第1章 「伝説のアイドルの伝説」1
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ――。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ――。
鳴り止むことのない拍手喝采。網膜を焦がすような眩しい光が、ステージ上の少年たちに注がれる。
ハァハァハァハァと無数の呼吸音が左右前後から聞こえる。
それは、やり遂げた者だけに訪れる高揚感。
熱い――。心の底からマグマが沸き上がってくるような感覚。この体を流れる血潮が熱くたぎる。流れ落ちる汗が、蒸気になって雲にならんばかりだ。今なら、どんなことだってやれそうだ。
「やったな――」
握り拳をこちらに突きつけてくる美少年。
「うん。とうとうここまでこれたんだ――」
それに自らの拳を当てて応える。
口の端を上げて見せると、そいつはアゴをしゃくりあげて眉を細めた。その間も拍手は鳴り響き、『アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!』と地響きのような歓声がステージ上に立つ少年たちに向けられていた。
それは夢が叶った瞬間だった。最高に眩しい場所。今、俺は約束の場所に立っているのだと思えた。
だけど、それは俺の勘違いでしかなかった。
叶えたと思った夢は、ただのまやかし――。
眩しすぎる舞台の中で、目がくらんで見えただけの、まさに、夢幻だったんだ……。
*
パチパチパチパチパチパチ――。
拍手の音に混じり、耳をつんざくマイクのハウリング音で目が覚める。
立ったままにも関わらず、眠気をもよおすほど退屈な校長の挨拶に意識を失いかけていた俺を、夢の世界から引き戻す。
古びた講堂の檀上。横一列に並んだ20名あまりの大学生。
久しぶりに嫌な白昼夢をみたせいか、着なれないスーツの下にじっとりと汗がにじんでいる。
壇上に立つ、本日就任したての教育実習生たち。それに向けられるやる気のない生徒たちの拍手。弱々しくまばらで、周囲に同調し、とりあえず叩いておけばいいという主体性のない行動のあらわれ。
だがそれは至極当たり前のことだ。俺も学生時代は同じようにしていた記憶がある。自らの関心のあることにしか本気になれず、たとえやる気を出したとしても、越えられない壁にぶつかれば、すぐに背中を向けてしまう。
もっぱら、生徒たちの実習生に対する興味は、ルックスやスタイルがいいとか、そういう次元でしかものを考えていない。
それは高校生から大学生になってからもほとんど同じで、退屈で通り一辺倒な自己紹介が流れ作業のようにこなされていく。聞いているんだかいないんだか分からない生徒たちに時間を使うのはもったいない。俺自身も右にならい、在籍している大学と氏名を言って左へスルーパスを出す。
だが、俺の自己紹介を過ぎた辺りから、講堂がにわかにざわつく。
生徒たちがヒソヒソと顔を見合わせている。喧騒に交じり、「あの人、どこかで……」、「俺、テレビでみたことがあるような?」、「たしか、何とかってグループの……」と言った声が漏れ聞こえる。
何度も耳にした囁き声に、小さくため息を吐く。
――あれから10年以上経つのに、まだ呪縛が解けないのか。
ポツリと恨み節が口をついて出る。
もう誰も憶えていないと思ったが、そう簡単な問題ではなかったようだ。
それもそのはずか。メディアでは頼みもしないのに、懐かしの映像なんかで紹介されているからな……。ネットにも腐るほど当時の動画はアップされている。
そう……。俺は、元SKB69というアイドルグループに所属していた。SKB69は、『しょうねん、キッド、ボーイ、ロック』の略で、文字通り、69人の少年たちが、ロックに歌を歌うアイドルとして売り出した。一時期はテレビをつければメンバーの誰かを見ない日はないという人気だったが、とあるスクープを最後にテレビへの露出は激減し、一気にグループは解散へと至った。
晴れて一般人になった俺は、大学へと進学し、こうして教員免許の単位をとるために地元の高校へとやってきた。
実習生の挨拶は終わったのに、いまだざわつきは収まらない。
「うぉほおん!」
校長の咳払いで一斉に講堂内が静かになる。
「えー。であるからして、皆さんは三週間という教育実習の期間を学生としてではなく、本当の教師になったつもりで実習に取り組んでいただきたいと思います」
声を張り痰が絡んだのか、校長はゴホゴホと咳き込んだ。
と、キ――ンと、年季の入ったマイクがハウリングを起こして講堂内に響いた。