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少女は怪盗に助けられた  作者: 天上いこい
2/12

怪盗と邂逅2

「かい、とう……」

 少女が反芻する。

 怪盗は、あまりテレビでは見ない存在だった。

 怪盗は鮮やかな動作でケースを開けて中身を取り出す。

 きらりと光る宝石がいくつも付いた首飾り。

 少女が閉じ込められていたのは、首飾りが展示されたケースの中だったようだ。確かにここにいれば見つけ出されることはなかったかもしれない。

「さて、俺の用事は済んだわけだが……」

 声のトーンが一段落ちて、怪盗は少女を見下ろす。

 少女の中にまだ不安と恐怖が押し寄せた。

「こ、殺すんですか……?」

 こういう場合、顔を見られたから殺されるのがお決まりのパターンだ。

 助けられたとばかり思っていたが、舞い上がっていただけだった。

 強く目を閉じていると、怪盗が小さく笑った。

 恐る恐る目を開けて怪盗を見上げる。

 怪盗は、優しい笑顔で少女を見ていた。

「よっぽど怖い目に遭ったんだな。安心しろ。俺は盗みはするが命は取らない。俺が盗むのは贋作だけだ」

「がんさく?」

「偽物って意味だ。命は――本物だろ?」

 窓から差し込む明かりによって、怪盗の顔がはっきりと見えた。

 すっきりと整った顔立ち。

 すべてが黒で統一されていると思っていたが、髪色は夜の空に近い。

 完全な闇ではない、宵の色。

 美術館からものを盗んでいる悪い人であるはずなのに、優しい微笑。

「かいとうさん……」

「警察に渡した方がいいんだろうが、俺が見つかるのはマズいしな。家の前まで送ってやろうか? ……なんて、ん?」

 腕を組んで軽口を叩いていた怪盗は、マフラーを両手で掴んだ少女にわずかながら調子を崩された。

 怪盗は冗談で言ったつもりなのだが、冗談と受け取ってはくれなかった。

 少女は怪盗の冗談だと分かっていて、冗談として受け取らなかった。

「……今日、十歳の誕生日で」

 どうするのが正解なのか、どんなに考えても答えは出なかった。

 暗い方へと思考が動いて止まらないから、結局は殺されるのを待つのか殺されようと動くのかの二択しか浮かんではこなかった。

「おねだりか。子供とは言え、女だな」

 少女の言葉は、誘拐されたことによる家族への強い申し訳ない気持ちが声になる前に一笑に付された。

「え」

「怪盗が誰かに何かをやるってのはいささか行動に矛盾が生じるが……。そんでもって手持ちも特にないし、さすがに贋作をプレゼントにするのもなあ」

 どうしたもんか、と色々とまさぐって探している。

「そういうつもりじゃなくて……!」

 家に帰るのが、家族に会うのが怖いと言いたいのに、怪盗は何も言わせてくれなかった。

「誕生日なんだろ? 今日のことは奇妙な夢だったと思って、忘れるんだな」

「怪盗さんに会ったことも?」

 掴んでいるマフラーをより強く握る。

 忘れるのは惜しい気持ちは伝わるだろうか。

 助けてもらって慰めてもらっている相手を忘れるなんて非情な真似なんてしたくない。

 怪盗は少女の髪を一房掴むと、不器用に三つ編みにしていく。

 編み終えると、首飾りを展示していたケースに飾りつけとして置かれていた白い絹のリボンを結んだ。

「俺に会ったこともだ。……シルクは結ぶのに向いてないが、即席の誕生日プレゼントとしては上等だろう」

「夢なのに、わたしの誕生日をお祝いしてくれるの?」

「誕生日の夢なのにプレゼントがあったら、起きた時嬉しいだろ?」

 するりと解けてしまうリボンを何度も結び直している怪盗に、心が軽くなっていくのを感じた。

 非日常なのに、日常にいる心地。

「よし、どうにか止まった。誕生日ついでだ、家まで怪盗式の移動で送ろう」

「ありがとう、怪盗さん。いつかちゃんとお礼させてください」

 マフラーから手を離すと、ふわりと体に巻かれる。長いマフラーはそれでもまだ余っていた。

「礼なんていらないさ。言ったろ? 今夜のことは奇妙な夢を見たと思って忘れろって」

「でも……いつかは、きっと」

「いつか、……ね。お互い覚えていたら、その時に期待しておこうか」

 仕方ないな、とでも言いたそうにほほ笑む怪盗が少女の身体を抱えた。

 大事そうに、壊れものを扱うかのように。

「とっておきの夢も、プレゼントだ」

 そう言って怪盗は床を蹴り、瞬く間に夜空を駆けて行った。



 目が覚めると、自分の部屋のベッドの中にいた。

「結宇!」

「んう……?」

「医者、医者を呼んでください! あなた!」

「結宇ちゃん、どこか痛いとこはある⁉」

 月森結宇は目の前の景色にうすぼんやりとしていた意識が急浮上する。

 家族全員が、結宇の部屋に集まっていた。

 身を起こして眠い目をこする。

「おはよう。みんなどうしたの?」

 心配で寝不足といった顔が並んでいる。

 結宇の様子を見て、家族全員は顔を見合わせてほっと胸を撫で下ろした。

 父親が穏やかな顔で結宇の頭に手を置いた。その瞬間結宇は別の人間に頭を撫でられたことを思い出した。

 それが夢だったのか現実だったのか、はっきりとしない。

「なんでもないよ、結宇。誕生日おめでとう。パーティを始めようか」

「ええ、それを言うためにみんなわたしの部屋にいるの? ……もう、ありがとう」

 目覚めて間もない時間に誕生日を祝われて悪い気はしない。くすぐったくもあるが、何より家族の笑顔が広がっていることが嬉しかった。

 ベッドから降りて、鏡を覗く。

 昨日まではなかったはずの白い絹のリボンが一房の三つ編みを結んでいた。

 夢だったけど、夢じゃなかった。

 怪盗が「フェイカー」と呼ばれていることは、祖父がリビングの端に移動させた新聞の一面を見て知った。

 怪盗フェイカー。

 それが月森結宇を救った男の名前。

 必ずお礼をしなければ。

 結宇は怪盗の姿と名前を忘れないように、しっかりと胸に刻んだ。


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