7話 湖畔の散歩
朝食を済ませた後は、のんびり馬を歩かせたり、止まって景色を眺めたりを繰り返した。俺たちが泊っている宿の対岸辺りに、宿屋が数件ある場所に着いた。こちらは宿屋の数は少ないが、料理屋も数件あった。対岸から来る観光客が目当てなのかもしれない。
「アスカ、お昼は魚にするか?」
「しょっぱくないお魚、食べたい」
2人で地元料理と看板に書かれている店に入った。もうシーズンではないのか、店内は空いていた。テラス席も空いていると言われたので、そちらで食事をすることにした。席に着くと、店主が注文を取りに来る。魚のフライトと魚のトマト煮を注文する。しばらくして、料理とスープとパンが運ばれてくる。ここはその場で会計のようなので、店主に金を渡した。
「お父様、丸いの何?ごはんくれるの?」
「アスカはお金を見たことがないのか?」
俺はテーブルに、1カパ、10カパ、100カパと1シル、10シルを置いて見せた。
「この丸いのはお金と言って、好きな物と交換できる。そうだな……あのおじさんにレモネードをくださいと言って、この100カパを渡してみなさい」
アスカは頷くと、手をあげて店主に声をかける。
「おじさん、レモネードください」
すると、店主はレモネードを持って来てくれた。
「お代は100カパになります」
アスカは恐る恐る店主に100カパを渡す。
「はい、確かに頂戴しました。レモネードはお店の自慢なので、飲んでみてくださいね」
店主はアスカと俺に笑顔を向け、去って行った。
「お金はおじさんの物になって、レモネードはアスカの物になったんだ。もうアスカが飲んでも大丈夫だよ」
「うん」
アスカはレモネードを1口飲むと、満面の笑顔。まだお金の価値よりおいしいが優先のようだ(笑)おまけにアスカは、フライを食べたのも初めてだったようで、さらにおいしいを連発していた。
昼食後も散歩を続けた。湖の4分の3ほどまでたどり着くと、ボート乗り場があった。
「お父様、あれは何?」
「ボートだよ。アスカは船は知っているか?」
「海に浮かぶ箱?絵本で見た。ボートは知らない」
「ボートは小さい船のことだよ」
「ボートも海に浮かぶ?」
「もちろん!乗ってみるか?」
「うん、乗りたい!」
そうと決まり、ボートを借りることになった。店主にボートを頼むと、もう時間も短いからと、釣り竿も合わせて貸してくれた。2人でボートに乗り、アスカにはボートでは絶対に立ってはダメと伝え、借りた竿はボートの後ろに立てた。
「アスカ、出発するぞ」
俺がこぎ出すと、ボートはゆっくり進んで行った。最初の内は、はしゃいでいたアスカだが、その内静かになり景色を楽しんでいるようだった。
「お父様、オレンジ色がキラキラしててきれい」
「そうだな、夕方の湖は美しい。だからアスカもしっかり覚えておくんだよ」
「はい、お父様」
しばらく夕焼けの湖を楽しみ、船を岸へ戻した。途中でマスが1匹釣れたのはご愛敬だ(笑)ボートを降り、釣竿を返すと、店主がびくに1匹入っているのに気づいた。
「お嬢ちゃん、せっかく釣ったんだから食べておいき」
そう言うと、囲炉裏に魚を差して塩焼きにしてくれた。焼きあがるまで、店内のお土産を見て回った。その中で俺はある品で目がとまる。銀色の金属にひまわりの飾りが付いたヘアカフス。俺がじっと見ているのに店主が気づく。
「弟が金属加工の職人をしていたのですが、去年亡くなりまして。良い品だとは言われたのですが、私には価値が分からないもので。気に入ったのでしたら、お嬢ちゃんに使ってあげてください。弟も喜びますので」
俺は店主に金を渡そうとするが、店主は頑なに受け取らない。そして、アスカに向かって手渡す。
「お嬢ちゃん、お父様との旅の思い出にどうぞ。大切に使ってください」
「おじさん、ありがとう」
アスカはキラキラ輝くヘアカフスを嬉しそうに眺めていた。そして、魚も焼きあがりご馳走になる。
「アスカが釣った魚だぞ、おいしいか?」
「うん、しょっぱくない。おいしい」
俺と店主は苦笑いするのだった。
宿屋に戻り、昨日同様にまず風呂に入った。2人で湯船にのんびり浸かる。
「お父様、キラキラひまわりは何?」
「キラキラひまわり?、ああ、おじさんにもらったあれか?」
「うん、キラキラひまわり。とってもきれいでとってもかわいい」
「あれは髪の毛を束ねるときに使う物だ。アスカももう少し髪が伸びると使えるようになる。2人の旅の思い出だから大切にしなさい」
「はい、お父様」
この後、アスカはこの髪留めを一生大切に使い続ける。ロングヘアと髪留めがアスカのトレードマークにすらなってしまうほどに……
風呂から上がってさっぱりしたところで、食堂へ向かった。
「アスカ、魚は2度食べたから他のものがいいか?」
「……しょっぱくないお魚がいい」
「……!アスカ、お米は食べたことあるか?」
「?」
「お米は知らないか。それなら」
俺はパエリアを2人前、ビールとアップルジュースも頼んだ。しばらくすると大きな鉄の皿で焼かれたお米と魚介と肉の乗ったパエリアが運ばれてきた。俺がアスカの皿に取ってやり、「どうぞ」と声をかける。「いただきます」でパクリとひと口。アスカのいつものおいしい顔となっていた。
「お父様、すごくおいしい」
夢中で食べていた。いつもしっかり食べる子供だったが、今日はいつも以上に夢中で食べ続けていた。これだけ喜ばれると、こちらまで嬉しくなる。今回の寄り道は、アスカの心の傷を癒すには、いい旅になったようだ……




