〜寝台特別急行あけぼの(ブルートレイン)〜
読者共々、色々とゆるーい気持ちでやっていければと思います。
その列車は、上野駅の13番線から、眩しい北の大地へと旅立って行った。
赤い汽車が青い客車を引き連れて、冬の白い大地と織りなすスリートーン。
一つの時代を駆けた名列車、ブルートレイン。
私はまだ小さかった頃、図体のでかい父に手を引かれ、その列車が仄暗い地下ホームで出発を今か今かと待ち侘びている姿をしかと見た。
子供心ながらに、それが発する通勤電車とは一線を画する異質を、まだ見知らぬ地"青森"を指し示す方向幕と、車輪に積もった雪に察した。この景色は本当によく、自分でも不思議なほどよく覚えている。
ここからは朧気だが、きっと子供なのだから私は言った。「これに乗ってみたい」と。
すると父はすぐに答えたはずだ。「ダメだ」と。
記憶にないが、そうなるとおそらく私は多少……多少は駄々をこねたのだろう。
だから父はこう言ったのだと思う。「大きくなって自分が稼いだ金で乗りなさい」
さぁあれから早10年が過ぎた。
あの時の熱狂は子供によくある一過的なものだったようで、それきり私はブルートレインのことなんて気にも留めていなかった。
時折り学校からの帰り道、駅の電光掲示板で『運行取り止め』の表記を見ることはあったが、あいにく時が流れて擦れた心では「あっそ」としか思わなかった。
それすらもう昔と言える。
そして今、再び電車への熱がほどほどに湧き上がり、乗ってすらいないのに何でかブルートレインの情緒にため息をつくことがある。
今ならもう、誰にも文句を言われる筋合いなく、自分のお金で堂々乗れるのだが、時が止まること運行し続けた結果、私はブルートレインに乗り遅れてしまった。折り返し列車は無い。
上野の地下ホームに出向いても、青い客車は私たちを待ってはおらず、手を引いてくれた父とは疎遠だ。
しかし、無い物ねだりと重々承知しているが、果たしてこのブルートレインに乗りたい心と、私はどう折り合いをつければ良いのか?
小坂に出向くか、最後の寝台特急サンライズに乗り込むか、はたまた金に物を合わせカシオペア紀行に決戦を挑むか。
いずれにせよ妥協は必要らしい。だって私ももういい大人だもの。
青森行きだったのは本当に何でよく覚えているなと、書いてて改めて思った。
現役ブルートレインを生で見たのはこれが最初で最後だったはず。