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少女は怪盗に助けられた  作者: 天上いこい
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治安維持委員会

 怪盗フェイカーが現れるのは稀である。

 だからこそ治安維持委員会の活動はよくある美化委員と変わらない。内容が校内に向けられているか、校外に向けられているのかの違いしかない。

 基本的に活動は月に一度。街の清掃がメインとなり、これが美化委員と大きく異なる部分だ。半年に一度、美化委員と合同の清掃活動もある。

 長い間、これが治安維持委員会の仕事だと勘違いされていたが、委員の意識が引き締まったのは怪盗フェイカーの予告状が出たからに他ならない。

 月森結宇が初めての委員の活動を同じクラスで同じ委員となった青芝海と街を巡った三日後の昼休みにその情報は入ってきた。

 緊急で集められて何事かと困惑する委員たちを前に、三年生の委員長も困惑を隠せない様子で「これはまだ、午後三時に解禁する情報……だそうです」と教師の顔色を窺いながら口にした。

「怪盗フェイカーからの予告状が昨夜、美術館の館長宛てに届いた」

 一瞬にして、集められた教室に緊張感が走った。

 誰もが「午後三時までは口外してはならない情報」であると認識し、同時に話してはいけないプレッシャーにも襲われる。

 その中で結宇は必死になって緩みそうになる表情を引き締めていた。

 怪盗フェイカーが現れる。

 それだけで嬉しさのあまり笑顔になりそうになっていた。

 こんなにも早くにチャンスが到来するものなのか、自身の運の強さに舞い上がりそうになる。

 委員長は予告状のコピーらしき紙を黒板に貼り付けた。



    明日の夜八時、参上いたします。

              怪盗フェイカー



 名刺サイズのカードに短く書かれた予告。

ターゲットが何なのか書かれていないが、送られてきた美術館の館長には察しがついているのか。そう言った質問も挙がったが、委員長が教室内にいる二人の教師に目を向けても解答は得られなかった。

「そういうわけで今日の放課後、美術館周辺の治安の維持を確認しに行きます」

 困惑から明らかに困った様子に変化した委員長が頭を掻きながら自暴自棄に行ったが、それでも委員たちの不満の声は挙がった。部活あるのに、だとか予定入れてるのに、だとか。

 初回の集まりの際に説明されていたはずだが、実情はこうだったようだ。

 無理もないし誰も責められはしない。

 高校の委員会なんてものは、部活動に向ける情熱に比べてささやかすぎるものでしかないのだから。

 誰かがやらなければならないだけの、やっつけ仕事。

 結宇だって、最初はそんな気持ちしか持ち合わせてはいなかった。早く終わらせて部活動に行く。それから友人の秋保華子と合流して一緒に帰る。そのつもりだった。

 まさか、まさかこれほどまでに結宇の願望を叶えようとしている委員会だなんて想像もしなかった。

 午後三時に解禁される情報ということは、予告状が送られてきた美術館と通報された警察以外では一、二を争う情報の早さだと考えられる。

 マスコミに行き渡るスピードと同じくらいと思うと気分がいい。

 結宇は抑えきれない気持ちを懸命に抑え込みながら委員長からの注意事項を頭に叩き込んだ。

 放課後を迎える頃には情報が解禁され、治安維持委員会の活動は公のものとなった。

「どうして私が付いて行ってはいけないんですか⁉」

 放課後になってすぐ、海と合流しようとした結宇にぴったりとくっついて華子が昇降口に現れるなり海と委員会の顧問を務める伊藤が困った溜息を吐き出した。

 伊藤が華子の同行を拒否すると激昂した華子が食い下がり、早くも五分ほど経過しようかというところだ。

 三年生の委員長は葉菜子が登場してすぐに引き下がっている。

「無理に決まってるじゃないですか」と弱気なことを言って。

「秋保さんは別の委員会でしょう? 他の委員会の活動に参加することは認められません」

「それじゃ理由になっていませんわ!」

「理由はそれ以外にないんだけど?」

 教師相手にもまったく引かない態度の華子を見ていた海の隣で結宇は肩身を狭くしていた。

「……ごめんね、華子ちゃんは悪い人じゃないんだけど、たまにああやって聞く耳を持たなくなってしまうの」

「月森が謝ることじゃない。理解しようとしないアイツがおかしいだけだ」

「……普段は、おかしくなんてないんだよ」

 大切な友達を「おかしい」と言われて憤慨する場面なのだろうが、目の前の光景を見て否定してやれない自分に落胆して小さな呟く声で擁護の言葉を呟いた。

 わずかな反抗心から聞こえないようにはしなかったので、海聞こえてしまったようで、すぐに反応があった。

「ああいや、月森の友達を否定するわけじゃないんだ。ただ、友達を困らせるような人間はどうかと思っただけで」

「青芝くんの言いたいことは分かるよ。……それでも、華子ちゃんは私の友達だから」

 悪く言われると、自分が悪く言われているような気持ちになる。そう言えば海は困ったように視線を逸らした。

 気まずい空気が流れる中、まだ粘り続けていた華子が結宇に体を向けた。

 一気に緊張感が体中を巡る。

「結宇ちゃん! 私は許可がなくても付いて行きますわ! 安心なさって! だって放課後ですもの。私がどういう行動をしようと私の勝手ですわよね!」

 同意以外の言葉を拒絶しそうな勢いで詰め寄られ、結宇は曖昧に笑いながら軽くはない衝撃に耐えていた。

「……友達の邪魔すんのはいいのかよ?」

「聞こえてますわよ、青芝くん?」

「…………」

 わざと聞こえるように言ったのだろう。海は謝ることも気まずい様子もなく視線を外している。

 友達と同じ委員のクラスメイトの中が悪いと気まずいのは結宇の方だ。

 どちらかに肩入れすればどちらかとの中が悪くなる。

 どちらの味方になるべきなのか。

 結宇にとってどちらを選べば正しい選択となるのか――というのは、正直どちらでもないのが正解だった。

 結宇の頭の中は怪盗の存在が多く占められている。しかしそれは誰にも言えない自身だけの秘密。

 結宇は、華子に優しく微笑みを見せた。

「華子ちゃん、茶道部に入ったんだよね? 今日も活動はあるんだよね?」

「ゆ、結宇ちゃん……?」

「放課後に何をするのかはもちろん華子ちゃんの自由だよ? けど、部活をサボるのは華子ちゃんとしては大丈夫なの?」

「そ、それは……」

 どちらの味方ともいえないただの正論に華子はたじろぎ、海は目を丸くさせていた。

 伊藤と委員長は安堵の表情で目を合わせていた。



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