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第1章 「伝説のアイドルの伝説」3

 そんなこんなで放課後。

 本日配布された大量のプリント束を鞄に押し込んでから、俺は昼休みに出会った女生徒――元木あゆむから指定された教室の前に立っていた。

 扉には、手書きで『アイドル部』と書かれた紙が貼られている。

 ――アイドル。

 それは、俺にとって色んな意味を持っている。

 チクリと胸の奥が痛む。

「…………」

 だが、口約束とは言え、約束は約束だ。覚悟を決めて、教室の扉を開け放つ。

 古びた室内にはゴチャゴチャと物が溢れていた。両サイドに置かれた本棚――左サイドは書籍、右サイドはDVD等の映像ソフト関連の資料が保管されている。

 と、俺の存在に気が付いたのか、アイドル雑誌を手にしたあゆむが、視線をこちらへと向ける。花の開花を早送りで見るように、あゆむの表情がパァァと明るく変わる。

「木村さん! 本当に来てくれたんですね!」

 あゆむは、雑誌を教室中央にある長机に置いから、大股でこちらにやって来た。俺の手を掴むと、ブンブンと上下に振って喜びをあらわにした。

 どうリアクションして良いか分からずにいると、

「何?」

 教室の奥でテレビに視線を向けていた女生徒が、ヘッドホンを外してこちらへと振り返る。

「ほら~。先輩もこっちに来てくださいよ~。さきほど話しましたけど、この方はアタシたちのプロデュースをお願いした教育実習の先生です」

 手をヒラヒラさせて仰々しく続ける。

「なんと、あの――」

 あゆむが言いかけた所で、奥の女生徒と目が合う。

 唐突に見開かれる4つの瞳。

「たか……や……?」

「るいか……なのか……?」

 固まっている二人の間で首をかしげるあゆむ。

「もしかして、お二人はお知り合い? ですか?」

「違う」

 能面のような無表情で女生徒が答える。困惑したあゆむに、俺は沈黙で応えた。

「ともかく、ここは部外者が入って良い場所じゃないわ。だから、出て行ってもらって」

「え、でも……」

「その人を追い返してって言ってるのよ」

 目を丸くしているあゆむに、女生徒が静かな口調で告げた。

「先輩どうしたんですか? あの、木村崇矢さんですよ。SKBの。その木村さんがアタシたちをプロデュースしてくれるって言ってるんです。もっと喜んでいいんですよ」

「必要ないわ。だからここから出て行ってと言っているのよ」

「どうしてですか? あの! 伝説のSKBですよ。あんなにSKBのDVDを、擦り切れるほど観ていたじゃないですか?」

 いや、DVDは擦り切れないだろと思わずツッコミを入れたくなるがそれは黙っておいた。

「あゆむ!」

「ヒッ!」

 あゆむは、一喝されてビクッと身を縮こめると俺の手を握って背中に隠れた。

「ほら、プロデューサーさんですよ。プロデューサー。涙歌先輩も必要だって言ってたじゃないですか」

 背中に隠れたままあゆむがそう言うと、女生徒の眉間のシワが更に深くなる。

「誰が、いつ、そんなこと言ったのよ」

 ピッっと俺を指差す。厳密には俺の後ろで縮こまっているあゆむに向けられているのだが、何だか自分が責められているような気になる。

「涙歌先輩が、六年前、先輩の部屋でSKBのDVDを一緒に見ながら、『デビューするなら優秀なプロデューサーが必要だ~』って言ったじゃないですか?」

「そんなの……」

 身に覚えがあるのか、女生徒は突き出した指をどこにも仕舞えずプルプルと震えた。と、フンッとそっぽを向くと、鞄を手にすると、

「もういいわ。私が出て行くから」

 凍りついた表情のまま俺たちの脇を通り抜けて帰って行った。

 あゆむは、それを見て、「どうしよう、どうしよう」と視線を泳がせてこちらを見つめる。

「どうやら俺はここにいても意味がないようだな」

 肩をすくめて部屋を出ていこうとしていたら、

「あの……。アタシは何かまずいことをしたんでしょうか?」

「いや、そうじゃないさ」

 首を横に振って見せる。

「それで、やっぱりお二人は、知り合い……なんですよね?」

 おずおずと背中にかけられる言葉。

 俺は天を仰いで、胸に溜まっていたものを吐き出す。

「ああ……。俺たちは……。俺と彼女――星野涙歌とは知り合い――幼馴染だった……」

「だった?」

「そう。幼馴染……だった……。だけど、俺は彼女を傷つけてしまったんだ……。だから、俺たちはもう……」

「え……」

 茜色に染まる教室。落とした視線の先に見える影がゆらゆらと揺らいでいた。


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