13話 退院と侯爵家
退院の日、グリム様とフィーネ様が迎えにきて、私を車いすに座らさてくださった。病棟出入り口には先生と看護師さんたちがそろって見送りに来てくれていた。皆が揃ったのを確認するように見渡し、グリム様が王様からの命令書を皆に見えるように捧げ持つ。
「国王陛下からのご命令書です。病院関係者にはアグリの回復まで尽力したことをありがたく思う。グリス侯爵家はアグリが日常生活が可能になるまでの静養期間の保護を命ずる。グリムは皇太子妃護衛騎士からアグリの護衛騎士に転籍とする。以上」
丁寧に命令書を丸め紐で縛り一礼した。皆も倣って一礼をした。
私はグリム様にお願いして車いすを病院関係者の前へ移動してもらい皆さんに挨拶した。
「今日を迎えられるまで、回復にご尽力いただきありがとうございました」
「王国の要人を体を張ってお守りした功労者の回復をお手伝いさせていただいたまでです。今後もお健やかでおられますよう、一同お祈りしております」
挨拶を終えるとグリム様が車いすを押し、フィーネ様が私の様子を注意深く見守りながらグリス侯爵家へ向かいました。
グリス侯爵家のお屋敷に到着すると、侯爵様ご家族と使用人の方々が出迎えてくださいました。グリム様は病院の時と同じように国王陛下からの命令書を読み上げ、侯爵様達が「謹んで拝命いたします」と応じた。堅苦しい挨拶はそこまでだった。侯爵様が親しげにお言葉をくださった。
「アグリさん、ようやくお会いすることができた。娘からは毎日のようにアグリさんの話しをされていました」と挨拶をいただき、
「娘と親しくお付き合いいただいて感謝しておりました」と奥方様からもお言葉をいただく。
その後、侯爵様は1人の使用人に目配せすると、女性が1歩前に出た。侯爵様が女性の紹介を始める。
「アグリさんの身の回りのお世話とリハビリのお手伝いをする、側仕えのミリンダです。何なりと申し付けなさい」
「グリムにはアグリさんの隣に部屋を用意している。護衛騎士の控室として使用しなさい。また、何かあればミリンダに依頼するように」
「ご配慮に、感謝いたします」
「アグリさん、フィーネと友人ならばご存じだと思うが、我が家は侯爵に任命されているにも関わらず、格式ばったことが苦手でな、フィーネ同様気さくにお付き合いいただけると助かる」
「こちらこそ、礼儀もわきまえぬ者ですが、よろしくお願いいたします」
これで挨拶は終わり、屋敷内へ案内された。
グリム様が車いすを押し、フィーネ様とミリンダさんが先導してくれて部屋へ案内してくれた。フィーネ様はミリンダさんに指示を与える。
「まずはお茶をいただいて小休止しましょう。ミリンダお茶の用意をお願いします」
「かしこまりました」
ミリンダさんは部屋を出て行き、しばらくするとワゴンにお茶の準備をして部屋に戻ってくる。ワゴンにティーカップを並べ、手慣れた感じで紅茶を注いだ。注ぎ終わったところで、各自の席にカップを置いていく。
私とフィーネ様とグリム様が席につく。ミリンダさんは私の隣で控えている。私はフィーネ様にお願いすることにした。
「きっとお願いしてはいけないことだと思うのですが……」
「何なりと言ってください」
「決してお叱りにならないでください。ミリンダさんにもお茶をご一緒していただきたいのですが……」
「ええ、かまいませんよ。ミリンダも席についてお茶にしましょう」
「はい、かしこまりました」
戸惑っている風ではあるものの、ミリンダさんも席についてくれた。
「私は庶民なのでお貴族様のように扱われても困ります!せめてこのお部屋だけでも知人のように接してくださると助かるのですが……」
ミリンダさんはさらに困ったようにフィーネ様の様子をうかがう。フィーネ様は首を縦に振った。
「そのようにいたします……」
「それと、ミリンダさん。このようにリラックスしている場所では、私のことはアグリと呼んでください」
ミリンダさんはもう諦め気味だ。
「かしこまりました」
お茶とクッキーをいただきながら、私は皆さんに、特にミリンダさんに伝えた。
「私の当面の目標は歩けるように回復することです。ですので日に何度もお庭を散歩すると思います。その時は介添えをお願いします」
「かしこまりました」
「腕が無いと杖もつけなくてとても不便……」と独り言とため息。
皆さんはどう返答してよいのやらって雰囲気。でもそんな中で私はひらめきました!
「私気づきました!腕が無ければ腕をはやせば良いのです」
その発言に、皆さんはポカンとするばかり。
「グリム様、近いうちに学校に連れて行っていただけませんか?先生方に退院の報告もしたいですし、学生寮の荷物の片付けもしたいので」
「了解しました。それとアグリさん、私のことはグリムとお呼びください。アグリさんの護衛騎士ですから……」
「それではグリムさんと呼ばせていただきます」
「それならアグリさん、私のこともフィーネでお願いします。フィーネ様~なんて呼ばれると距離を感じてしまいます!」
「はい、ではお言葉に甘えて普段のようにフィーネさんで」
「はい、これで私もしっくりきます」
皆で笑いあった。普段の3人に戻れてホッとする。




