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第3章 「あの日、あの時、あの少年」9

 朝もやの中、遠くでジョギングしている人の足音で目を覚ます。部室棟、アイドル部の部室の扉に背中を預けて、いつの間にか眠っていたようだ。

 コンクリートの上で寝たせいか、全身が固まって痛んだ。それを、もみほぐすように深呼吸をしながら、ゆっくりとストレッチをしていく。

 屈伸のタイミングでうつむくと、薄っすらと影がにじんでいるのに気が付く。天を仰ぎ見ると、東の方角にわずかに太陽が顔を出している。

 アイドル部のみんなはまだ登校してきていない。あんなことがあったのに、朝練なんてしたくないかもしれない。でも、俺は彼女たちを信じていた。何より彼女たちの顔を一秒でも早く見たかった。

 そのために、俺は一晩かけてあの曲のステップを練習した。あの頃の完成度には遠く及ばない。

 うまくいかないのかもしれない。何者でもない自分。何をやっても、もう誰の心にも届かないのかもしれない。

 俺はかぶりを振って弱気を振り払う。と、俺は自分の周りがキラキラと光っているのに気が付く。それはただの砂埃だった。それが陽の光を反射して輝いている。

 俺はそれをとても綺麗だと思った。

 陽子は、俺のことを希望の光と言った。SKBがいたから、今の自分がいると。

 同時に、SKBがあったから、今の俺がここに立っている。涙歌も、あゆむも、咲月も、何もかもが、SKBがあったればこそなんだ。

 だから、やらなければいけない。無様に失敗したっていい。恥をかいて笑われてもいい。

 SKB69としての誇りを胸に、彼女たちへのぞもう。

 そう、決断した瞬間、おあつらえ向きに、三つの足音が近づいてくる。

「木村――さん?」

 いつも元気なあゆむもぎこちなく様子をうかがっている。

「土曜はすまなかった。いや、土曜だけじゃない、今までのこと、謝りたくて……」

 一歩踏み出し、頭を下げる。

「それじゃあ、もしかして、また――」

 俺は、あゆむの言葉を押しとどめる。

「まずは、見てもらいたいものがあるんだ」

 そう言うと、俺は週末、アイドル部が挑戦したSKBの曲をかけた。

 前奏中、心臓が飛び出してしまうのではないかと思うほど、早鐘を打つ。武道館に立った時も、これほど緊張はしなかったと思う。手が震え、膝がガクガクと揺れる。体が悲鳴を上げている。一晩中練習していたせいで、体力が限界を迎えていた。正直立っているのがやっとだった。だけど、これを逃すと、もう二度とこんな機会はこないだろう。やり直しはきかない、一度きりの大舞台。

 前奏が終わるのを見計らい、俺は大きく息を吸い込み、歌い始めた。左右に腕を広げ、前後にステップを踏む。大丈夫。声は出る。体は十分に動く。

 徐々にスピードを上げていく曲調。それに遅れまいと手足が激しく動く。曲にシンクロし、体が熱くなり、心が激しく燃える。アドレナリンでも噴出しているのだろうか。頭が忘れていても、体は覚えている。封印していた、あの頃の熱い想いが蘇る。

 額に汗がにじむ。髪を振り乱して、上下左右に頭を振る。観客の反応を見ている余裕なんてなかった。だから、とにかく笑顔で踊り、歌った。

 ラスト、勢いでオリジナルにはないバク転を決めてポーズをつける。肩で息をしながら、曲がフェードアウトするのを聴き届ける。

 完ぺきとは言えないまでも、何とか最後までやり遂げた。あゆむは、「おお~」と目と口を丸くしている。

「見てくれて、ありがとう」

 少女たちに頭を下げる。かつての自分を好きだったモノたち。俺は何かを伝えられただろうか? 想いが溢れてこぼれ落ちそうになる。

 頭を上げた俺は、どこか憑き物が落ちたように晴れやかな心持ちだった。

「今まで、すまなかった。俺は多分嫉妬していたんだと思う。今も夢を追いかけている君たちが眩しくて、羨ましくて、真っすぐに向き合うことが怖くて、ずっと逃げていたんだ。だから、こんなことくらいで、みんなと同じ舞台に立てるなんて思ってないけど、改めて今の自分を見て欲しかったんだ」

 本当は今もここから逃げ出したかった。しかし、足が動かなかった。満身創痍。残っていた力を使い果たして動けなかった。だから、俺は続ける。

「これが、今の俺の全部だ。歌も踊りもまるでなっちゃいない。がっかりしたろ。見ての通り、俺には君たちが期待するようなことなんて何も出来はしないんだ……」

 あゆむの唇が動くのを、視線を合わせて制す。

「昨日、ファンレター、読ませてもらったよ。あの頃の自分が、どんなに期待されていたかを、今さらながら知ることが出来たんだ……」

 胸のすく思いと同時に、胸につかえるような感情が沸き上がってくる。

「だけど……。君たちが、かつて夢みた――あの頃の、アイドルの木村崇矢はもう、どこにもいないんだ」

 自らの想いを吐露するように吐き出す。

「でも、もしも、今も君たちが俺なんかに期待してくれているなら、もう一度、あの頃の木村崇矢になってみせるよ。だから、もう一度、みんなの仲間に加えて欲しい」

 俺は再び頭を下げて、返答を待つ。これで思い残すことはない。とにかく、自分が言いたかったことは全部言えたはずだ。

 しばしの沈黙。やがて、こちらに歩み寄る足音。

「木村さん、顔を上げてください。そんなことしなくてもいいんです。木村さんが謝る必要なんてないんです。昨日、失敗したのは正直残念でしたけど、それはアタシたちの力が足りなかったからなんです。それに、悔しがるにはまだ早い。アタシたちは、まだ夢の途中――。ううん。まだ、スタートラインにすら立っていないんですから」

 真剣な顔をしたあゆむ。

「それに、ファンレター読んでくれてありがとうございます。そう、アタシは木村さんの大ファンでした。好きで、好きで、大好き、でした」

 手を取り握りしめられる。

「でも、でもね……」

 俺の手を、両の手のひらで包むようにして重ね合わせる。

「アタシはかつての、SKBの木村さんや過去の栄光に期待しているんじゃありません。きっかけはSKBの木村君だったのかもしれません。だけど、いつも文句を言いながらも朝練に付き合ってくれて、アタシたちのために少ないながらもアドバイスをくれた。そんな今の木村さんに期待しているんです……。今のあなたが好きなんです! だから、こちらこそお願いします!」

 ね? と、他の二人へと目くばせするあゆむ。咲月は、優しい目をして同意する。涙歌の方は、視線を宙に泳がせながら曖昧にうなずいた。

 それを目にした途端、視界がぼやけ、目頭が熱くにじむ。奥歯を噛みしめて、想いが溢れないように我慢する。

「ありがとう……」

 これまでの僕を応援してくれて、これからの俺を受け入れてくれて――。



 ――ありがとう。


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