29 次元を超える者
何かもう勝ったような気がするのは気のせいでしょうか。こいついれば何とかなりそうな気がします、はい。
安心しきったサクは立ち上がって警戒心全開のカイアに近づいていく。その行動を驚きの目で追い続けるレーナたち。接近を察知したカイアはサクと視線を交え、お互いの心境を探り合い始めた。
こういった人はこれだけで正気だと気づいてくれるはず。希望的観測であり、賭けに近いものであってもどのみちこうするしか選択肢はないはずだ。
しばしの間、沈黙が流れる。異様な光景を大半の者が固唾を呑んで見守る中、結論に至ったカイアはゆっくりと口を開いた。
「どうやら、この場で正気なのはサク様だけのようですなぁ!」
「分かってくれてありがとよカイア。物凄く心強いわ」
「褒めていただきありがとうございます!! しかし、しかああぁぁぁし!! 油断は一片たりともできませんぞぉ!!」
「だな。うっし、異変解決に勤しむとしますかね」
「――っは! 逃がさないわよ!」
「申し訳ありません女王様ぁ!」
結託しようとした2人に向かって来たレーナにカイアは力強く叫びながら右手を向ける。すると球状のエネルギー物体がレーナを包み込み、カイア特製の簡易拘束牢が出来上がった。
鬼の形相で何か喋っているが外には全く聞こえてこない。悔しそうに拳を叩き付けるレーナに向け、サクは申し訳なさそうにつぶやいた。
「すまんレーナ、巻き込んじゃって。すぐ終わらせるから待っててくれ」
いつもは可愛い褐色肌の彼女に強く誓った。届いてなくとも構わない。それだとしても伝えておきたかった。
すでに謁見の間においてサクを敵視する存在は簡易拘束牢に捕らえられ、身動きが取れずにいた。ニーアもその内に入っているのだが、唯一その中に入っていない人物がいた。
「……なぁるほど。まさかあなた様が、いや、フィレが不届き物だったとは、驚きですなぁ」
「それはこっちのセリフですよ。現状で最高クラスの封印魔法を使ったはずなのに、まさか突破してくるなんて。規格外にもほどがあります」
「女王とこの国を守るために鍛え上げた力。このようなとき以外に、一体何に活かせばよろしいか? さあ、観念して投降しろ、フィレぇ!!」
「しません。もう一度言いましょう。しません。私は魔族第三将、『フィレ・イカラワヤ』。積み重ねてきたこの5年を無駄にする気はありません」
「お前が魔族……!?」
謁見の間の奥にて佇むフィレは、どこからどう見ても人間。広場で会ってから何の変化もない。そこから察するに魔族と言えどウィーンのような化け物の見た目をした存在だけではないと考えることができた。
晴れることがなかった疑心の先にあったのはフィレが魔族だったという事実。そうだとしたら消えていくはずの思いだが、何故か完全に振り払うことができない。魔族ということ以外、まだ何か隠していることがあるというのだろうか。
いつもながらに処理限界に近づいた頭がパンクしそうになるサク。その目の前で先手必勝といった感じのカイアが凄まじい踏み込みによって足元にクレーターを形成し、余裕の笑みを浮かべるフィレへと突進していった。
「なぁにぃ!?」
突き出したカイアの拳は空を切り、対象を失った衝撃波は謁見の間の壁に特大の穴を空けてしまった。外の雨が吹き込んでくる穴を見た官僚やレーナが後のことを想像して泡を吹いて拘束牢の中で倒れていくが、そんなことが気にもならないほどに驚愕しているサクがいた。
「いい驚きっぷりです。これで察することができたでしょう? 力任せなあなた方が私を倒すことはできないと」
サクの目の前には空間を割いて移動してきたフィレが立っている。空間を割く。言葉にいい表すと可笑しく思えるが、そうとしか言えないことをフィレはやってのけた。
驚きのあまり開いた口が塞がらなかったサク。すぐさまフィレの頭上へと回り込んで蹴りを繰り出すカイアだが、先ほどと同じように回避されてしまう。舌打ちをしたカイアが周囲を見渡すと、フィレは再び奥へと戻っていた。
力は勝っていても能力で勝つことができない。歯がゆい状況にカイアが下唇を噛み、サクはただ彼らの攻防を見ていることしかできなかった。
「私の生み出した波長によってサクは力を使えず、この能力によってカイアも手出しができない。そして私の広域魔法によって大勢の存在があなた方を敵として認知している。さあ、この絶望的な状況をどう攻略しますか?」
まるで勝利したかのように高笑いするフィレ。腹立たしいことこの上ないが、今のサクたちにはどうすることもできなかった。
パンクしそうになっていたない頭をフル回転させて対抗策を練り続けるが、一向にいい案が思いつかない。こんなことになるのであれば魔法に関してクロノスなどから深く学んでおくべきだった。
後悔したところでいい方向に向かうはずもなく、ただただ高笑いを見守ることしかできない。というかそろそろ息切れしてもいいのではないだろうか。
苦し紛れにそんなことを考えるサクの横でカイアは悔やむのを止めて精神を集中し始めた。力強い銀色の輝きが穏やかな物へと変わっていき、柔らかな光を振りまき始める。
何かをしようとするカイアに期待を寄せるが、それと同時に地震のような揺れを感じ取った。どんどん大きくなるそれを怪しく思ったフィレも高笑いを止めて感覚を研ぎ澄ませる。そして間近まで迫った揺れの正体が姿を現した。
(捕まえた! って、あれ?)
謁見の間の奥の壁に新しい穴を作って入り込んできたのは白銀の鱗が輝かしい巨大な腕。握ったはずである敵の感触がないことを不思議に思い、壁を完全に崩壊させて中へと入り込んでくる。
簡易拘束牢の中で青い顔をしていたニーアは壁のそばからサクの近くまで飛ばされてしまう。彼女を見たことでサクはようやくその他の面々が悲惨な状態で気絶していることに気が付くことができた。
白目をむいて天を仰ぐ彼らに心の底から謝罪していれば、こちらを見つけたハクが首を伸ばしてきた。大きな温かい舌で顔を舐められてくすぐったく思っていると、心越しに話しかけてくる。
(こっちも閉じ込められたから、危ないと思ってたの。無事でよかった!)
「ありがとうハク。俺はこの通り大丈夫。皆は平気か?」
(うん! フツーアさんと協力して安全なところで待機してるよ)
「……なら安心だな。さてと、こっちはどうしたもんかねえ」
(そうだね。何か面倒くさそうな敵)
(面倒とは心外ですね。大いなる敵として私は立ちはだかっているつもりですが)
ハクの発言に少しキレ気味に応えたフィレ。すでに実体は目に見える所にはなく、サクたちとは違う次元にいると推測できるが、もはやよく分からなかった。
何がどうであれ手が出せない強敵ということは変わらない。最悪の場合ここから逃げることも視野に入り始めたところで、静かになっていたカイアが口を開く。
「安心してくださいサク様。恐らくもう少しで対処できますので」
「マジで?」
「はい。何しろこの戦法を使って来たのはフィレが初めてではないので」
「フィレが初めてじゃない……?」
(確かに。しかしながら『彼』はここにはいない。であれば私の勝利は――)
(いるのであれば、貴様の勝利が揺らぐということだな?)
(!? ば、馬鹿な!!)
初めてじゃないという衝撃的事実に驚くサクの脳内に響いたのはフィレの驚愕の声。その前に聞こえてきた声に、サクは覚えがあった。というか、忘れるわけがない。
ヒーローは遅れてやってくる。5年前と同じよう、苦戦を強いられるサクの下に『彼』はやってきてくれた。
※※
「お前は祖国へと向かったはず!」
「サクがこちらに向かうのを見て、戻ってきた。いいタイミングで駆けつけることができて何よりだ」
「私の計算違いということか……」
テンガが向けた剣の切っ先によって、先ほどまで勝ち誇っていたフィレは敗者特有の悔しそうな表情を浮かべる。フィレにとって何もかもが覆されるジョーカー的存在がテンガであり、彼がここへとやってきたことはフィレの敗北を意味していた。
人でありながら生物の限界を超え始めている騎士。彼がいないうちに守護騎士を始末することが目標であったが、全てが水の泡と化していく。失意に飲まれるフィレだったが、さらなる追い打ちがかけられる。
「ここぉぉぉぉおお!!」
「何だと!?」
踏み込めるはずのないところに轟く大声。別次元と呼べる領域にカイアも侵入することに成功したのだ。カイアは真っ暗な空間を明るく照らすかのように輝きを増しながら、いるとは思っていなかった好敵手へと意気揚々と話しかける。
「テンガ殿ぉ!? まさかここで会えるとは! 見てください、私もようやくここへ来ることができましたぞぉ!!」
「素晴らしいなカイア。その向上心、私も見習わなければ」
「何をおっしゃいますかテンガ殿ぉ! あなたほど努力し続けている者は他におりませんよ!!」
「そういってくれるとありがたい。だが、私は高みに行かなければいけない。まだまだ、修行の身だよ」
「こちらを無視するほどの余裕。かといってどこにも隙が無い。流石テンガといってさしあげましょう」
「負け惜しみか、フィオニーレ?」
高圧的な物言いを放つフィレに対し、さらに剣を喉元へと近づけるテンガ。だが、ここにきてフィレはその余裕に満ちた態度を崩そうとはしなかった。
その腹立たしい顔をじっくりと眺めるテンガ。やがて修行によって鍛え上げられた観察眼は、その瞳の奥に眠る思いを見抜く。強い信念に満ちたそれを知った上で、テンガは剣を振り上げた。
顎先を寸でのところで剣先が過ぎてフィレがヒヤリとした次の瞬間、横一閃に剣が振りぬかれた。胴体が真っ二つに別れてもおかしくはないはずなのだが、痛みは全くなく、体がズレる気配もない。しかし、直後に起きた異変によってフィレはテンガが切った物をやっと理解することができた。
言葉を吐き出したくても、すでにサクたちがいる元の次元へと体が引っ張られているので口が利かない。フィレはもがき、本当に悔し気な顔でテンガを睨み付けた。それに応えるように、テンガは静かに言った。
「お前の持つ『力』の全てを切り裂いた。敗北を認めろ、『フィレ・イカラヤワ』」




