12話 絶望と希望
私が目を覚ました翌日から、実に多くの方がお見舞いに訪れてくれるようになった。フィーネさんが伝えてくれてあるのか、皆さんが暗い話題を避け、明るい話題に終始してくれて、こちらも助かっていた。それにこれもフィーネさんの影響か、皆さんきれいなお花を持ってきてくれた。部屋の中が花で溢れて私は上機嫌でいられた。
そんなある日、私はふと気づく。フィーネさんが学校に行かれている日でも、グリムさんが私の様子を見に来てくれていることに……
次にグリムさんがお見舞いに来てくれた時に、私はグリムさんに聞いてみることにした。
「グリムさん、フィーネさんの護衛騎士はどうされたのですか?」
「はい、国王陛下のご命令で、フィーネ様の護衛を外れ、今はアグリさんの護衛騎士を拝命しています」
「それって、グリムさんにとって将来の皇太子妃様の護衛騎士から、私のような者の護衛騎士に格下げになったという意味ですか?」
「アグリさん、考えすぎです。護衛騎士の交代はよくあることなのです。それと今回の交代は、私が国王陛下にお願いしてお許しをいただいたのです。アグリさんが知らない騎士に護衛されるよりは、安心されるかと思いましたので」
「それはグリムさんの評価にマイナスになったりしませんよね?私がグリムさんの経歴の汚点になるようなことになりませんよね?」
「そんなことにはなりません。あくまでも護衛対象が代わるだけで、護衛の任務に変わりはないのです」
「それを聞いて安心しました」
私は心底ホッとした。でも次に思い浮かぶ新たな疑問。
「では今のフィーネさんの護衛騎士様はどなたなのですか?」
「私の後輩のクリスが担当しています。相当に腕の立つ騎士なので問題ありません。でも、私ほどかっこよくはないですけど……アグリさん、そんな冷たい目で私を見るのは勘弁してください」
こんなやり取りができるほど、私は順調に回復していきました!
入院から2か月が過ぎ、私は3日後に退院と告げらた。でも、私はそこでようやく気づく。私はどこへ帰ればよいのだろう……
悩んだところで答えは出ないし、相談する相手もいない……困り果てた挙句、看護師さんにお願いした。
「グリムさんを呼んでいただけますか?」
翌朝、グリムさんが病室を訪ねてきてくれた。ただ、私のただならぬ様子に驚いたようでもあった。私はうつむいたまま、力なく話し始めた。
「グリムさん、私は孤児院育ちで身寄りのない天涯孤独な人間なのです。なので学校へ戻れないとなると、これからの行く当てがないのです……」
私はすっかり忘れていた、学校へ入学してから何年も……自分が天涯孤独な人間であることを……そして学校へ入学してから流すことがなかった涙を、初めて流した。グリムさんは大きな手で私の頭を撫でてくれた
「アグリさんは何も心配することはありません。皆がアグリさんのことを考えています。これからのことも、将来のことも含めて……」
グリムさんの優しさを身に染みるほど感じても、私を包み込んだ不安は払拭することはできなかった。
私は涙を止められないまま、長い時間を過ごしてしまった。
ただ、グリムさんは私の涙が止まるまで、何も言わずに病室に残っていてくれていた。
翌日も、グリムさんは病室にお見舞いにきた。フィーネさんから預かったという白魔法の書物とたくさんのお菓子が入った紙袋を持参して。
そして、私もグリムさんも特におしゃべりするでもなく、お互いに本を読んで時間を使う。たまにお菓子を食べながな休憩するが、また読書に没頭する。まるでただただ時間を使い捨てるように……
でも、何も考えずにいられるのは、今の私にはありがたいことだった。
その翌日も、グリムさんはお見舞いにきてくれた。昨日と同様に本とお菓子を持って。でも今日のグリムさんは様子が違う。
「グリムさん、何かありましたか?」
「本当はいけないことなのですが……いいえ、でもお伝えします。アグリさんの今後ですが、フィーネさんの家、つまりグリス侯爵様のお屋敷で、日常生活が送れるようになるまで、客人としてお住まいになります。私も継続してアグリさんの護衛騎士を続けます。これは国王陛下からのご命令です」
私はきょとんとして無反応。でもしばらくして涙がでてきました。
「グリムさん、本当にありがとうございます。これからも、フィーネさんもグリムさんも私の近くにいてくれるのですね」
「はい、アグリさんが自分で歩いて、日々の生活に支障がないほど回復されるまで、2人でアグリさんを見守ります。安心して回復に努めてください」
『ああ、救われた。人の善意によって、私はまた救われた。1人では決して生きていけない私。でも多くの人たちによって、私が生きることを支えてくれる。私は人の支えがなくても生きていける人になりたい。そしていつの日か人を支えられる人になりたい。そのための努力は何があっても続けると誓う。決して今日の誓いを忘れない。私が天に召されるその日まで、絶対に忘れない』
私は左手を胸に当てて、自分に言い聞かせた……




