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少女は怪盗に助けられた  作者: 天上いこい
4/12

少女の情緒2

 助けてくれたと言うのは誇張が過ぎるか。風に飛ばされたリボンを拾ってくれたのである。

 些細なことではあるのだろうが、それだけで青芝海は「知らないクラスメイト」ではなくなった。

「華子ちゃんが当番の日は、必ず図書室に行くからね」

 決まってしまったものは仕方がない。

 苛立ちと落胆を同時にこなす華子にそう言うと、がっしりと手を握られた。

「絶対、お願いしますわね!」

 そう言われると、拒否もできない。

 一回目の委員会は、入学式から二週間後の金曜日の放課後に開かれた。

 治安維持委員会とは学校の中ではなく学校周辺の治安を維持することが活動内容らしい。

 巡回したり不審者を見つけたら声をかける――といったことはせず、街のゴミ拾いが主な活動である。

 そして非常事態の場合、放課後に招集がかかるとも。

「この街に怪盗フェイカーが現れることはみんな知ってると思う。この治安維持委員会は怪盗フェイカーが現れた時に活動するのが本来だ」

 委員長になった三年生が委員たちを見渡してそう言った。

 なんてラッキーなのか。そう思わずにはいられなかった。

 この委員会にいれば、怪盗に会える可能性が大きくなる。

「ちなみに言っておくけど、怪盗に会おうとしても無駄だ。僕たちの活動は怪盗が現れる時間までの見回りだからな」

 期待に胸を膨らませていたのは結宇だけではなかったようで、その浮ついた雰囲気を察した委員長によって先に釘を刺されてしまった。

 それもそうかと一度落とした肩を上げる。

 高校生でも学校行事として活動している間に危険に晒されるのは好ましくない。保護者からのクレーム待ったなしだ。

 初回の委員会は役職を決め、委員長による注意事項が話されて終わった。一年生が役職に就くことはなく、ただ先輩たちの話を聞いているだけだった。

「月森さん」

 委員会も終わり、華子と合流して帰ろうかと廊下に出た結宇を呼び止めたのは、同じクラスの同じ委員、青芝海。

 海も教室に戻るのか、並んで廊下を歩く。

「月森さんって、怪盗に興味があって治安維持委員会に入ったのか?」

「入るまでどんな委員会なのか知らなかったよ?」

「あ……そうなのか。てっきりこの委員会に入るのはみんな怪盗に興味があるもんだと思ってた」

 海の様子は委員会の内容をあらかじめ知っていたかのようで、結宇は隣を歩く海を見上げる。

 その視線だけで言いたいことが伝わったのか、何を言わなくても説明がされた。

「先生に聞いたんだ。具体的に何をするのかって。簡単に教えてくれたよ?」

「なるほど。その手があったか」

 分からないなら聞けばよかった。

 当たり前のことに今更ながら気付いて衝撃を受ける結宇はしかし、それでもこの委員会でよかったと思えた。

 予告状が届いた際、普通の人よりも早くに怪盗の出現を知ることが可能なわけだ。

 委員会活動が終わった後、怪盗の動向を追いかけることもできる。

 どちらにしても結宇には都合がよかった。

「俺さ、この街に来るのは初めてで怪盗の話も噂程度には聞いてたんだけど、まさかここまで日常的に怪盗の存在が根付いているなんて思ってなかった」

「私も小さい頃はすごいことなんだって思ってたよ」

「本当か?」

「うん。けど、徐々にそれが当たり前なんだってことに気付いてね。他の街じゃ普通じゃないんだよね?」

 さすがに怪盗に誘拐半から救ってもらった経験は他の人にはないはずだが、それでも怪盗の存在が認知されていることに慣れてきていた。

 年に数回現れる程度だというのに。

「そうだよ。怪盗なんてこの街にしかいないんだ。だから俺はこの高校を選んだ。怪盗ってやつ

を一度くらいはこの目で見たくて」

 海の言葉に、胸が騒ぐのを抑えられなかった。

 これまで怪盗フェイカーの話は誰にもできなかった。

 誘拐されて狭くて暗い場所から助けてくれた、と話したくても「誘拐された」という部分だけを取り上げられてしまって怪盗フェイカーの話にまで辿り着けなかった。

 だからこそ、華子以外にずっと仲良くしてくれる友達がいないとも言えるのだが、高校に入ってからは違うらしい。

「青芝くん、怪盗フェイカーに興味があるの?」

「ない方がおかしいだろ」

 もしかすると、青芝海が結宇にとって初めてになる怪盗を追いかける仲間になるかもしれない。

 そう思うと興奮して止まらない。

 入学式の日に会っただけではなく怪盗の話もできるとなると急に親近感が湧いた。

 教室に戻るまでの道中、海と他愛ない話をして盛り上がった。この街に関することであれば結宇にも答えられたからというのもあるが、海が結宇の話に興味を持ってくれたことで会話がスムーズに進んだというのもある。

 教室まであと少しというところで海が声を潜めた。

「とこでさ、なんであの……秋保? とかいう奴の口調がいかにもお嬢様って感じなんだ?」

 声を潜めているのは恐らく、結宇と華子の仲が良すぎることを知っているからであり、教室にすでに戻っているのではないかと危惧したからだ。それを分かっていて、あえて結宇は普通の声量で答えた。

「華子ちゃんはね、この街の偉い人のお孫さんだからだよ。市長さんじゃなくて、えっとね、それより偉い人がいるんだけど」

 具体的なことを忘れてしまい説明に困っていると、海が納得して頷いた。

「そっか。お嬢様で間違いないんだな?」

「そう! そういうこと! ……多分」

 華子の家の教育方針について聞いたことはないし、聞く必要はないと思っている。だが、海の言うことは結宇が抱えていたものと同じだった。

 要するにお嬢様だから、で済ませてしまえるのだ。

 はっきりとしない返答ではあったが、それがかえって面白くて二人で顔を見合わせて笑った。

 華子がその様子を見ていたとも知らずに。


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