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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第二部 第一章 ゆるふわな五日間
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06 お金、大事

 邪悪な存在にも似たどす黒い邪気を放ち続ける魔力の塊。歪に形を変化させ続けているそれの前に、サクとハクは降り立った。

 場所は周囲に障害物のない平原。少し離れたところには首都に繋がっている街道がある。派手な戦闘になればもしかしたら被害が出れしまうかもしれない。

 手伝いや簡単な仕事をこなして溜めた金を修理費には使いたくないので、確実にここで仕留めることをハクと確認する。お金は大切だ。

 その場で深呼吸をしてから、サクたちはゆっくりと塊へと近づいていく。魔物が生まれる前の段階で消し去ろうという魂胆だったが、甘かった。



『待ちわびたぞ。この時を』


「んん? ハクじゃ……ないよな?」


(うん。この塊がしゃべった)



 頭の中に響いてきたのは野太い男の声。高笑いが似合いそうなその声は、塊から発せられていた。

 これは予想外で面倒なのかもしれない。いつぞやの『創造主そうぞうしゅ』ほどではないが、塊の中にいる存在が強大な力を持っていることはサクでも理解できた。

 大きかった塊は徐々に人に近い形になっていく。その身長は軽く3mほどはあり、もじゃもじゃの髪の毛のようなものが特徴的な頭部には2本の巻き角が生えていた。

 どろどろと不気味に波打っていた表面が治まると、黒光りしたいかにも堅そうな筋肉質の体つきをした『鬼』のような魔物が誕生した。血にまみれたような眼を開くと、耳をつんざくほどの咆哮を轟かせる。

 校長先生が不慣れなスピーカーでハウリングを発生させてしてしまったのと同じぐらいの不快感を抱きながら、サクは耳を塞いだ。久しぶりにこんなに嫌な音を聞いたような気がしていると、魔物はその不気味な眼をサクへと向けた。



『忌々しい守護騎士の後継者にこんなにも早く出会えるとは。我は運がいい』



 うわあ。自分のこと我とか言ってる。こりゃ本当にめんどくさい奴確定じゃないですかヤダー。

 心底嫌そうにそう考えていると、ハクも同感といった感じで横で大きな首を縦に振ってくれた。心優しいハクもそう考えたのだから、もう間違いはないだろう。

 というか今まで駆除の手伝いで相手をした魔物にこんなにも明確な個の意識を持っている存在はいなかった。新種といえばいいのか。だが、先ほど目の前の存在は先ほど『待ちわびた』と口にしていた。

 様々な疑問が頭の中を駆け巡っていると、それによって歪んだ顔を見た魔物は鼻で笑った。



『恐ろしいか。そうか。そうだろうな。先代と比べて貴様はあまりにもひ弱すぎる。落ちぶれたものだな、この世界も』



 自信に満ち溢れた笑みを浮かべてサクを見下す魔物。鋭い歯が綺麗に生えそろった口をわざとらしく見せつけ、こちらが劣っているといると煽り続けていた。

 そんな安い挑発に乗ることなく逆に哀れむような目を向けるサクだったが、早くも大切な人をけなされたことが気に入らなかったハクが臨戦態勢に入っていた。

 急激に魔力を増大させ始めたハクを見て、魔物の表情が強張る。余裕たっぷりだった状態から、何かしらの拳法のような構えをとって身構える。



『そちらの竜はかなりの力を持っているようだな。守護騎士が貧弱な分、そちらが強いということか』


(サクをこれ以上悪く言うなら私が許さないよ)


『ほう。高等魔生物の分際でよくほざく。いいだろう、かかって――』


「はいはい、抑えろーハクー。あんまり被害出すとお金がかかるからなー」


(むう。サクが言うならしょうがない)



 サクの言ったことを素直に聞き入れ、今にも爆破しそうだった感情を抑え込むハク。そんな彼女の大きな頭をサクはよしよしといった感じで撫でてあげた。

 それが嬉しかったのか、甘えるような声を出してその肌をハクは擦り寄せてくる。大きくも可愛いそれにサクが和んでいるすぐそばで、魔物は目の前で繰り広げられる触れ合いが理解できずに立ち尽くしていた。

 どうやら愛とかそういうのには乏しい様だ。偉そうな口を叩いておきながらそんな様子では底が知れますな。

 馬鹿にするようなそのサクの思いが届いてしまったようで、魔物はびっくりするほどの無表情でこちらを睨み付けていた。それにビビるサクだったが、ハクは負けじと睨み返す。

 


『くだらん。そんなことに固執するから貴様らは弱いのだ。どんなにあがこうとも、我ら『魔族まぞく』に打ち勝つことなどできん』


「……魔族?」



 ここにきて初めて聞いた単語。勉強会でこの世界の歴史などを知ったが、そんな単語を聞いた覚えはない。

 不思議に思うサクが眉をひそめていると、魔物はその手の中に球状に魔力を凝縮させ始めた。高圧縮された魔力は太陽にも負けない真っ赤な炎のような赤い輝きを周囲に撒き散らす。

 こりゃいかん。対策しなければここら辺一帯が綺麗さっぱり消し飛んでもおかしくないほどの力だ。お金のためにも早く対応せねば。

 命よりも所持金の心配をするサクに対してさらに苛立ちを募らせた魔物は、最後に自らの力を魔力に注ぎこみ、叫んだ。



『くたばれ!!』


 

 プロ野球選手ばりの投球でその手の中の魔力を投げつけてきた。凄まじい速度で接近してくるそれに向け、サクは自らの右手を掲げた。

 これで終わったと勝ち誇るような笑みを浮かべる魔物。しかしながら、余裕綽々なその表情は信じ難い光景を目の当たりにしたことで驚愕へと変わっていった。

 


『な……にい!?』



 本来であれば1キロほどを荒野に変えるほどの火力を持つ塊。それを難なく目の前の守護騎士が吸収してしまったのだ。

 自らの得意技の1つが破られたことに動揺を隠せない魔物。定まらない視点を何とかしようとしていると、すぐ近くで小会議が始まるのだった。



「今回は俺がやるよ。ハクは見ててくれ」


(ええー。サクを馬鹿にしたあいつは私がやっつけたいんだけど)


「怒りに身を任せたハクは途方もなく強い。それはよく分かってる。でも、後々の修理とかを考慮するとお財布に悪いんだ。分かってくれないか?」


(んー。しょうがない、分かった。でも、駄目そうだったら手を貸すから)


「ほいほい。ま、安心してみててくれ」


『……図に乗るな!!』



 小会議を聞いていた魔物は雄たけびを上げる。驚くほどにやかましいそれにサクが再び嫌そうに耳を塞いだ。

 魔物は両手を上げ、大きな手のひらを上空へと向ける。その手の先には、先ほどとは比べ物にならないほどの魔力の塊が形成され始めていた。

 禍々しいそれに冴えない8開きの目を逸らすことなく見つめる。パッとしない見た目だが、心の奥底には強い意志が感じられるその姿に魔物はかつて敵対した存在の姿が重なって見えた。

 腹立たしい存在を思い出し、それによって肥大化した苛立ちを魔力に上乗せする。今にでも爆発してしまいそうな魔力を支えながら、たっぷりの怨念を込めた目で魔物はサクを睨み付けた。



『我は魔族第5将『ウィーン・サーロ』! 貴様を屠る偉大なる存在なり!』


「そうかい。でも5ってことは上に4人いるってことだよな。中途半端な位置に――」


『減らず口を叩くな!!』



 我慢の限界を迎えたウィーンは激昂しながら特大の魔力の塊を投げつけた。周囲の空間を歪ませるほどに強大なそれは、真っ直ぐにサクとハクへ向かっていく。

 近づいてくるそれに右手だけでなく、左手も掲げる。集中するために今一度深呼吸をし、迫りくる塊を見据えながら精神を研ぎ澄ましていった。

 ざまあみろと言わんばかりの野太い高笑いが響き渡っている。やっぱり高笑いが似合う声だ。実際聞いてきていい気はしないが。

 そのいい気になっているウィーンをぎゃふんと言わせるべく、サクは元いた世界から託された力をできる限り解放した。それによって発生した異変が、ウィーンの高笑いを止めさせる。

 塊が先ほどと同様に一瞬にして消え去る。だが、そんなことが可愛く思えてくるほどの違和感と危機感をウィーンは感じ取っていた。

 今、自分がどこにいるのかウィーンは理解できなかった。久しぶりに現世へ出てきたはずなのだが、たった今いるこの場所が生きとし生けるものがいるべき所だとは思えない。

 人や高等魔生物を遥かに凌駕するはずの自分が理解不能な現状に恐怖していることをウィーンが察したその時、サクが非常にゆっくりとした足取りで近づいていく。

 すぐさま攻撃に転じようとしたウィーンだが、体が言うことを聞いてくれない。何かに押さえつけられているかのような感覚にさらなる恐怖を抱いた次の瞬間、サクは目の前まで一気に移動してきた。



「はい、上手くいったっぽいな。お前さんほどの存在をどうにかできたってことは、俺の力も結構成長したんだろうなー」


『何を……、言っている……!?』


「すまんな。いい実験体になってくれて。えーっと、サーロインだっけか。ま、明確な敵意向けてきた自分を呪ってくれ」



 そういって笑いながら浮かび上がったサクは、右手の人差し指をウィーンの額へと押し当てる。その刹那、ウィーンはこんな冴えない青年に自らが敗北したことを悟ってしまった。 

 ここはここであって、もうここじゃない。今サクやハク、ウィーンがいるこの場所は、サクによって吸収された異空間となっているのだ。その独壇場の中で、ウィーンがサクに勝てる可能性は1ミリも残されていない。

 尋常じゃないほどの焦りがウィーンの心の中をかき乱している。それをサクは理解しつつ、最後の言葉を告げた。



「悪い子には罰を。ってな」



 その直後、ウィーンは頭の先から粒子となって消滅していく。痛みや苦しみはない。静かに、安らかにと願うサクのせめてもの慈悲がその行為には込められていた。

 完全に消滅したところで、サクは吸収した場所を展開した。地面や空気がズレていないかを隅々までチェックしていき、何も問題がないことを確認して安堵のため息をもらした。

 何度か魔物の駆除でやったことだったが、今回も成功してよかった。これであれば周囲の被害もゼロで納めることができる。地道に力を鍛えてきてよかった。

 安心するサクだったが、今まで以上に力を行使した反動がきたためかふらついてしまう。バランスを保てずに倒れてしまったが、その後頭部を理想郷が受け止めてくれた。



「お疲れ様、サク」


「おう」



 美女へと姿を変えたハクに後ろから抱きしめられる形で支えられた。圧倒的な心地よさに心が弾む。ついでに元気になった息子を押さえつけるために静かに内股になった。

 魔族。将。肉の部位っぽい名前。よく分からない厄介な存在が出てきたが、今は勝利の余韻に浸りたい気分だった。



「なあ、ハク」


「ん?」


「もっとぎゅーっとしてくれたりする?」


「いいよ~。はい、ぎゅ~!」


「あぁ~、たまらんわ~」



 おっさんのようにだらしない声を上げながらもハクの胸を堪能するサク。幸せの絶頂にいるサクを祝福しているのか、笑っているのかは分からないが、真上には雲一つない快晴が広がっていた。






     ※※







「――おや、やられてしまいましたか」



 椅子に腰かけた男性が、ぽつりと漏らした。その後残念そうなため息をつきながら、机の上にあった名簿の一か所にペンで斜線を引いた。

 予想していたとはいえ、まさかここまで早くやられるとは。以降はもう少し慎重に行かねばならないかもしれない。

 男の視線の先にある名簿には名前だけでなく、呪詛の念が込められた文字などが空いたスペースにびっしりと書き込まれている。異様といっていいそれを愛でるような目で眺めていると、部屋に設置されている固定電話のベルが鳴り響いた。

 楽しみを邪魔されて少し苛立つ男。しかしながら電話に出た時にはその感情を押し隠し、向こう側にいる同僚に愛想よく応えた。



「はい。私です」


『『フィレ』、姉さんがまた我が儘言い始めたわ。ちょっと手伝ってもらえる?』


「分かった。相変わらず困った女王様だね」


『ええ、本当に。それじゃあ、いつもの場所にきて!』


「ああ。すぐに行くよ、ニーア」



 その後、静かに電話を切った。手早く部屋の片づけを済まし、着慣れたスーツを身に纏う。そして、利用している駒の下へとどす黒い心を隠しながら向かうのだった。

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