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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第二部 第一章 ゆるふわな五日間
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17 大切なお買い物

「美味しかったー!」


「ありがとうなハクち。また来てくれよー!」


「うん、来る!」



 靴を履き終えたハクが眩しいほどの笑みを向け続け、厨房にて忙しなく動き続けるバンドゥーモもそれに笑顔で答えた。

 汗をタオルで拭いながらカレーに向き合うその姿には、世界中で悪事を働いていた極悪人の面影はどこにもない。そこにいるのは、自らのカレーが最高だと自負してやまない暑苦しい職人となった新しいバンドゥーモだ。

 彼を援護するためにタクはサクたちに手を振ると激戦を繰り広げる厨房へと入っていく。十分なほどに勇ましかった声にタクの力強い声が加わり、店の中の熱気がさらに上昇したように感じられた。

 余裕があれば先ほど受け取った地図やそれに関してのことを聞きたかったが、それは無理そうだ。詳しいことはまた後で聞くことにして、地図と手に入れた情報だけを叔母さんに伝えることにしよう。

 慌ただしい店内の邪魔にならぬようにサクたちは足早に出入り口へと向かっていく。熱気によって温められたドアノブに手をかけた時、大切なお客様に対しての最後一言がサクたちに向けて一斉に放たれた。



「「「「「ありがとうございました!!」」」」」



 人混みは苦手だが、こういった対応とかは嫌いではない。感謝と熱意がこもったそれを聞けば、こちらも元気になるような気がしていた。

 従業員とバンドゥーモたちに一礼した後、寒いと思えるほどの外にサクたちは出ていった。気温的には快適であるはずなのだが、それほど店内の温度が高くなっていたのだろう。

 まだまだ終わることがなさそうな行列を見ながら、少しでも人が少なくなるであろうレストラン街の入り口近くを目指すことにした。歩き出そうとしたときに、すぐに横に着いたアイリスが背伸びをしながら耳打ちをしてくる。



「これ以降は手筈通りに」


「分かった。頼む」



 一家での楽しい食事が終わったが、午後になってからも重要なことが待っている。絶対にしくじってはいけない大切なことだ。

 サクとアイリスの様子からゲイリーとカーラは全てを察し、無言のままこちらを見て頷く。そんな彼らのやり取りを無邪気に前を行くハクが気づくことはなかった。

 通り過ぎざまにかけられた挨拶に応えながら進めば、特に問題もなく入り口のところへと到着できた。ここまでは順調にいったことにサクが安堵のため息を漏らす。



「よし。ハク、ここからはちょっと別行動だ」


「ええ~!? 何で!?」


「ちょっとゲイリーと行きたいところがあってな。すぐに終わるから、それまではアイリスやカーラと一緒にいてくれ」


「むぅー……、すぐに終わる?」


「ああ。可能な限り早く終わらせてくるよ」


「……分かった。それじゃ、ん!」



 まだ少し不満そうな顔をしながらハクは両手をサクの方へと向けてきた。それに迷うことなく応えたサクは屈んでハクを抱きしめてあげた。

 首に回された小さな手はしっかりとサクを感じ取れるように優しく巻き付いてくる。ぽかぽかと温かな体温と柔らかな髪の香りはサクの心に癒しを与えてくれた。

 このままこうしていたいとも思えるが、事を早く済ませるためにも行かなければ。ハクだけでなく自分自身も名残惜しく感じながらも抱擁を終え、行ってくることを伝えようとしたところで口が塞がれてしまった。

 重なった唇はすぐに離れた。目の前には満面の笑みを浮かべるハク。邪念が一切混じっていないそれに見惚れ、呆然としてしまった。



「行ってらっしゃいのチューだよ。早く終わらせてきてね!」


「……おう。ハクも良い子にしてるんだぞ」


「うん!」



 元気な返事の後、ハクはアイリスとカーラの下へと駆けていく。愛らしい存在を迎えた2人は、こちらに目くばせをするとサクとゲイリーが行くべき場所の反対方向へと進み始めていった。



「食後のデザートとしてジェラートはどう? 私、美味しいところ知ってるの」


「あら~、いいですね~」


「食べたい!」


「そんなに遠くはないから行きましょ。ちにみにおすすめは――」



 そんな感じの話をしながら進む後ろ姿は、家族のようにしか見えない。仲睦まじいその光景を微笑ましく思ったが、彼女たちの姿は後をついて行く人々の背に隠れて見えなくなってしまった。

 人気の高いカーラとハクを別行動させれば多くの人が引き寄せられ、こちらは自由に行動することが可能となる。それに、今回の件を事前にハクに知られるわけにはいかないという理由のためでもあった。

 そうだとしても、もう少し興味持っていただいてもよろしいのではないでしょうか。通り過ぎざまに挨拶されるぐらいで、カーラとハクのように黄色い声は全く飛んでこない。多くの人に囲まれるのは好きではないが、ここまで差があると気落ちしてしまう。

 うじうじと情けない思いを胸の中で思い続けていると、元気を出せと慰めるかのようにゲイリーは柔らかな笑顔を向けてきた。



「では私たちも参りましょうか」


「だな」


「お金の方は大丈夫ですか?」


「もちろん」


「心構えは?」


「できてる……はず」



 手短だが重要でもある受け答えを進めながらも歩いて行けば、それなりにあった人気が徐々に少なくなっていく。『我ら一番』の店前と比べれば天と地ほどの差にも思える。

 多くの店が立ち並ぶそこには、見るからにお金もってそうな人や大切な人へのプレゼントをじっくりと見定めている人たちがいる。自らと彼らがいるここら一帯は、高級品のみを取り扱う店が固まっている特別なところだ。

 サクにとっては必要でもない限り絶対に来ることはないであろう場所。しかし、今日こそがその必要なときなのであった。後戻りする気はないし、逃げる気もない。

 煌びやかな商品がガラスの向こうに並んでいるのを横目に進んでいき、その中でもかなりの輝きを放つ店の前で2人の足は止まった。



「ここですね」


「おう。……何か緊張してきた」


「大丈夫ですよ。大半の人が通る道であり、多くの方が乗り越えていきました。私もいますし、サク様も行けるはずです」


「だよな。うっし、落ち着け~俺~」



 声に出して自らをなだめる。いつもは冴えない自分だが、今この時とさらにここから発展していった先は頑張らねばならない。

 ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。好きだったアニメの名言を何度も心の中で復唱し、決意を固めたサクはゲイリーを見た。それを受けたゲイリーは微笑みながら店の扉を開き、幾多の美しい輝きに満ちた中へとサクと一緒に入っていった。



「いらっしゃいませ」



 塵1つついていないスーツを身に纏った清潔感溢れる老齢の紳士がサクたちを出迎える。ここは、首都で一番と称される宝石店。多くの人々の幸せを彩ってきた、特別なお店だ。



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