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少女は怪盗に助けられた  作者: 天上いこい
3/12

少女の情緒1

 高校の入学式を終えたその足で向かったのは、高校と隣接する大学の敷地の境にある教会だった。

 扉を開けて中に入ると、シスターが出迎えてくれた。

「こんにちは」

「えっと……」

 初めて来たと思うのだが、まるで顔なじみであるかのように挨拶をされて困惑していると、シスターはふふと笑って「ごゆっくり」と言って外に出て行った。

 なるほど、こういう雰囲気の場所なのかと納得して改めて教会の中に目を向ける。

 装飾が質素だからなのか、イメージしていたものとは違っていた。

 イメージが結婚式のそれだったから無理もない。きちんと飾り付ければイメージそのままの様相を呈すことだろう。

 ステンドグラスはなく、大きなガラスが壁一面を支配している。そのおかげで日差しが入り込んでいて明るい。ガラスの向こうに大学の敷地が見えるはずが、実際に見えるのはバラというのもポイントが高い。

 昨日、入学式を控えて緊張していたところに祖父がこの教会のことを教えてくれた。

 元気に育ったのは神様が見守ってくれたおかげだから、そのお礼をしてきなさいと言われたのだ。

 小さいころに誘拐され、無事に帰ることができたのは神様が見ていてくれたからだと。

 誰に助けられたのかは、一度も家族に話したことはなかった。

 あの夜、誕生日プレゼントと言って結んでくれた左側の三つ編みは六年が過ぎても続けている。

 白い絹のリボンは大切に保管していて、代わりに色々とリボンを買って日替わりで三つ編みを結んでいる。

 月森結宇は自身の顔の左側にある三つ編みの毛先に触れた。

 感情が動いた時に触るという癖は、中学一年生の秋に気が付いた。

 不安や恐怖を感じているときは時に触る傾向にある。受験の時も触れていた。

 教会に来た理由は祖父に言われたように神様にお礼を言いに来た――だけではない。

 どうかもう一度あの夜助けてくれた怪盗に会わせてください。

 結宇はまだお礼を言う約束を忘れていなかった。

 自分がここまで生きてこられたのは神様のおかげではなく、怪盗のおかげなのだと強く感じている。

 怪盗フェイカー。

 忘れもしない恩人の名前。

 冬に長いマフラーの男の人を見かけると無意識に反応してしまうほど。

 怪盗に、新しい制服を見せたかった。

 中学の入学式のあった日も、怪盗が現れるかもしれないと期待したが現れなかった。

 怪盗フェイカーの出現は稀だった。

 一年に数回現れればいい方で、一年間まったく姿を見せないこともあった。

 結宇が会えたのは六年前のあの一度きり。

 これまでは小さな子供だからと現れても夜に外に出るのを禁止されていた。

 誘拐された過去があるから当然とも言えるが、両親と祖母が過保護になってしまい高校生になったとしても難しいと思える。しかし、祖父と兄だけは味方をしてくれていた。

 祖父と兄の後押しがあれば、怪盗に会いに行ける期待ができた。

 後は怪盗が予告状を出すのを待つだけ。

 結宇の期待は叶わず、怪盗の予告状はどこにも送られてはこない。

「結宇ちゃん、委員会はどうなさいます?」

 次の日、休み時間に声をかけてきたクラスメイトに顔を上げた結宇は、目の前の黒板に書かれた委員会決めの文字を見た。

 埋まっているのは学級委員の項目だけ。

「なるなら図書委員とかがいいけど……華子ちゃんは決めた?」

 小さな頃から仲の良い秋保華子(あきほかこ)は結宇の腕に自身の腕を絡ませる。いつもの行動にはもう何も思うことはない。結宇にとって華子の距離の近さは意識するほどのものではなかった。

「どうしましょうか。めぼしいものもないので、結宇ちゃんと同じがいいと思いますわ!」

「あれ、でもほとんど男女の組み合わせ……」

「結宇ちゃんと同じがいいと思いますわ!」

「えっと、だから……」

「結宇ちゃんと、同じがいいと、思います、わ!」

「……なれたら、いいよね」

 得も言われぬ圧力を感じて小さく頷く。

 さらに強く腕を絡ませてきたが、されるがまま腕を差し出していた。

 華子は大人っぽくいかにもお嬢様然とした外見をしていた。

 高校に入ってさらに磨きがかかっているようにも見えるし、実際に街では大学生や社会人と間違えられることが多い。

 高校生にもなったのだから他の人に目移りしてもいいとは思っているのだが、一向に結宇から離れる気配がない。

 華子は幼少期に仲良くなってすぐに海外へと行ってしまい、中学一年の春に戻ってきた。知っている相手が結宇以外にいなかったからなのか、華子は結宇とずっと一緒にいる。

 新しい友達を作ることも容易な期間にずっと結宇と二人でいるのは果たしていいことなのか。

 それでも華子は結宇から離れようとはしなかった。

 それでどうにかなっているのだから、大きな問題はないのだろう。自分にそう言い聞かせて、どの委員会に入るかを相談した。

 結果的に華子が図書委員になれたものの、結宇は治安維持委員なる怪しげな委員会に入ることになった。

「何それ高校にそんな委員会あります? 普通ありますか?」

 華子は同じ委員になれなかったことに対する苛立ちを吐き出した。

「名前はこうだけど、実際は楽な仕事かもしれないよ?」

「そうじゃないかもしれませんわ⁉」

 初めて耳にする「治安維持委員会」に一人憤慨している華子の一番の気がかりは、謎の委員の活動内容ではなく、もう一人の委員である。

「よりにもよって知らない男と組むだなんて……」

 クラスメイトに向かって知らない男呼ばわりは失礼なのでは、と思いはしても、華子はいつもこの調子だった。

 確か中学生のある時期を境にこうなってしまった。

 具体的なことは結宇には分からないけれど、華子にとって衝撃的な何かがあったのだろう。

 だからと言って結宇までクラスメイトから距離を取りたくはないのだが。

 結宇と同じ委員になったのは青芝海という男子生徒。

 中学までは別の学校だったので知らないと言えば知らないのだが、他のクラスメイトではなく青芝海であることに結宇は心の内で安堵していた。

 知らない相手であることは間違いないのだが、まったく知らないという相手でもない。

 入学式の日に困っていた結宇を助けてくれたのだ。


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