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少女は怪盗に助けられた  作者: 天上いこい
6/12

街の治安維持

 無事に華子を部活に行かせた結宇は海とペアを組んで美術館周辺を巡回することになった。

 一年生ペアには最初、三年生のペアが付き添って巡回のやり方を教えるのが慣例となっている。とはいうものの、怪盗フェイカーが現れるのは稀なのでこういった本来の業務に不慣れな上級生が多い。ましてや部活動のような連綿と受け継がれる伝統なんてあるはずもなく、治安維持委員会は街の掃除さえしていればいいだけの気楽な委員会と思われていたことが露呈しただけだった。

 なので三年生から教わったことと言えば、どこの店なら得するだの、遊びに行くならここがオススメだの、そういった高校生としての力の抜き方くらいしかなかった。

 治安維持なんて仰々しい言い方が良くない、と愚痴を言い放って解散となった。

 海と二人きりにされても、結局何をどうすればいいのかという指示がない。

「先輩たちは普通の掃除の時は適当に散歩して終わらせるって言ってたけど……どうする?」

 途方に暮れそうになる中、海からの問いに結宇は真剣に考えた。

 怪盗フェイカーが現れる街に注意勧告をして回るには、必要のある個所とそれほどでもない箇所があるはずだ。

 今回は美術館がターゲットだ。

 美術館から離れている場所では声掛けをしてもさほどの意味があるとは思えない。

 美術館から近い場所でも強い効力を持たない高校生の話を聞いてくれる人もあまりいるとは思わない方がいい。けれど危険とは隣り合わせだ。

 怪盗が現れるから――というより、野次馬に気を付けるべきだろう。

 結宇自身、小さいころから言われ続けてきた。

 怪盗の現れる夜は決して外を見てはいけない、と。

 それ以前に誘拐された経験のある結宇は平時でもあまり外に出るなと言われていた。

「美術館に近い場所を中心に、子供は夜に出歩かないように言って回るしかないと思う」

「なるほどな。俺は月森さんの指示に従う」

 理由を聞くでもなく素直に従おうとする海に、むしろ結宇の方が理由を尋ねたくなった。

「えっ、待って! 本当にいいの⁉」

 慌てて止める結宇に海は先に歩き出そうとする。しかし、向かっているのは美術館とはまるで反対方向。

「俺、この辺りのことまったく知らないし。怪盗のことも多くは知らないし」

「ああ……そう言ってたね。私もあまり外に出られな……出ない方だったから詳しくはないけど、散策がてら歩いてみるのもいいかもしれない」

 過去の誘拐経験は言い触らさないように言いつけられている結宇はうっかり口に出しそうになってすぐに話を訂正した。

 聞こえていなかったのか気にしていないのか、海は肩を竦めて言った。

「迷子にならないか?」

「それなら大丈夫」

 不安を隠そうとしない海に、結宇は遠くを指差して見せる。

 結宇の指の先を辿って視線を動かした海の目に、時計塔が目に入った。

「あの時計塔があれば迷うことはないよ」

「あれって……」

「うん。学校の時計塔。街のシンボルの一つなの」

 古びた時計塔は何物の邪魔を受けることなく存在感を示している。

 どこで迷ったとしても、時計塔さえ見えれば元の道に戻ることができる。

「じゃあ問題ないな。行こう」

 そう言って、やはり海は美術館と反対の方へと歩き出そうとした。

「青芝くん、その……美術館はあっち」

「……そういうのは、もっと早くに言ってくれないかな」

 わずかに顔を赤くした海に小さく謝って、二人はようやく行動を開始した。

 街を回っていて知ったのは、案外怪盗フェイカーの存在を知っている人の数が多くはないこと。危機感が薄いこと。何より、身近で起きているという認識が希薄なことが目立った。

「現実味が薄いというか、どこか一線を引いた向こう側として捉えてるのかな?」

 美術館の前に辿り着いて足を止めた結宇は海にそう問いかけた。

 夜は外を出歩かないように、と言って回っただけなのに、馬鹿にした態度を取る人がいた。

 鼻で笑われた回数も数えるのを途中で止めた。

「そういうものなんだ。どこか遠くのことだと思ってないと、やってられないんだ」

「やってられない……」

 心を守るために勝手にそうなるのか、と無理に納得していると、海の表情が暗くなった。

「明日、この街に巨大な隕石が落ちる」

 突然、そう言われても受け入れるなんて難しいが、海の表情を見れば本当なのかと思ってしまう。だが、信憑性に欠けるような気がした。

「あ、青芝くん……?」

「今、そんなことあるわけないって思った?」

「あ、えっと……」

 否定するのは失礼なのではないかと躊躇っていると、海はふ、と笑った。

「そういうのだよ。俺だってまだ信じられていないんだ。怪盗が現れること」

「じゃあ、今の……冗談?」

「冗談」

 口端を大きく釣り上げて笑った海に、結宇は頬を膨らませた。

 意地悪をされたと分かって不服を訴えてみるも、理解しやすく説明してくれた親切心であると分かっているので不満を口にはできない。

 相反する気持ちに頬を膨らませるだけの結宇に、海はおかしくなって笑いだした。

「なんで笑うの⁉」

「いや、だって……月森さんがこんなに面白い人だとは思わなくて」

「お、面白い人⁉」

 そんなことを言われたのは初めてだ。とは思うものの、華子と行動を共にしている時間が長かったから自然と言われなかっただけかもしれない。お嬢様である華子の隣では無意識にきちんとしなければという心理が働いている。

 だから、海といると普通の高校生になれたような気分を味わう。

 本当はもっと羽目を外してみたり、体面なんて気にしないで遊んだりしてみたい。

 これまで叶わなかったのは、家族が誘拐を恐れてのことだと理解しているので文句を言えるはずもなかった。

 十歳の誕生日に誘拐され、その日の夜に助けてもらった人が今夜現れる。

 まだお礼を伝えるという約束は果たされていない。

「後は学校に連絡入れたら帰っていいんだよな?」

「そう言ってたね。学校に戻る必要はないから、このまま帰れるよ」

 美術館の前から時計塔は見えても、時間が分かるわけもない。結宇はスマートフォンで時間を確認した。

「……この後、月森はどうするんだ?」

 今から学校に戻ったとしても部活動に参加するほどの余裕はない。顔を出すくらいはした方がいいかもしれない、と頭の中で予定を組み立てていると、海に声をかけられていた。

「私は学校に戻るよ。連絡もしておくから、青芝くんは帰っていいよ?」

「あ、いや……」

「道、分かる?」

「分かる……いや、分からない。学校まで俺も戻る」

「うん。じゃあ、戻ろう」

 結宇と海は横並びに歩いて、学校へと戻った。海が何を考えているのか、結宇は想像しようともしなかった。

 学校に戻った時、校舎の中から華子が見ているとも、想像してはいなかった。


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