07 いただきます
「いい加減に道を開けろ!!」
「断る!!」
ゲイリーの振り下ろした剣を結界で受け止めたテンガ。激しい攻防が要塞付近の森の中で続いていた。
要塞への奇襲を早い段階で察知していたテンガは、父であるトイズに進言して王国騎士団を待ち構えていたのだ。たった一人であるのにも関わらず、優秀な人材をかき集めた遊撃部隊を食い止めている。
圧倒的な力を見せつけるテンガ。だが、ゲイリー以外の遊撃部隊とカーラは必死に笑いをこらえていた。そんな中で、カーラの豊満な谷間から小竜の姿に戻っていたサクが顔を出した。
(すごく……、ぴっかぴかだね)
「ふふっ、そうですね~」
日中のサクとの戦いで焦げたアフロになったその髪の毛を全てそぎ落とし、光が反射するほどのスキンヘッドになっていた。端正な顔立ちとその頭のコントラストの強さは中々に凄い物だった。
一進一退の攻防が続く中、森の先にある要塞のところから巨大な炎の渦が発生した。周囲を明るく照らすほどの炎の光と熱が、ゲイリーたちのところまで届いた。
その光景にその場にいる全員が唖然となっていると、その炎の渦から2人分の人影がこちらに向けてやってきた。
「よいしょっと」
寝ているサクの腕を自らの肩に回し、それを支えながらアイリスがゲイリーたちの近くへと降りた。
アイリスの上着はサクの大事な部分を隠すように巻き付けられており、本人は騎士団指定の白いTシャツ姿だった。
「お、お嬢様! ご無事でしたか!」
「ええ。サクに助けられたわ。後でちゃんと礼をしないと」
アイリスの無事を確認したゲイリーと一部の団員は感極まってその場で泣き出す。その様子をアイリスは少しうっとうしく感じているようで、苦笑いしていた。
「サク!!」
カーラの胸から飛び出したハクが光に包まれると、ワンピース姿の少女の姿に変わった。急いでサクに近づき、眠るその体に抱き着いた。
飛びついてきたハクの衝撃で若干目を覚ましたサクは、腹部から下にかけて張り付いて居るハクに気づき、空いていた右手でその頭を優しくなでた。
無事への安堵と撫でてくれたのが嬉しかったのか、ハクは満面の笑みでサクを見た。しかしながら寝ぼけたサクにはそれがぼやけて見えていた。
再開を喜んでいる面々に対し、無視され続けていたテンガが痺れを切らして叫んだ。
「ええい! 戦いの最中だというのに浮かれおって! まだ完璧な騎士である私がここにいるぞ!」
「……んお?」
その自信に満ち溢れた声を聞いたサクは、ぼやけた視界でテンガを見た。こちらの弱々しい見た目に、テンガは鼻で笑った。
「どうやら少佐を助けたことで力を使い果たしたようだな、守護騎士。今度こそ、私が貴様を倒し、悪しき竜に鉄槌を下す!」
「サクに手は出させないよ!」
「何だ幼き少女よ。危ないから早くその守護騎士から――」
テンガの口が止まった。信じられないという様子だった。魔力の感じからして、サクを守るように両手を広げる幼い少女が倒すべき竜だと気づいたからだ。
サクに対して向けられていた剣がゆっくりと下ろされていく。そして、悔しそうにうなだれる。
「……無理だ。いくら竜だといえ、その姿の君を私は切ることはできない」
「あら~、ちゃんとそういうところは騎士道精神を考慮するんですね~。偉いです~」
「そ、そうですとも! 私は何といっても完璧な存在ですから!」
カーラが小さく拍手しながら言ったことを真に受けたテンガは、とても嬉しそうに頭を掻いていた。
だが、そんな中でサクは自らの中で何か新しい欲求が生まれたことに気づく。それに抗うことなく、アイリスから離れてふらふらとした足取りでテンガへと近づいていく。
「サク!? 行っちゃダメ! 殺されちゃう!」
「正気に戻ってくださいサク~」
それを必死に止めようとハクとカーラが足にしがみつくも、それに構うことなくサクはテンガへと近づいていく。
すでにある程度の距離近づいてしまったために、アイリスやゲイリーも手が出せなくなってしまった。
「な、何だ貴様、その目と口は!?」
驚愕するテンガ。半開きの目は赤く光り輝き、口元からは伸びた八重歯が見えていた。冴えないその暗い表情が重なって、凄まじく不気味な雰囲気を漂わせている。
魔法は効かない。ならば物理で行くしかない。そう判断したテンガがその手に持った剣を振り下ろす。
「んなぁっ!?」
「……真剣白刃取りってか」
圧倒的な反射神経でサクはテンガの剣を頭上で受け止めた。両手の中にあるその剣をそのまま握りつぶした。出血などはしていない。サクの肌は柔らかさを持ちつつも、鋼のような強度になっていた。
びっくりしすぎてその場に腰を抜かして倒れてしまうテンガ。それに詰め寄り、サクは地面に押し倒した。
凄まじい力でテンガを押さえつけ、その口を大きく開いた。恐ろしさのあまり泣き出すテンガ。そして、時は来た。
「いただきまーす」
「みぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!?」
サクが思い切り強くテンガの首に噛みつくと、森全体に素っ頓狂な悲鳴が響き渡った。
血と、魔力と、精神力を吸収していく。吸えば吸うほど体に活力が戻ってくるのをサクは感じていた。その様子を、背後でハクとカーラが心配そうに見つめている。
十分な量を吸い終わったサクは、その場に立ち上がった。先ほどまでの眠気が嘘のように吹き飛び、これまでの人生の中で体が一番軽く感じられた。
しかしながら、冴えない半開きの目は変わらず、本人以外には全く様子が変わったようには見えなかった。
「らめぇ……。そんなに吸っちゃ……」
「何か……、すまん」
足元でどこか遠くを見続けるテンガに、何故か罪悪感を感じたサクは謝ってしまった。
このままでは可哀想だと思い、立たせてやろうと手を伸ばそうとした時、どこからともなく青い制服に身を包む者たちが現れた。
「テンガ様がまたやられた!! 退却、退却ぅー!」
「輸血準備ー! 精力剤もだー!」
呆けているテンガを4人で抱き上げ、素晴らしい連携でその場から風のように去っていった。2度目だが、相変わらず見事な引きだった。
それを見送り、静かになったところでハクが問いかけてきた。
「サク、大丈夫?」
「大丈夫だ、問題ない。それどころか体の調子がすこぶる快調なんだわ。何でもやれそうな気がする」
「そっか、よかった」
その返答を聞いたハクは、満面の笑みを浮かべた。まるで天使のようなその純真無垢なハクに、サクは心を射抜かれた。
確かに巨乳が好きだ。だが、これはまた別口でサクにとってはドストライクだった。養いたい。自分の手で清く、美しく、正しく育ててあげたいというちょっと危ない感情が芽生え始める。
そんな感情を紛らわすために、サクは自らの力をその場で言い並べてみた。
「俺は魔法を吸収できる!」
「すごいね!」
「それに吸収した魔法を展開できる!」
「かっこいいよ!」
「それにお祓い的力もある!」
「救世主だね!」
「ふはは、怖かろう!」
「こわーい!」
「だあーもう。天使過ぎるだろちくしょーめー!」
「きゃ~!」
紛らわすために言ったこと全てに反応してくれたハクが可愛すぎて、サクはハクを抱き上げるとその場でぐるぐると回った。ハクもとても楽しそうにしている。そんな幸せそうな様子をカーラは真横で優しく見守っていた。
サクの目と口は元通りになっていた。どうやら、この吸血鬼的な呪術も自由に使えるようになったようだ。また便利な物を吸収できて、サクは喜んだ。
楽しそうにするサクを見ていたアイリスは、少し不満げな顔をしていた。正直に言うと、自分もあんなことをしてほしいとアイリスは頭の片隅で考えていた。
そんな考えを見抜いたのか、ゲイリーが横から問いかける。
「してもらえばいかがですかな、お嬢様」
「は、はあ!? べ、べつにそんなこと考えてるわけないでしょ! ほら、ホテルに帰るわよ!」
「ふぅむ……。素直にはなれませんか……」
「何か言った?」
「いえ、何も。よし、皆の者、ホテルへと帰還するぞ。この戦い、我々の勝利だ!」
森の中で歓声が上がる。盛り上がる中、サクたちとアイリス率いる遊撃部隊はロメルへと向けて動き出した。
しかし、夜だということもあって普通の道よりも冷える。サクが寒そうにしていると、カーラが背中にくっついてくれた。
「これでいくらか温かくなりますよね~」
「ああ。すげえ助かる」
温かい。そりゃもうふっわふわの胸部装甲が押し付けられるだけでも、サクの体温は急上昇し、体の一部も自然と大きくなっていく。
「じゃあ私はここ!」
そういうとハクの体が光り輝き、小竜の姿になった。初めて目の前で姿を変える瞬間をみて驚いたサクだが、飛びかかってきたそれをすぐに抱きかかえた。
(サクのお腹と胸を温める! そのまま持っててくれる?)
「ああ。ありがとうな、ハク」
(どういたしまして!)
両手でハクを抱きかかえ、地肌にポカポカしたハクを押し当てる。1人と1匹の協力で、サクは十分すぎるほどに寒さをしのぐことができた。
そのまま、体も、心も、股間も温かくなりながら、サクはロメルへと続く森の中を歩いていった。