11話 人生の転機
――中等部2年生と高等部1年生の2年間、私の人生の中で最も穏やかに暮らせた期間だった。高等図書室の蔵書を読みつくしたことと、高等部の2年生からは高度白魔法の教育に移ることもあって、司書の仕事も辞めさせてもらい、卒業まで高度白魔法に打ち込む!と気合を入れていた。でも人生の転機は突然訪れた――
高等部1年生を無事に終え、春休みをのんびり過ごす日々。今日は楽しみにしていたフィーネさんとの約束の日。フィーネさんが夏に咲く花の種をいただいたらしく、「学生寮の花壇に種まきしませんか?」とお誘いを受けていた。フィーネさんと春に種まきするのももう6回目!恒例行事になっている。私もフィーネさんも割烹着姿というのも恒例になっていた(笑)
そんな穏やかな時間を過ごしている2人でしたが、フィーネさんには驚きの出来事があった。新年を迎えてすぐの頃、なんとフィーネさんが皇太子様のお嫁さんに内定!まだ公式な発表はされていませんが、もう関係者は知っている程度には広まっている話しです。
「皇太子妃様になられるお方が、私のような一般の者とお付き合いしていて良いのですか?」
「立場がどう変わっても、親友は親友です。アグリさんだって、お姫様になっても私と親友でいてくれるでしょ?」
「それはもちろん!」
立場が変わっても、変わらずのお付き合いとなっています。
午前中の種まきを終え、お弁当を食べ終え、食休みにベンチに座っておしゃべりしていると、私は嫌な胸騒ぎを感じた。辺りを見回して変化を見つけることができなくても、何か良くない魔力を感じていた。近くにいたグリムさんも辺りを警戒している様子。
「フィーネさん、グリムさん、一度学生寮に入りませんか?」
そう伝えると、グリムさんは黙ってうなずいた。ただ、グリムさんは警戒は続けている様子。
「お2人は学生寮に入ってください。私はもう少し辺りの様子を観察します」
私はフィーネさんを覆い隠すようにしながら学生寮の入り口を目指して歩いた。学生寮までもう一歩というところで、ついに悪意のエネルギーがこちらへ向けて放たれた。それは近くの茂みから黒い光のようにまっすぐこちらに向かってきた。私はとっさに「シールド!」と詠唱して右手を突き出し半透明な白い丸い魔法の盾を出現させる。
「フィーネさんは中へ、早く!」
叫ぶ私に応じて、フィーネさんは学生寮入り口の物陰に隠れることができた。その様子を確認して私はもう落ち着きを取り戻せていた。フィーネさんが魔力回復の魔法をかけてくれた。私の魔力は一時的に回復する。ただ、黒い光を押しとどめる魔法の盾によって、魔力はどんどん減っていく。それでも何度かフィーネさんの魔力回復によって耐えていた。しばらくして異変に気付いたリサさんが学生寮の玄関に駆け付けてくれた。そのタイミングでフィーネさんも学生寮の玄関にたどり着けた。リサさんは間髪入れずに私に叫ぶ。
「魔法防御を発動します!」
「お願いします」
私の声を合図で、リサさんが学生寮の壁に設置されていた魔法障壁発動板に手を押し付け魔力を流す。魔法障壁が即時に張られ、フィーネさんの危機はこれで完全に脱することができた。ただ、フィーネさんからの魔法回復も止まった私は、魔力が底をつく結果となり、ついに魔法の盾は消滅した。
その瞬間、私の右腕は吹き飛ばされ、私自身も壁に叩きつけられ意識を失った……
私が倒れるのと時を同じく、走り続けてようやく敵との距離を詰めたグリムさんが、敵の魔法士に切りかかり、魔法士をあっさり倒す。
その後、グリムさんが非常事態の赤い信号弾を打ち上げ、近衛兵団の兵士が駆けつけてくる。そんな中、私はグリムさんに抱きかかえられ、横で回復魔法をかけ続けてくれたフィーネさんに付き添われ、貴族街の病院に運ばれた……
私が目を覚ましたのは3日後、定まらない焦点ながらも、「フィーネさんはご無事ですか?」と尋ねると、隣にいた看護師さんが、「フィーネ様はお怪我もなく、元気にお過ごしですよ」と聞き、安心して目を閉じる……さらに3日間意識を失っていた。
次に目を覚ました時に、私の視界に入ったのはグリムさんの姿。
「グリムさんお手柄でしたね、あの魔法士をあっさり切り伏せてしまうのですから」
その言葉を聞いてグリムさんは、悲しいやら悔しいやら複雑な表情をされていた。
「グリムさんと私は、フィーネさんさえご無事ならそれで良いではありませんか……」
「確かにそのとおりです」
グリムさんが答えてくれて、私もようやくホッとできた。さらに私は右下を確認すると右腕は無くなっていた。やはりあの出来事は夢ではなかったのか……でもそれと合わせてとてもありがたい気持ちも湧き上がってきた。
「グリムさん、私をお救いくださり、ありがとうございました。もう一瞬遅れていたら、命を失うところでした」
心よりの感謝を述べたのですが、グリムさんはその言葉によって耐えていた涙が溢れ出してしまったようです。
「私がもう少し早く敵を倒していたら、アグリさんをこのようなお姿にすることはなかった……」
私は左手を差し出すと、グリムさんが両手で包み込むように握ってくれた。
「私はこうして生きていて、グリムさんとしっかり手をつなぐこともできるのです。何を悲しむことがありますか!」
グリムさんは「はい」とだけ返事をし、涙を拭った後は普段のグリムさんに戻ってくれた……
その日の夕方、フィーネさんがお見舞いに来てくれた。看護師さんと話している私の姿を見て、今にも泣き出しそうなほど目に涙が溜まってきた。でも泣かせてあげません!私はことさら明るくを心掛けた。
「フィーネさん、ごきげんよう。もう学校が始まったのですね。高度白魔法の授業はどんな様子ですか?私はその授業を受けるために司書の仕事まで辞めたのに悔しい限りです。休んだ授業のメモは後で見せてくださいませ!」
まくし立てるようにしゃべる私を見て、フィーネさんは呆然とした顔をしていた。私が暗い話をするのが嫌なのを察して、フィーネさんも普段のおしゃべりを心掛けてくれた。そしてフィーネさんは、私が退院するまで毎日病室に様子を見に来てくれた……




