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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第二部 第一章 ゆるふわな五日間
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08 大切な一歩

 さて、どういった経緯でこうなったかを自らの記憶を遡って考えてみよう。頭が回らない時にはこういったことで気持ちを整理するのもおかしくはないはずだ。

 今から2時間ほど前、いつも通りの楽しい夕飯を広間で過ごした。今日はアイリスではなくゲイリーが主軸となって作った精進料理だったが、もしかしなくてもそこから兆候があったと考えていいだろう。

 力を使って疲れたであろうと言っていたが、そんな気遣いよりもこちらの方がゲイリーにとって重要だったのは間違いない。すぐに既成事実を作れということなのか。

 夕食の後は今日の出来事を話したりして、約1時間ほどが経過した。使用人が用意してくれておいた風呂を皆に勧められ、お言葉に甘えて一番風呂を貰うことにしたのだが、第一の驚きはここで発生した。

 体を洗い終えてちょうどいい熱さの湯を堪能していた時に、アイリスが入ってきたのだ。恥ずかしそうに頬を染めながら。

 今日の夜は一緒に寝る予定だったが、一緒に風呂に入るなんて予定になかった。たまに欲望を抑えきれなくなったカーラが突撃してきて半ば強制的に例の薬を飲まされてショタ凌辱プレイをかまされたりするが、そういったこと以外に一緒に入るのは幼少女状態のハクぐらいだ。

 手早く目の前で体を洗っていくアイリスから視線を逸らすことができなかった。逸らせば逸らしたで申し訳ないような気がするし、他に見るとしたら温かみのある白い天井ぐらいしかない。

 顔を赤くしながらも浴槽の中へと入ってきたアイリスは、サクの横にゆっくりと腰かけた。若干仰角上げつつある大事な部分を隠すために不自然な体勢をしていたが、アイリス自身も気をしっかり保つのが精一杯で気にならなかったようだ。

 そのまま何とも言えない無言の時が流れ、ようやく口を開いたサクがしゃべったのは今日戦ったウィーンに関して。ここでロマンチックだったり、お互いの思い出話をすればよかったのだろうが、そんな余裕をサクは持ち合わせていなかった。

 正直に言って面白いとは言えないその話をアイリスは真剣に聞き、騎士団に所属する身から考えられる意見を述べてくれた。もしかしたらウィーン等の魔族まぞくがこの世界にとって邪悪な存在以上の脅威なのかもしれないとか、5年前の戦いの影響で封印が解けたのかもしれない等々。

 割と盛り上がった談義に夢中になるが、サクがのぼせる手前に差し掛かっていることを察してアイリスはもう出ようと促してきた。自己管理できていない思い人を気遣うそれはよくできた妻のようにも見える。

 一緒に出た2人は体を拭き、ぱぱっと寝巻に着替える。先に髪を乾かしたサクは後続のアイリスの髪を乾かしてあげることにした。ハクの銀髪と同じぐらいに綺麗な金色の髪の毛を丁寧に乾かしていく中で、いつもの心地よい香りが脱衣所の中に広がっていった。

 初めて一緒に風呂に入ったロメルのことがついこの間のように感じられる。アイリスはそのままだが、自分は少しだけ成長した。より差が開いた身長だが、心に関しては差が開くどころかもっともっと近づいていた。

 乾かし終わった後はサクの部屋に行く前に厨房に立ち寄って牛乳を一人分ずつ拝借。飲んだとしても効果はなかったとしても、もしかしたらを想定してアイリスは飲み続けているのだ。だが、身長だけでなく、そのささやかな胸が大きくなる気配は微塵にも感じられない。

 身体的なこと(特に胸)に関してしゃべればややこしいことになるので口を閉じ、他愛のない話を交えながら部屋へと向かった。道中においての廊下は電灯が点いていなかったが、窓から差し込んでくる月明かりで十分なほど明るかった。

 いい感じの雰囲気が漂う中、たどり着いた部屋へと入る。その内部にも月明かりが差し込み、見慣れた部屋にはいつもとは違う空気が流れているように思えた。

 とりあえず電気を付けようとしたサクだったが、アイリスが止める。ほんのりと明るい部屋の中心で、風呂に入っていた時以上に真っ赤になっているアイリスがいた。そして第二の驚きであり、心を整理するきっかけとなった出来事が発生する。

 後ろに回した手をサクの方へと差し出してきた。青白い光が照らすそこには開いた小さな箱。上半分が開いたそこには対となっている指輪が入っていた。それを見た瞬間、これからおきるであろうことをサクは理解してしまう。

 さあ、現実にたどり着いてしまった。だが、気持ちは全く整理できておらず、口から飛び出そうなほどに大きく高鳴る鼓動は治まってくれそうにない。おもちつけ、落ち着け、俺。







     ※






 真っ赤になり、蒸気機関車のように頭から湯気をあげながらも、アイリスは綺麗な青い瞳を真っ直ぐにサクへと向けている。頑張っているその可愛らしい姿に応え、サクも何とか気をしっかり保ってアイリスを見据え続けていた。



「5年、経ったね。出会ってから」


「そう……だな」


「いつも楽しく、いつも笑って、たまに怒ったりしたけど、サクといるのが嬉しかった」



 たまにどころか、結構怒られてばかりなような気がしてならないサク。今でこそその回数は減ったが、週3ぐらいで怒られている。

 自分の情けなさを痛感しつつも、今はその思いを表情に出す時ではないと身心に言い聞かせ、アイリスの話に真摯に耳を傾ける。

 


「あの要塞と城での戦いで助けられなければ今の私はいない。それには感謝してる。でも、今日言ったように私は足手まといになるきはない」


「うん。分かってるぞ」


「強くなる。そして、助けてくれた、大好きなサクとこれからもずっと一緒にいたい」


「……うん」


「だから、これを受け取ってほしいの。これからはもっと身近で大切な存在になりたい。だから、わ、わわ、私と……――」



 緊張が頂点に達したであろうアイリスは、口が回らなくなり始めてしまう。可愛らしく奮起してくれる彼女に心中にてサクが応援していると、意を決したアイリスは最後の一声を放った。



「――私と、結婚ひれひゅらはい!!」



 一世一代の大切な告白を最後の最後で盛大に噛んでしまった。やらかしてしまったといった感じでアイリスの顔は完熟したトマトよりも赤く染まり、発生した蒸気は天井に滞留するほどに噴出していた。

 こんなにもアイリスは勇気を出してくれた。5年も一緒にいて、男である自分が先に申し出なかったことが申し訳なく思えてならない。

 いつかは踏み出すべき一歩。絶対に踏み出さなければいけない一歩。新たな故郷であるこの世界での居場所の1つがこれによって完全に構築されることとなる。

 アイリスという、こんな自分を好きになってくれた大切な人のそば。そこから離れることも、裏切るなんてこともありえない。これからは、これからも、そこにいられるように自分なりに努力していこう。決意を固めたサクは最大限の優しさを込めた笑みを浮かべ、アイリスに応えた。



「――ああ。これからも、ずっとよろしく、アイリス」


「……!!」


「おぉう!? ど、どうしたアイリス!?」


「よが、よかった……。よ゛がっだぁ……!」



 真っ赤なまま大粒の涙を流し始めたアイリスに驚くサク。安堵によるものだと分かっても、ぽろぽろと頬を伝い続ける涙を見るとどうしていいか混乱してしまった。

 とりあえず指輪を受け取り、アイリスをベッドの上に座れせると部屋の棚からハンカチを持ってきて顔を優しく拭いてあげた。しかし、綺麗なその瞳から溢れ出す涙は止まりそうになかった。

 


「喜んでくれるのは俺も嬉しい。お礼をいくら言っても足りないぐらい感謝してるよ」


「う゛ん」


「安心して泣いちゃってるんだろうけど、抑えられそうにない?」


「う゛ん゛」


「そ、そうか。しょうがない。涙目でも、これは見える?」


「……うん!」



 サクは涙を拭きながら左手の薬指にはめていた。慌てながらのためにはめる指を間違えていないか心配だったが、合っていたようだ。

 涙の勢いは落ちてきたが、それでもまだぽろぽろと流れ落ちていく。その状態のまま、アイリスはもう一つの指輪を自らの薬指に通してサクに見せつけた。

 優しい月明かりに照らされ、瞳に涙を滲ませながらも満面の笑みを浮かべる。圧倒的に可愛く、美しいその姿にサクは言葉を失って見惚れてしまった。

 目の前のこの美しすぎる存在が、自分の妻になる。これ以降ハクとカーラとも同様の約束を結ぶのだろうが、今は目の前のアイリスのことしか考えられなくなってしまっていた。

 これ以上に嬉しいことなんてない。冴えない自分に、冴えてるこの異世界が幸運を与えてくれたことに深く感謝していると、笑顔のアイリスは勢いよく抱き着いてきた。

 その勢いのまま2人はベッドに倒れこんでしまう。サクのことをはっきりと確かめるように抱き着いているアイリスはまだ嬉し涙を流し続けている。そんな彼女をサクは優しく抱きしめ返し、空いた手で後頭部を優しく撫でてあげた。

 2人だけの時間。2人きりの抱擁。言葉を交わさずとも、圧倒的な満足感に2人は浸っていた。そのままゆったりと時間は流れていき、2人はいつの間にか抱き合ったまま眠りについて行く。

 満足な笑顔で静かに寝息を立て始めた2人の左手には、愛の証と言える白銀の指輪が月明かりに当たって光り輝いていた。


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