11話 宿無し親子
すべての関係者への報告を終えて、俺とアスカは近衛兵団の寄宿舎へ戻る。荷物を取りに寄っただけのつもりで、もう寄宿舎へ来るつもりはない。寄宿舎の敷地へ入ると、クリスが俺を見つけ駆け寄ってきた。こいつは俺を見つけるとすぐに駆け寄ってくるな(笑)
「グリム先輩、俺と勝負です。俺が叩きのめして、近衛兵団の退団は撤回させます」
クリスは俺に木剣を投げてよこした。俺の近衛兵団退団の連絡が、もう広まっていたとは驚いた。
「クリス、最後の立ち合いだ、遠慮はしない。己の訓練不足を思い知らせてやる」
俺は皆に聞かせるように大声で答える。周りは大騒ぎになるが、俺もクリスも気にしない。おまけに俺はアスカを自分の側から離すこともしなかった。
「アスカ、父の言うとおりに動くのだ」
「はい、お父様」
アスカも俺の真似をして、クリスからもらった木剣を構える。構えたところで、クリスが猛然と打ち込んでくる。
「アスカ、後ろ」
俺はクリスの打ち込みを打ち払う。クリスは態勢を崩しながら驚いた顔をしている。
「アスカ、打て」
パシンと音がして、クリスはアスカに頭をうたれる。クリスは倒れたまま起き上がれない。もちろん意識を失った訳ではない。俺はアスカの木剣を鞘にもどして背中に背負わせる。そして俺の木剣は若い騎士に預けて自室へ向かった。部屋にはほとんど物はない。あるのは剣と着替えと鎧、それに机の中の小物が少々だ。ただ、この鎧は近衛兵団からの支給品で私物ではない。剣と着替えと少々の小物なら十分にリュックに入った。
その後、近衛兵団長の部屋へ向かい。最後の挨拶をする。
「長きにわたり、お世話になりました。リング兵団長の教えを守り、日々精進いたします」
「グリム、最後にクリスが余計なことをした。すまぬ。近衛兵団から離れても、ダンジョンの安定のために協力することもあるだろう。その時はよろしく頼む」
「はい、何なりとお申し付けください」
「古くて申し訳ないが、儂が使っていた軽装を持っていけ。ダンジョンでも深層でなければ、しばらくこれで間に合うだろう」
「はい、ありがたく頂戴します」
「アスカ、父のことをよろしく頼むな」
「はい、隊長様?もお元気で」
挨拶を終え、外へ出るとクリスは胡坐をかいて座り俯いていた。
「クリス、世話になったな。フィーネさんを守ること、王国を守ること、頼んだからな!」
「分かりました!グリム先輩からの頼みは、必ず俺が守ります!」
「そうだな、しっかり精進して、アスカの打ち込みはかわせるようになれ」
「グリム先輩、最後まで厳しいです……」
こうして俺は無事?に近衛兵団を退団した。アグリさんを守ると決めた俺の目的はいったん果たしたことになる。明日からは新生活の準備を始めなければ……
近衛兵団の宿舎を出てふと気づく。
「アスカ、すまない。今夜泊まる場所を考えていなかった」
「お父様、今夜は野営ですね」
娘が野営に慣れているのも心苦しい。とりあえず街の宿でも探して泊まるかと考えたが、王都の宿の知識が俺にはない。中心地へ行って人に聞いてみることにした。アスカと2人で歩いていると、幸いにも顔見知りと出会う。ライザさんだ。
「ライザさん、お久しぶりです」
「おや、グリム様ではありませんか!」
「近衛兵団は止めたので、もう貴族ではありません。グリムと呼んでください。いきなりで申し訳ないですが、ライザさんにお願いが。王都で泊まれる場所を教えてください」
「グリムさんは、近衛兵団を辞めて宿なしの庶民になったってことかい?」
「はい、そのとおりです。おまけに娘も一緒で野営という訳にもいかなくて……」
「あれ、お子さんいたのですか!それでは……とりあえず、妹のところへ行ってみましょう」
ライザさんと世間話しをしながらしばらく歩き、そこそこ大きな料理屋に連れてこられた。
「リイサ、久しぶりだね」
「姉さん、久しぶり。姉さんが店に寄るなんて、珍しいじゃない」
「今日はお客さんを連れてきたんだよ。こちらはグリムさんとお子さんの……」
「初めまして、グリムです。それと娘のアスカです。アスカご挨拶」
「初めまして、アスカです」
「ご丁寧にありがとうございます。今日はどのようなご用件で」
「リイサ、まずは食事をしたい。それと相談もあるから、そこのテーブルを使うよ」
ライザさんは店の奥の客が寄り付かなそうなテーブルを指さした。アスカもいるから気をつかってくれたのだろう。俺たちは席に着き、俺とライザさんはビールと適当につまみ。アスカにはオムレツを頼んだ。丸くない黄色のの反応が楽しみだ(笑)
「それでグリムさん、アグリさんは無事に着いたのかい?」
「ええ、あちらで元気に生活を始めていました。もう裁縫の仕事をみつけて仕事も始めてました」
「さすがはアグリさんだね」
「それと赤ちゃんを育てています。道中で孤児と出会って、アグリさんが育てることになりました」
俺はそうだと!と思い、リュックから3人が描かれている絵をライザさんに見せた。ライザさんはしばらく眺めていた。
「しばらく見ない間に、アグリさんはしっかりした顔になったね。親になったからかな?」
「子育ては大変そうでしたが、やる気満々で楽しんでやってました」
「あはは、どこへ行っても、アグリさんはアグリさんだ。しかし、グリムさんだって子供はいなかったよね?」
「はい、実はこの子も帰り道で出会った孤児でして。俺が育てることにしました」
「それで、宿なしとは困ったものだ(笑)」
「いいえライザさん、お父様と私は野営でも大丈夫」
「おやおや、しっかりした娘さんだ。でも温かいふかふかなベッドがいいよね?」
「うん、ふかふかベッド好き」
「それじゃ、お父さんに頑張ってもらわないと!」
そんな話しをしていると、リイサさんが料理を運んできた。やはりアスカは「黄色!」とはしゃいでした。
「それで姉さん、相談って何?」
「グリムさんが、今日近衛兵団を辞めて宿なしになったそうだ。どこか親子で泊まれる場所はないかい?」
「それなら、この上の部屋を使っていいよ。昔は旦那が宿屋で私が料理屋をやっていたけど、旦那が亡くなって宿屋は辞めたから。2階は私と従業員が使っているから、3階を好きに使ってください」
「助かります。宿代は払いますので」
「グリムさん、妹の家なので気にしないで。そもそも無職なんだから稼いでからにしておきな」
「そうそう、ここでご飯でも食べてくれれば、それで十分だから」
「ありがとうございます。お言葉に甘えてしばらくご厄介になります。アスカもお礼を言いなさい」
「リイサさん、黄色おいしい!ありがとうございます」
「どういたしまして、ゆっくりいっぱい食べていってね」
しばらくライザさんと話していたが、アスカがお腹がいっぱいにり、眠そうにしだした。そして3人での話しはお開きとなった。
3階の奥の部屋を借りると、掃除はされていて、空気の入れ替えだけで済んだ。ベッドは2つ置いてあったが、アスカは一緒に寝たいと言ってきかない。アスカが我がままを言うのは珍しい。初めての王都で不安になっているのか?落ち着くまではしばらく一緒に寝ることにするか。




