15 食に迷ったら『我ら一番』
壮絶な一夜が明け、ついにこの日がやってきた。昨日の手伝いが報われる時であり、待ち望んでいた日。
朝食の時も今日の昼食に関しての話で持ちきりだった。サクだけでなく、ハクたちも『我ら一番』のカレーが気に入っている。というか、全世界において多くのファンを獲得していることで『我ら一番』は有名なのだ。
平日、休日を問わずに形成される長蛇の列。開店から2年経った今でも、圧倒的な人気の勢いは止まることがない。日常では決して味わうことができないであろう極上のカレーは、ワンコインで食べられることもあって数多の人の心を掴み続けていた。
世界中の誰もが知っている『我ら一番』を経営し、絶賛されるカレーを作り上げているのは元囚人のバンドゥーモ・レカー。そして彼を『兄』と慕う元囚人たちが、無駄とも呼べるほどに暑苦しい情熱を胸に一丸となって仕事に励んでいる。
絶対脱獄不能な牢獄の設営、完璧な無人警備システムの構築、囚人食の自動生成設備の開発等々、服役中に協力して数多くの功績を上げた彼らは特例を利用して本来の刑期をたった2年に減らして娑婆に出たのである。
特例を利用して出た者が罪を犯せば、問答無用で終身刑が課される。果たして何人がそれに該当することになるのかと騎士団が目を光らせていたが、そんなことを気にも留めないバンドゥーモを中心とした彼らは投獄中の夢を叶えるために奔走していった。
力貸してくれとか言って屋敷の前で大勢が全力で土下座してきた光景が今でも鮮明に思い出せる。街の近隣に養殖場と大規模な畑を作るのに金が必要だったそうで、その件に守護騎士の権限を行使して協力したのだ。もちろん、その時の巨額の資金はすでに返済してもらったので問題はない。
回想を続ければきりがないほど、なんだかんだで付き合うことの多い彼ら。今日も間違いなく俺たちを楽しませてくれるはず。おらわくわくすっぞ。
「サク、にやけてる~」
「おう。でもハクもにやけてるんじゃないか?」
「そうかも。楽しみ楽しみ~!」
肩に乗せた幼少女状態のハクは楽しそうにパタパタと足を動かす。ハクを乗せた状態のサクを挟むようにして右にアイリス、左にカーラ。そして進む先の安全確保のために前を行くのが我らがエロ爺、ゲイリーだ。
ゲイリーという祖父を加えることによってさらに規模を拡大したν(ニュー)サク一家とでも表せばいいだろうか。自分で言っておいて何だが、力合わせれば小惑星の1つぐらい押し返せそうな気がしてきた。
緩み切った脳内でそんなことを考えるほどに今の状況が幸せでしょうがないサク。周りに多くの人がいるが、それが気にならないほどに浮かれていた。大切な存在との心弾むお出かけは、冴えない表情を笑顔へと変えていた。
街のレストラン街の一番外れに『我ら一番』はある。ちょうどお昼時ということもあってかなり人が多い。もう見慣れたが、それらの中には人とは違う生物の見た目をしている亜人の姿もちらほら見られた。
ふとサクたちの鬣が勇ましい獅子の亜人が通り過ぎた。身に纏っていたのは真っ白で清潔な調理師の服。ここら辺でも有名な肉料理中心のレストラン、『ガイ・ガオガ』の店長さんだ。口元からほのかに香ったそれと、進行方向から考えて、どうやら『我ら一番』に行ってきたようだった。
各店舗の料理人たちが身分を隠すことなく来店するという話も聞いていたが、まさか本当だったとは。敵地視察だとか、アイデアをひねり出すためだとか、単純に好物だからとか、色々あるとバンドゥーモは以前自慢げに語っていた。変わることなくやかましい大音量の声で。
そんな人物が通り過ぎても、周囲の人は目もくれない。サク、そしてそれ以上にカーラとハクが人を集めているのだ。観衆からは、
「ハクちゃ~ん!」
「カーラさん! 一目でいいのでこちらの方を!」
「すげえよ、やばいよ、やばいよ!」
「ハクさん、いや、今日はハクちゃんがいるぞ!」
「本当だ! ハクちゃんとカーラさんだ! それと守護騎士様とアイリス様がいる! 護衛かな?」
「きっとそうだろ。なんせこうなることは予想できただろうからな」
こんな感じの声。俺とアイリス(それとゲイリー)が彼女らほど人気はないのはこれで明白。というか、こんなにも差があることを改めて知り、少し寂しくなってしまう。一応これでも世界の危機に立ち向かったのですが。
黄色い声を浴びながら進んでいると、肩車していたハクが優しく頭を撫でてきた。彼女なりの考えによる行動にサクが心を和ませていると、思いのうちを躊躇うことなく言い放ってきた。
「サクが頑張ってるのは私が一番よく知ってるよ。恋人の私がね!」
「おう、そうだな。ありがとう。同じようにママも慰めてやってくれ」
「分かった! ママ! もうちょっとこっち来て!」
「え? わ、私も?」
「うん! ママも頑張ってる。私が知ってるよ!」
「あ、ありがと。それじゃあ……」
安全のために空けていた拳一つ分の隙間を埋め、サクに近づくアイリス。しかしながらそれだけでなく、アイリスはサクの腕に絡みついてきた。
多くの人前での珍しいその行動に鼓動を速め始めたサクだったが、直後視界を銀色のカーテンが覆った。身長差のあるアイリスの頭に手を伸ばすために体を落としたハクの髪が良い具合に視界を遮ってしまっていた。
前が見えねェ。自由奔放な幼稚園児のような辛辣な思いを抱きながらも、家族のやり取りを邪魔する気にはなれないので何とかまっすぐ歩く。それでも少し厳しいのは間違いない。
本格的にどうしようかと迷いは始めていた所で、左の腕を絶対的な柔らかさが包み込む。それによって鼓動も最高潮に達し、ムスコが仰角を上げていったところでかなり小さい声でカーラが耳打ちしてきた。
「あともう少しですので、頑張ってください~。私が補助しますので~」
「す、すまん。助かる」
「いえいえ~。妻として、長女として当然のことをしてるまでですよ、パパ~」
フワッフワな声でそんな呼び方をされるなんて、色々な意味で嬉しすぎる。こんなに綺麗に育った長女が嫁に出るとなるとどうにかなってしまいそうだという親ばかな感情が、今でならば理解できる気がした。
両手と頭に花状態のサクは少しふらつきながらもゲイリーの後に付いて行けば、目的地に到着することができた。心地よい香りのする銀色のカーテンが開かれた先には、決して大きくもなく、小さくもない中規模なお店がそこにはあった。
通常出入り口には超長蛇の列。予約者の待機所にも今か今かと待ち続けている腹を空かせた者たちが大勢いる。いつも通りのその光景にサクが関心と安堵の意味を込めたため息をつくと、中から活力に満ち溢れた店員が出てきた。
「食に困ったら食に迷ったら『我ら一番』! いらっしゃいませ、サクさん! そして皆様!」
「出迎えありがとな。時間的にはぴったりぐらいだと思うけど、入れそう?」
「今予約者用の個室の片付けが終わりそうです! いつも通り予約もいっぱいで、かつかつなんですみません!」
「大丈夫。しっかりじっくり進めてくれ」
「はい! それではすぐに戻ってきますので、私も手伝ってきます!」
熱意を振りまき続ける店員は、そういって戦場ともいえる店内へと戻っていった。一瞬開いた出入り口の向こうからは、勇ましい声が聞こえてきていた。
この様子だと、予約分以外は昼の終わりごろに終わってしまうだろう。通常の方はかなり回転率がいいため、凄まじい勢いで今日の分の特製カレーが減っているに違いない。
そう考えると俄然楽しみになってきたサクは期待を膨らませる。そんな様子を1つの役目を終えて一呼吸おいていたゲイリーが見ると、羨ましそうにしながらも笑みを浮かべた。
「おやおやサク様。楽しそうですね」
「そりゃもう。ゲイリーはどうなんだ?」
「私ももちろん楽しみです。日頃の疲れが吹き飛ぶほどの美味なカレーを早く食べたいものです」
「そんでカーラに優しくしてもらえれば?」
「迷うことなく天に召されるでしょうなあ」
感慨深そうにエロ爺は美しい輝きを放ち続けるカーラを眺めながらつぶやいた。こういうノリに迷うことなく乗ってくれるから、紳士仲間として欠かせぬ存在にもなっている。
ここにクロノスが入ればフォードゥン家の変態紳士の集いの完成。たま~に空いた時間で集まっては、くだらなすぎるムフフなことを真剣に議論したりしている。最近の議題の例をあげるとすれば、ノーブラによるパイスラか、ブラありのパイスラのどちらが美しいか。こんな感じである。
先ほどからゲイリーが羨ましそうな視線を向けている理由は、左腕にカーラがいまだに絡みついているからだろう。負けじとアイリスも右腕に絡みついたままで、ハクは肩車状態でまだかまだかと瞳を輝かせ続けている。
やはり、幸せだ。これ以上の状態があろうか。こうしていられるように自分も頑張らねばと頬を緩ませながら考えていると、お店の出入り口が勢いよく開き、先ほどの店員を遥かに超えたやかましい声が辺りに響き渡った。
「いらっしゃいませだサク! 俺様の『我ら一番』にようこそ! さぁ、入りなぁ!!」




