった。立派な剣と立派な軽装なので高貴なお方なのだろう。ラビツの皮など不要なのかな?
戦利品の収集を終え移動を始める。しばらく歩き続けると無事に河原へたどり着いた。河原でリュックを降ろし、ようやく一息つけたのだった。




