「この恋に気付いて」
過激だと思われる描写は特にありません(え、ないよね???)
「多分、雪が溶けるのと一緒に僕も死んじゃうんだ」
病室の窓から、毎年の如く降り積もる雪を眺める少年は、無機質な声で言いました。白い顔からは、表情がごっそり抜け落ちていて、それなのに遠目から見ればお人形さんのようだと看護師さんは言います。近くで見れば、確かに、美少年というのは頷けますが、ただただ顔色の悪い生気のない印象で、それに、お人形さんというには少し歳と背が大きいように思います。そんな彼は、傍らに座る私の方に目もくれず、空から落ちてくる結晶を延々と眺めているのです。
「病気、治るじゃないですか」
「……」
「私、君のことが好きですよ」
「……名前すら知らないのに?」
「知っています。萩原春斗君です」
「そっか、でも僕は君の名前を知らないよ」
「名乗る程の者じゃないんです」
私達の会話は長くは続きません。でも私は彼のことが好きです。初めて会った時、彼は泣いてた私に話しかけてくれました。頭を撫でてくれようともしていました。不安で不安で、どうしてこんな所にいるのかわからなかった私にとても優しくしてくれました。今だって、話しかけたら言葉を返してくれます。好きなお花の事だって沢山聞かせてくれました。だからなのか、彼の病室にはいつも綺麗なお花が飾ってあります。この半年で、私は彼の事がとても好きになりました。初恋です。
でも最近の彼の事はあまり好きになれません。話をする度に「死にたい」と口にします。私は彼に生きて欲しいのに。
「そんな事言ったら怒ります」
「もう怒ってるよ」
「……」
軽くふざけた後、彼はクスクスと静かに笑い始めたので私も何故か嬉しくなり一緒に笑います。そんな日常が、何気ない彼の笑顔が私は好きです。
2人して笑いあっていると、病室の扉が開く音が聞こえて私は振り返ります。そこに立っていたのは彼のお姉さんである琴音さん。花瓶に飾る新しい花を持ってきてくれたようで、「楽しそうね」と声をかけて歩いてきます。私は椅子から立ち上がり席をお姉さんに譲りました。お姉さんが椅子に座ったのは花瓶の花を変えてからだったのですが、その間、私と彼は無言でいました。それすらも心地がいいので私はやっぱり好きだなあと思うのです。
「姉さん、よくその花手に入ったね。半分諦めてたのに……」
「可愛い弟の為だからね。それにしてもこの花、飾るにはちょっと地味じゃない?」
「いいんだ、これで」
「そう、じゃあ私今から用事があるから帰るわね」
「うん、ありがとう」
颯爽と部屋を出ていく琴音さんは複雑な表情をしていました。彼が手術を受けないのをとても疑問に思っているようです。彼の病気は手術をあと何回か受ければ治る病気だとお医者さんは言っていました。でも、頑なに拒否している彼の病状は酷くなる一方で、琴音さんが心配するのも無理はありません。私だって気が気ではないのです。
「ねえ、リナリアって知ってる?」
「知ってる、もなにも春斗君が教えてくれたんじゃないですか」
「そうだね、そうだ。じゃあ花言葉も覚えてるよね」
「それは、はい……春斗君てロマンチストですよね」
「あぁ、早く死にたいなあ」
「だから、怒りますよ」
どうやら彼は私の事が好きなようです。こんなに嬉しいことはありません。その証拠に涙がこんなにも溢れてきます。どんどんどんどん視界はぼやけて行くのです。でも、何故でしょうか。胸がずきずき痛みます。嬉し涙のはずなのに、素直に喜びきれない事がこんなに苦しい。
だって私は彼に触れることさえ出来ない。絶対に、冷えている手をとって温める事も、抱き締めて体温を感じる事も出来ない。そして、彼もまた私に触れることは出来ない。零れ落ちる涙を拭おうとした手は空を切って、やがて悔しそうに手に力がこもるのです。
「僕は早く死んでしまいたい。君とずっと一緒にいたいから」
死んだからといって、再会できる保証なんてまるでないのです。私だって天国と呼ばれる世界を見た訳では無いのだから。それでも彼は「死にたい」と言います。私は、今思うと、くだらない未練があってこの病室に残ってしまったのですが、それももう無くなったのでそろそろお暇しなければいけません。毎日毎日少しずつ透けていく体を見るのももうすぐ終わりなのです。
「でも、私は春斗君に生きて欲しいです。雪が溶けて春が来て、毎年その繰り返しで、今以上に楽しいこともあるし、好きな、人……だって、きっとできます」
「できないよ、君以上に好きな人なんて絶対」
おかしいと思いませんか。自分の目からは次から次へと涙が溢れてくるのに、言いたいことはほとんど喉で詰まって、そのまま消えてしまうんです。結局、私はなにも言えないまま、自分の存在すらも認識が出来ないほどに淡い光となって空に登っていきました。
◇◆◇◆◇
私は生まれた時から病気を患っていて、17歳まで延命出来たのは奇跡だと言われました。生活圏は病室の中と診察室くらいでとても狭かったように思いますが、その世界が私にとって全てでした。
学校というものも聞いていたし勉強も少しはしていましたが、普通の人が送るような華やかな生活とは程遠く、友達もいた事はありません。
そんな私が恋というのを知ったのは、兄が持ってきた漫画がきっかけです。6歳差の兄は立派な社会人オタクというやつで、特に少女漫画にのめり込んでいたそうです。気質とでも言うのでしょうか、私も兄のように少女漫画を好きになり、有り余る時間を使って読み漁っていました。ヒロインが恋をする事によりキラキラと輝いてとても素敵に見え、楽しそうで、羨ましいと思ったのかもしれません。いつの間にか私は恋に憧れ、恋に恋をしていたのだと思います。
だからでしょうか。死を悟った時「私も素敵な人と恋をしてみたかったなあ」と思ってしまった。幸か不幸か未練と捉えられ現世に幽体として残ってしまいました。
そこで、春斗君に出会い、こんなにも人を好きになる事が出来て幸せな気持ちでいっぱいではあります。思いが通じ合って尚更。でも、まだ生きている彼には酷な事を考えさせてしまっていた。もう、どうしようも出来ないのですが、それを考えると苦しくて苦しくて仕方がないのです。私が幽体として現世に姿を保てなくなったあと、春斗君がどのような選択をしたのかわかりませんが、どうか、彼が長く生きていくことを、心のそこから願っています。