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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第二部 第一章 ゆるふわな五日間
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16 やかましい天才

16 やかましい天才




「いらっしゃいませぇぇぇ!!」



 衛生面を考えて自慢の髭を剃り落とし、髪の毛も綺麗に短髪にしたバンドゥーモ。彼の出迎えに合わせ、店内からは威勢のいい従業員たちの建物が揺れるのではないかと思える熱気のこもった声が響き渡った。開店から変わらない熱烈なそれを受け、サクたちは中へと入っていった。

 予約してある個室は店の中の一番奥。そこまでの間にはカウンター席や簡易テーブル席などがちらほら。厨房と客たちが頬張るカレーの良い香りが鼻孔をくすぐり続ける。

 ここで驚くべきはパッと目に入るところに汚れが1つもないとういうこと。従業員の大半が男ということもありむさくるしいのだが、某夢の国テーマパークと同等クラスの徹底した清掃が行われているのだ。ちなみに魔法は使っていないらしく、全て手作業でとのこと。その熱意を何故悪事に働く前に活かすことができなかったのか。

 一段ほど高くなっているところでハクを下ろしながら靴を脱ぎ、壁にある下駄箱へと入れる。温かみのあるフローリングの廊下をさらに進んでいけば、いくつかの扉が見えてきた。ここの一番奥が今日予約していた個室だ。

 火傷や切り傷などが目立つ大きな手でバンドゥーモが扉を開けて中へと通してくれた。一番乗りといった感じでハクが先に入り、それに続いてサクたちも入っていく。落ち着いた雰囲気の長方形の長テーブルに並べられた背もたれ付きの座椅子へと腰かけていった。

 ちなみに座った順は、出入り口から見て右側の奥からハク、サク、アイリス。左側にカーラとゲイリーだ。案の定、向かい合った先にいるゲイリーは心底嬉しそうに鼻の下を伸ばしている。恐らく食事中、どさくさに紛れてあーんとかしてもらおうという魂胆だろう。流石エロ爺。欲に忠実である。

 


「うおっし! そんじゃ辛さの変更を承るぞ! 特になければ中辛だな!」


「はい! 私甘口!」


「ハクは甘口だな。ほい、他は大丈夫か? ……大丈夫そうだな。んじゃ楽しみに待ってな!」



 予めテーブルの上に置かれていた水の入ったコップが振動するほどの声の後、勢いよく扉に手をかける。そのまま勢いよく閉めるのかと思ったが、そこに関してだけは驚くほどに丁寧且つ静かに閉じていった。

 一気に静かになった部屋。扉の向こうから僅かにバンドゥーモと従業員たちの声が聞こえてくるだけ。可能な限り遮音性を高めた今いるところを含めた5つの個室は、家族連れやお偉いさん方に人気だ。基本的には予約しなければ入ることはできない特別なところである。

 優しい照明に照らされた部屋の壁には、この店がどういった経緯でできたかを写真を交えての説明書きが書いてある。自己主張の激しい乱雑な手書きっぽいそれは、間違いなくバンドゥーモが書いたのだろう。やる気の矛先が変わっても、やかましい本質は何も変わってはいない。

 それらを見たり、テーブルの奥に置いてある紙ナプキンを使って鶴やカエルなどを作ってカレーを待つ。これらの作品は結構アイリスたちに受けが良く、特にハクが食いついてくれていた。こういった外食の時にサクが行う恒例行事なようなものになっており、多くはない褒められることの1つとなっている。

 見よう見まねで自らの手で作り上げたカエルで遊ぶハクの可愛らしい姿にその場の全員が和んでいれば、扉がノックされた。フワフワとした声でカーラがそれに応えると扉は開き、部屋全体に芳醇な香りが広がっていった。

 ついに来た。『我ら一番』の代表作であり、世界から支持される『バモンドゥー・カレー』。この世界にとっては聞き慣れぬ名だが、サクにとっては限りなく近い某家食品のあれだ。確かにあれもちゃんと作れば美味いが、目の前にあるこれの方が断然美味い。

 いくつものスパイスが徹底的に考え抜かれた末に絶妙に混じり合い、多くの食材の旨味が溶け込んだルー。その中に入っている具材のどれもがバンドゥーモが選んだ極上の品。使っている米は独自の品種改良で作った自家製米。ありとあらゆる面において手を抜かない執念じみたそれに、唾液の分泌が止まらない。

 自称天才的な発明によって養殖や自家栽培などかかる費用は可能な限りカット。集客率が悪ければすぐに赤字になってもおかしくないらしいが、そんなことを考える余裕がないぐらいにお客さんが来ている。今日はなかったが、いつも嬉しい悲鳴をバンドゥーモはサクに向けて吐き出していた。



「それでは、ごゆっくり!」



 それぞれの目の前にスプーンを設置し終えた従業員は笑顔で扉を閉めた。再び静かになった所で即座に目の前のスプーンを手に取ったサクたちは、行儀よく目の前で手を合わせる。そして、待ちに待ったその時を心の底から喜びながら、しっかりと口にした。



「「「「「いただきます!」」」」」




 元気な食前の挨拶を終えたサクたちは、カレーへと向かっていった。もう今の彼らの目には、眼前の絶品カレーしか映っていない。

 美味いのよ。やっぱりいつ食べても美味い。自らが住んでいた田舎町の定食屋のそれとは比べられないほどに。

 口に入ったところでほどよい辛味だけでなく、優しくも深みのある甘みが広がる。完璧といえるルーを完璧な炊き上げでふっくらとした白米が引きたて、噛むたびに口の中が幸せに満ちていく。柔らかく、味わい深い食材たちもそれにさらなる心地よい刺激を与えていた。

 喉を通り過ぎてから残る後味も最高で、またその感動に浸りたいと無意識のうちに手のスプーンはカレーへと向かってしまう。まだ食べたい。まだまだ、食べたい。その終わることのない欲求は麻薬のようにも思えるが、もちろんそんな物騒なものは入っていないから安心して食べられる。

 大好きだったお笑いコンビの太っているあの人が「カレーは飲み物」と言っていたが、これは飲むのには勿体ない。そうはっきりと言い切れるだけの味をこのカレーは持っている。前の世界でもここまで美味いカレーには早々出会えないのではないだろうか。

 そう考えていればもう後3口ほどしか残っていない。ゆっくりと食べ進めていたはずなのだが、終わりが近づいてくると悲しくなってくる。それでもスプーンが止まることはないのだが。



「ご馳走様! すご~く美味しかった!!」



 先に隣で食べ終わったハクが手を合わせ、キラキラとした満ち足りた表情で言った。これだけ綺麗になった皿を見れば、作っているバンドゥーモたちもさぞ喜ぶことだろう。

 だが、もしかしたら残っているカレーをおねだりしてくる可能性がある。そうともなれば後少しとはいえ、親ばかスキルが発動して食べていいよと言ってしまうかもしれない。急がねば。



「……サク、少し残ってるね」


「食べたいか? 中辛だけど」


「うん! 食べたい!」


「よし、それじゃどーぞ」


「やったー! ありがとう!」



 二口分ほど残ったそれを皿ごと差し出すと、眩しすぎるほどの笑顔を向けてきてくれた。スプーンに乗せた自らの分である最後の一口を口の中へと運び、ほんのわずかな後悔の念を抱きつつも天真爛漫なそれで心が癒されていった。

 それからほどなくして皆も食べ終え、各々が簡潔な感想を述べていく。どれもがやはり美味しいといったものだったが、唯一カレーとは違う感想を漏らしながら呆けている奴がいた。



「ほっほっほ……。あーん……、ですって」



 夢心地といった感じで口元の白い髭をいじるエロ爺。ご満悦なその様子から考えて、カーラから望み通りのことをしてもらったようだ。隠す気がないことから、もしかしたら先ほど言っていたように天に召されてしまうかもしれない。早く準備をしてあげねば。

 そんなことを考えながら背もたれに寄り掛かり、美味い物を食べた余韻に浸るサク。真似して同じように自らの座椅子に寄り掛かるハクは構ってほしいと言わんばかりの視線をこちらに向けてくる。実際、めちゃくちゃ可愛い。

 ハクに応えてサクが優しく頭をなでてあげると嬉しそうな小さな笑い声をあげる。綺麗な銀髪はさらさらで、いつまでも触っていたくなるような心地よい肌触りだった。

 


「美味しかったですね~、ママ~」


「そうね。これがいつでも気軽に食べられればいいんだけど、予約しないとなると待ち時間が……」


「そうですね~。ちなみにパパ~、今日の混み具合から考えると待ち時間はどれくらいですか~?」


「あれぐらいだと……、回転率が良くても2時間待ちぐらいだろうな」


「あら~、そんなに~」


「2時間……。老体にはこたえる時間ですな。サク様、今日は誘っていただいてありがとうございました」


「いやいや。日頃から世話になってる身なんだから、これぐらいは――」



 待ち時間を聞いて我に返ったゲイリーにサクが返答した時、扉がノックされた。それに気づいて会話を途中で切ったサクは、扉の向こうにいるであろうを予想出来ていた。



「失礼します。サク、いますか?」


「おう、いるぞ。皆、ちょっと待っててくれ。少し話をしてくる」


「分かったわ。いってらっしゃい」



 アイリスの送り出しの言葉を受けてサクは扉を開けたタクと話をするために個室から出ていく。ハクが心配そうな目で見ていたが、すぐにその気を逸らすためにそばにアイリスが行ってくれた。 

 母親として素晴らしい対応に感謝しながらサクが廊下に出ると、一番奥の壁の方に従業員服姿のタクがいた。どうやら、昨日手伝いの別れ際に頼んでおいたことの返答が来たようだった。賑やかな声が響いているが、可能な限り誰にも聞かれないように声を殺して話し始めた。



「『魔族』に関して、バンドゥーモは何も知らなかった。嘘はついてないはずだ」


「そっか」


「だけど、野望成就のために世界を回ってた時にどうもおかしいと思ったところが何か所かあったらしい」


「……ほう?」



 サクがタクに頼んだのは、色々とやらかしてたバンドゥーモなら持っているかもしれない魔族やそれに準ずる世に出回っていない情報を聞き出せないかということ。

 もしかしたらと昨日思いついたことだったが、どうやらほんの少し有益な情報があるかもしれない。ものによっては叔母さんに報告し、検証してもらう可能性もあり得る。



「世界中に点々としてどうあがいても行けない、確認できない、近づくことができない場所があったらしいんだ」


「ほう。どゆこと?」


「そこに立ち入ると気づけば通り抜けている。まるで世界からそこだけを切り取ったかのように。それらの場所の大きさは、家ぐらいとか様々」


「……マジで?」


「ああ。仕込みとかで忙しくて時間はかけられなかったけど、大雑把にその場所を世界地図に書き記してくれた。これ見てくれ」



 そういってタクが収納方陣から取り出した世界地図には、いくつもの丸が付いている。その内の1つがある位置を見て、サクの表情が驚愕のものへと変わっていく。



「この首都に近いところって、まさか昨日の?」


「可能性は高い。バンドゥーモの予想だと何らかの力の影響が薄くなり始めて、今まで俺らが認識できなかった場所に行けたり、見ることができるようになるかもだとさ。でも、そうなるとなるとヤバいのは『ここ』だよな」


「ああ。信じられねぇ。こんなに大きかったのに、どこの国も誰も気づけなかったなんて」


「まあ、あくまで予想だ。これが全部あたってたら、本当にあいつは天才なのかもな」


「だな」



 やかましいだけでなく、本当に天才か。それともそういった面での突出した能力を持っていたのか。どちらにせよ今回得られた情報は、十分に叔母さんに提供できる代物だと思える。

 サクとタクの眼前に広がる世界地図。各大陸の中央にある大海の中心には、いくつもの走り書きと大陸とも思えるほどの特大の赤丸が勢いよく描かれていた。



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