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第1章 「伝説のアイドルの伝説」2

 全体朝礼終了後、実習生のオリエンテーションが午前中かけて行われた。そこで、この教育実習期間のスケジュールや心構えについて説明がなされ、ようやく昼休みになった。

 実習生たちは同じ高校出身者なんかでグループになって昼食を囲んでいる。俺はといえば、元アイドルという噂が広まり、何となく教室に居づらくなり、中庭外れの目立たない場所で一人、パンをかじっていた。

 さらさらと木々が揺れる。梅雨時期特有の湿気をはらんだ風が頬をかすめていく。俺は前髪をかきあげながら、顔を上げ木漏れ日に目を細めた。

 と、視線の端に人影が映ったと思ったら、駆け足でこちらへやってくる。

「あの!」

 岩に腰かけている俺の前に立つ女生徒。両の拳を胸の前で握り込んで少し興奮気味に見える。制服のネクタイの色が赤いので一年生か。スポーティーなショートカット、少しだけ陽に焼けていて、浅黒く健康的な顔色をした子だ。

 一体俺になんの用だ? もしかすると、元SKBのメンバーへの用事なのかもしれない。サインをねだられるくらいなら対応しないでもないが、大抵はグループを解散に追い込んだ人間に対する罵倒なので、今回もその類いだろう。しかし、俺のことなんてこの年代にとっては、何となく見たことがある人程度なはずなのだが、母親がファンだったとかそういう話なのかもしれない。

 緊張しているのか眉がキリリと持ちあがり、握り拳に力が込められる。

 俺の方もそれにつられて生唾を飲み込んで、次の言葉を待つ。

「アタシをプロデュースして下さい!」

 少女の口から飛び出した台詞は、全く予想していないものだった。

 他の誰かに向けられたかと思い、いったん後ろに誰かいないか振り返ってみるが、自分の他には誰もいなかった。

「一体、君は何を言っているんだ?」

「伝説のアイドルグループSKB69のメンバーの木村崇矢さんですよね? デビュー曲が初登場ミリオンのあの! 伝説のグループ! ドラマも毎週見てました! ミュージカルも行ったんですよ!」

 ですよね? と上目づかいで見つめられ、

「いや、そうだけど……」

 思わずうなずいた。それにしても伝説って……。ずいぶんと安い伝説もあったもんだ。

「だから、その元SKBの木村さんに、アタシを! アタシたちアイドル部をプロデュースして欲しいんです!」

「アイドル部のプロデュース? どうしてそうなるんだ? 君も知っての通り、俺は元アイドルであって、プロデュースなんてやったことはない」

「でも、その世界を知っている人ですから、きっと大丈夫です。木村さんなら立派にプロデュース出来ます!」

 何の根拠があればここまで自信満々に言い切れるのか? 目の前の少女は控え目な胸を張って、エッヘンと両手を腰に当てた。

「そもそも何のために、俺がプロデュースなんてしなければいけないんだ? その前に、君は一体誰なんだ?」

「あっ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね」

 少女はテヘっと舌を出して悪びれもせず笑った。

「それじゃあ、順を追って説明しますね。アタシは、アイドル部所属、一年の元木もときあゆむと言います。今、アタシたちの部は大会でのめぼしい実績がなくて、廃部寸前なんです。だから、華々しい実績を作るため、木村さんのお力を貸して欲しいんです」

 アイドル部? この学校にはまだそんなものがあったのか? 確かに一昔前は、『アイドル』ってものが流行っていたが、今でも部活動や大会まであるなんて知らなかった。

「悪いがその申し出は受けられないよ。さっきも言ったが、俺はあくまで演者であっただけでプロデュースなんてした経験はないし、するつもりもない」

 そう告げると俺はあゆむに背を向けた。

「だけど、それじゃあ、木村さんは何の部活を受け持つんですか? 確か教育実習の先生は実習の一環としてどこかの部活に所属しなければいけないって朝礼で言っていたと思うんですが……。どこの部活に所属するのか、それだけでも聞かせてください!」

「え?」

 俺は首だけを傾けて立ち止まる。

 初耳だ……。いや、そう言えば、オリエンテーションの時にも、そんな話をしていたような気もする……。

 あゆむは興味津々といった感じでこちらを見つめている。

「え~っと。まだ決めてないけど、アイドル部じゃないことだけは確かだ。さっきも言ったように、俺にはプロデュース経験なんてないし、そんな才能もないと思うよ」

「それでも、いいんです! アタシたちの練習をただ見てくれるだけで大丈夫ですから。顧問の先生は基本的に生徒任せで、メンバーだって、全部で3人だし、たとえうまくいかなくてもいいんです。とにかく、木村さんにご迷惑はおかけしませんから!」

 なら、俺でなくてもいいじゃないかと言いたかったが、

「3人……か」

 下手に大所帯の部に所属して好奇の目に晒されるくらいなら、廃部になるような地味な部に籍を置いておいた方が目立たなくていいかもしれない。

「本当に見ているだけでいいのか?」

 目の前で米つきバッタのように頭を下げている女子に気押されているのもあるが、何となくそんな言葉が口をついて出る。

「はい! それで構いません! だからお願いします!」

「まあ、それでいいなら。考えても……」

 しぶしぶ肯定の言葉を口にすると、あゆむは、

「ありがとうございます! ありがとうございます! それじゃあ、今日の放課後、部室でお待ちしていますね」

 とスカートをひるがえして去っていった。

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