06 変態紳士の進撃
「どうだ『アージュ』」
「完璧ですじゃ、『トイズ』様。力がある分呪術も馴染安くてのー。ヒェッ、ヒェ、ヒェ、ヒェ」
とある要塞の地下室に、魔女『アージュ』の笑い声が響き渡る。それを聞いた青い制服を身に纏う男、『トイズ・クロムウェル』は満足そうに笑みを浮かべた。
地下室の中心には、椅子に縛られたアイリスがいる。その椅子を中心にして、かなり複雑な魔法陣が床に描かれていた。
アイリスは時折苦しそうな声を上げる。その体には呪術による異変が起き始めていた。その様子に、アージュはしわくちゃの顔に不気味な笑顔を浮かべる。
「ヒェッ、ヒェ、ヒェ、ヒェ。安心するがいい。いずれ痛みは消える。そしてお前さんはグリール王国を震撼させる破壊者となるのじゃ」
アージュの掠れた高笑いは要塞全体にも響き渡る。
「ヒェッ、ヒェ、ひぇほっ、ごっほ、おうえっほぉ」
無理しすぎたせいか、笑い声は途中から咳き込みに変わった。つらそうなその姿を見かねたトイズはその背中を優しく摩った。
「無理するなアージュ。魔女とはいえ、さすがに年なんだろう?」
「い、いえいえ。まだたったの472年ほどしか生きてないですじゃ。まだまだこれかうえっほごほぉ」
いくら強力な魔法や呪術が使えても、人間であることに変わりはない。延命魔法もすでに限界が近くなっているのは目に見えて明らかだった。
アージュの施した呪術がこのアイリスに馴染めばもう怖い物はない。グリール王国騎士団の若き天才の力が自らのものになる。これほどうれしいことはない。
それに綺麗で可愛い。その気になれば服従させてあんなことやこんなことだってできるはず。帝国の騎士としてのストレスのはけ口としても大いに役立ってくれるだろう。
よからぬ想像を頭の中でトイズが思い浮かべていると、息を切らした部下がノックもなしに地下室の扉を開けた。
「トイズ様! へ、変な奴が砦に迫ってきます!」
「変な奴? すぐに追い返せ」
「それが、道中に仕掛けてある罠が全て無力化されるだけでなく、こちらからの攻撃魔法も何も効かないのです!」
「何だと!? すまん、アージュ。私は上に行く。後は頼んだぞ」
「了解ですじゃ」
トイズは部下とともに地下室を出て、急いで階段を上ってゆく。
慌てふためく要塞内部。未知の敵の侵攻に、どう対処していいか分からずにいるようだ。
上部に作られた監視所にたどり着き、真正面から侵攻してくる未知の敵の姿を見たトイズは硬直した。
「一体……、何なんだあれは……!?」
「分かりません。しかし、見てくださいあの顔を。何もかもに絶望しているかのような表情。ただものではありません」
照明魔法によって明るく照らし出される道を男が進んでいた。
今までに見たこともないような暗い顔の男。
そして男は―――全裸だった。
※
また1つ、迎撃のために飛んできた炎の矢を吸収した。牽制のために放り投げたいくつもの燃える球が弾け、巨大な炎の渦が形成される。
ここまでは順調。肌寒いがここは耐えねばならない。全ては作戦なのだ。
「……帰ったら風呂入りてえな」
そんなことをぼやきながら、サクは要塞に向けて静かに歩いていく。
ただ進撃するだけでは物足りない。何か相手を動揺させることが必要だと考えた結果、全裸で行くことを決めた。どうせファンタジーな異世界なのだから、普段できないことをやってみたいという欲望に従った。
遠目からでも要塞の方が混乱に陥っているのが分かる。魔法の効かない全裸の変態が迫ってくるのが相当な衝撃なのだろう。
とりあえず敵さんの目をこちらに釘付けにする。それによって生まれた隙をついてゲイリー率いる騎士団が奇襲を仕掛ける手はずになっていた。
しかしながら、思っていた以上にサクは要塞に近づいていた。カーラにさらに強力な人体強化魔法をかけてもらい、矢や小銃程度の攻撃ならば耐えられる状態を保ち続けていることもサクをここまで進撃させていた。
「あらら、正面突破じゃないですかヤダー。警備兵さーん。仕事しなさいなー」
全裸のサクはなんとそのまま正門から堂々と侵入することができてしまった。よく周りを見れば、サクの燃える球によっていたるところが派手に崩壊していた。
少しやり過ぎたかと思ったサクがそのまま庭園を抜けて要塞へと入ろうとしたところで、突如現れた青い制服の者たちに取り囲まれた。
罠だったと考えたところで、もう遅い。取り囲んだ者たちからの一斉射撃がサクを襲う。
「撃てぇ!!」
「いだだだだだ! ぐおおおおぉぉぉ。全身にビービー弾くらってるみたいだ!」
「た、隊長! 変態にはに効果は無いようです!」
「ええい、撤退! 撤退だ!」
攻撃が通じないと分かると、素早く要塞の中へと後退していった。神器騎士を助けたときもそうだが、その引き際は鮮やかなものだった。
銃弾の当たったところが小さな赤い点として残ってしまい、サクの見た目は全身を蜂に刺されてような滑稽な見た目になってしまった。特に男のシンボルが痛い。陰毛はこういう時に役立つのだとしみじみ思いながら、サクは要塞内部へと侵入を開始した。
入ったはいいがどこにどう進めばいいのやら。迷ったサクは、適当に扉を開けて進むことにした。
倉庫だったり、武器庫だったり、書物庫だったり、色々な部屋を見て回っているうちにサクは少し楽しくなり始めていた。心を弾ませながら次の扉のドアノブに手をかけた時、違和感がした。
「……ドアノブに魔法?」
何かしらの魔法をドアノブから吸収した。自分の中でそれを確認すると、触った瞬間に対象者を内側から破壊する呪術に近い魔法だった。
気味が悪いと感じたが、こんな罠を仕掛けているということはこの先に見られたくないものがあるはずだ。ゆっくりと開いたその先には、地下へと続く階段があった。
壁に設置されたランプによって照らされる中を、サクは慎重に進んでいく。下に進むにつれて気温も下がり、全裸の体にきつかった。大事なシンボルもすっかり委縮してしまっている。
ようやく階段が終わった。早く先を確認して戻ろうと考えるサクの前に、ホテルを襲撃した魔女が現れる。
「ヒェッ、ヒェ、ヒェ、ヒェ。待っていたぞい守護騎士。儂はアージュ。トイズ様に仕える由緒正しき魔女じゃ」
「いや、待っててくれなくていいよ。てか寒いから短めに頼む」
「ヒェッ、ヒェ、ヒェ、ヒェ。そう急くな。時間は――」
「その笑いは絶対に必要? 急くなとか難しそうなしゃべりも必要か? ああもう寒くて腹壊しそうなんだから早くしろよ」
「……じゃあ死ねぇ!」
「わあ、シンプル」
魔女がどこからともなく取り出した杖をこちらに向けてくる。そこから放たれた何かしらの波動がサクを包み込む。
相手の体を自在に操る呪術だった。もちろん、吸収してしまったのでサクには効果がない。
「どうじゃ! 我が450年の努力の成果は! 身動きがとれんじゃろう!」
「いや、別に」
「な、何と!? ええい、ではこれをくらえ!」
再び放たれた波動。今度は対象者の心を完全に支配するといったものだった。結構便利な魔法を提供してくれる魔女に感謝しているサクだったが、その目の前の老体の体から真っ赤なオーラのようなものがあふれているのに気づいた。
不思議に思ったサクは、先ほどの体を自在に操る魔法でアージュの動きを止め、そのオーラ的なものに触ってみた。すると、その赤いオーラは断末魔を上げて消滅してしまった。いきなりのことで驚いて飛び退くサク。アージュは気を失い、その場に倒れこんでしまった。
よく分からないが、どうやら吸収と展開以外にもお祓い的な能力も持っているようだ。もしかしたらあの赤いオーラが邪悪な存在だとゲイリーが言っていたものかもしれない。
何がともあれ安全は確保できた。特に鍛えてもいないだらしのない体をこれ以上冷やしたくないサクは先を急いだ。
奥へと進むと、突き当たりに木製の扉があった。案の定凄まじく強力な呪術がドアノブに仕掛けられていたが、お構いなしにサクは扉を開く。
「あ、いた」
椅子に縛り付けられているアイリスを発見した。まさかの一番乗りだった。
薄暗い部屋の中を近づいていくと、知らぬ間に踏んでいた魔法陣を吸収してしまう。その内容を読み取ったサクは、眉をひそめた。
魔法陣の内容は、人体改造の呪術。それに、対象となる存在の命令に絶対服従するよう調整がされていた。胸糞悪い内容にサクは反吐が出そうになる。
とりあえずはアイリスを解放することが先決。縛っている縄を解こうと近づいたサクだったが、目の前で異変が起きた。
「おおっと!? ワイルドだな、アイリス」
自らを縛り付けていた縄を自力で引きちぎり、アイリスがその場に顔を伏せながら立ち上がった。
さすがは少佐クラス。呪術から解放されればこんなにもたくましく動けるのかとサクが感心していると、アイリスは顔を上げた。
その顔を見て、サクは言葉を失った。不気味に赤く光る瞳、閉じられた口からは異様に長く、鋭くなった八重歯が伸びていた。
恐ろしいとも、しゃべりづらそうだも思っていたサクに、アイリスは飛びかかってきた。圧倒的なスピードと腕力で、サクを床に押さえつける。
「マジか。すげえ強引な逆レイプだな」
そんな強がった冗談も今のアイリスには届いていないようだ。長い八重歯の口を、大きく開いた。
「あ、優し目にお願いします」
ビビるサクは震えながらも静かに懇願した。だが、それが受け入れられることなく、大きな口は首元に噛みついてきた。
痛みと恐怖のあまり、サクは声が出せなかった。尻を蹴とばされた時とはまた違う激痛に、その場でもだえる。
あかん。これはマジであかん。そんな似非関西弁を脳内に響かせながら、どうするべきかを考えた。しかし、痛みのせいでまとまな打開策がみつからない。
深く刺さった八重歯から、自らの血と精神力的な何かが吸われ続けるのをサクは感じていた。これは本当に死ぬかもしれない。
死を悟った瞬間、サクはやるべきことを決めた。唯一動く右腕でそれを触るために行動する。
「いっつつ……。あ、全然ないわけではないんだな……」
その右手で触っているのはアイリスの胸。たとえ貧乳だとしても、死ぬ前におっぱいを触っておきたいという紳士的欲望には逆らえられなかった。
僅かにある温かな膨らみを揉み続けるサク。おっぱい触りながら、死ぬ。できればこれが巨乳であればもっとよかったと涙を流しながらサクは目をつぶった。
さらば人生。さらばファンタジー。そんなことを思いながら、これが現実ではなく夢であってほしいと今更になって考えた。
徐々に体から力が抜けていく。深い眠りにつくような感覚に襲われるサク。その首元からは激痛を感じなくなっていた。
「何で裸なのよ、この変態守護騎士……!」
聞こえてきたのは震える声。アイリスのものだった。
死んでない。まだ生きてる。目を開けると、馬乗りになりながらもサクの首元に治癒魔法を使うアイリスの姿があった。
視界がぼやけているためにちゃんと確認はできないが、どうやらアイリスは泣いているようだった。そんなに胸を揉まれたことと、全裸の姿が嫌だったのだろうか。
また強烈な一撃が飛んでくるかもしれない。しかしながら、体が動かないために身構えることもできない。
治癒魔法が終わり、傷口は塞がった。しかしながら、朦朧とする意識は回復する気配がない。
「……私の呪術、あんたの力でどうにかなった。……一番に助けに来るなんて、意外にかっこいいところはあるのね」
「……まあ、な。無事でよかったわ。あー……、すまん、もうちょっと無理そう。寝る……」
薄れゆく意識。耐えられなくなったサクは再びゆっくりと目をつぶった。
意識が完全に途絶える直前、物凄く近い距離からアイリスの声が聞こえてきた。
「ありがと……、サク」
何か柔らかくて暖かいものが唇に触れた後、サクは静かに気を失った。