01 自由奔放にもほどがある
「お、ゲイリー」
「サク様。お待ちしておりました。しかしながらその様子だと、誰がいらっしゃったのかご存じないようですね」
広間の扉の前に立っていたのはゲイリー。腕の中ですやすやと小さな寝息を立てて寝ているハクを見て、ある程度察してくれたようだ。
休日以外はアイリスの遊撃部隊で活動しているのにここにいるということは、訪問者がそれなりに偉い人が来たということだろう。それに恐らく用があるのは俺目当てなのだろうが、どんな人が来たのだろうか。
渋みのある顔に微笑みを浮かべながらも周囲に対する警戒を全く解いていない。たまに見せるエロ親父のときとは違う真面目な雰囲気を見せられると、こちらも少し緊張してきてしまった。
寝ているハクを起こさないようにゆっくりとゲイリーに手渡す。離れるのが嫌なハクが眠ったまま表情を曇らせるが、今は我慢してもらわなければならない。
すぐ近くにあった椅子にハクを寝かせつけた後、着ている普段着の着崩れがないかをゲイリーが確認し始める。やはりこういった点に関しての知識と観察眼は圧倒的で、大丈夫だと油断していたサクの衣服の各部を手直ししてくれた。
少し距離を置いて全身を見直したゲイリーは、もう大丈夫といった感じで頷く。それを受けて気分を落ち着けるために一度深呼吸をする。
「ちなみに、初対面の人?」
「いいえ。スモーク国の女王様の妹君です」
「てことはニーアか」
「はい。重要な話だそうで、直接参ったとのことです」
「ほおー。そんなに面倒なことじゃなけりゃいいけど」
いきなりの外出とかは勘弁してほしい。もう3日後にバンドゥーモのカレー屋の予約をとっちゃったし。個室確保するの尋常じゃなく苦労したんだぞ。
遠出の話が来ないことを祈りながら、ゲイリーに背を見送られてゆっくりと扉を開ける。見慣れた広間には制服姿のアイリスと、いつものメイド服に身を包んだカーラ。そして褐色肌が印象的なレーナの妹、ニーアが窓から外を見ながら立っていた。
こちらに気づいたカーラが優しく微笑んでくれる。いつ見ても最高だと思ったサクはだらしなくにやけてしまいそうだったが、その他2人の真剣な表情を見て何とか持ちこたえた。
魔法や電報とかを介せず直接来た。それに現在スモーク国の女王であるレーナの妹で、側近でもあるニーアを遣わした。よく考えずともかなり込み入った話だということが学のない頭でも十分に理解することができた。
「ご無沙汰ですねサクさん」
「だな。ニーアが来たってことは――」
「……? どうしたんですか?」
「あ、いやすまん。やっぱ似てるなーって思ってな」
「姉さんが恋しいかもしれませんが、残念ながら私はニーアです。今頃姉さんは仕事に追われていますよ」
そういって少し軽蔑の意味が込められた視線をニーアは向けてくる。これを心地よいと思えるようになったのだから、もう俺はМとして開発完了しているようだ。
だが、その心を突き刺すような冷たい視線を見てサクは理解してしまった。しかしながら今そのことに関して指摘はしないほうが身のためだろう。
申し訳ないといった感じの視線を返すと、ニーアはため息をつきながら椅子に腰かける。それに合わせてサクも椅子に座るとすぐ横にカーラが立ち、ニーアの近くにはアイリスが立った。盤石な警備態勢が広間の中にピリピリとした空気を生み出していた。
ああやだわ。早く終わらせてハクと戯れて心を癒したい。5年前から変わることのない根性。やるときはやるのだが、カレー屋に行きたいという気持ちが影響して心をしっかりと保つことができない。
それを自前の能力で読み取ったようで、ニーアは呆れたような表情で再びため息をつく。本当に申し訳ないが、どうあがいてもこの食欲を完全に消し去ることはできそうにない。それだけバンドゥーモのカレーは美味いのだ。
「今回来たのは我が国、そして現段階でははっきりと言い切れませんが、この世界にとって重要な可能性を持つ事柄を処理してほしいので協力を仰ぎに来ました」
「……もしかしなくても、凄く壮大なこと?」
「そうかもしれませんし、そうでもないかもしれません。サクさんが来て下されば、全てが判明すると思われます」
「んんー……。ちなみに今詳しいことは聞けない感じかな」
「はい。ですが、今回の件が昨今における『魔物』の大量発生に関係している可能性がある。ということだけお話していいと許可が出ています」
「……めっちゃ重要じゃないですかヤダー」
想定以上に重みのあるお話のようだ。簡単に済みそうな気が全くしない。色々あったけど、なんだかんだで平和だったツケが回ってきたとでもいうのでしょうか。
『創造主』と名乗る存在の脅威が去ってからこれまでの間、邪悪な存在は何故か発生していなかった。その代わりと言わんばかりに緩やかに発生し続けていた魔物の数が近年になってから急に大量発生するようになったのだ。
動物とは違い、魔力を主体として突発的に生まれるのが『魔物』。街道や街などの保護結界は、たまに現れる彼らから身を守るための物だということを数年前に教えてもらった。
奴らは自らと異なる存在だと認識すると有無を言わさずに襲い掛かってくる。そこには明確な敵対心があり、こちらの呼びかけにも一切応じようとはしない。意思疎通ができ、人間とも友好な関係を築くことのできるハクやゴウたち高等魔生物とはそういった点で大きな違いがある。
何度も駆除の手伝いをしたことのある世界の悩みの種に関しての今回のお話は、流石に知らぬふりを出来そうにない。カレー屋を諦めようと心の中で泣く泣くサクが決断すると、ニーアが口を開いた。
「ですので、今日から5日後のお昼に我が国の首都においでください」
「あ、今からすぐじゃなくていいの?」
「ええ。こちらも色々と処理することがあるので、ちょうどいいのが5日後なんです」
「おお。なら何も問題はないな。喜んで協力させてもらうよ」
「ありがとうございます。それとこの件とは別に姉さんからサクさんに向けた伝言を受け取っているのですが、他の人には絶対に聞かれないようにと仰せでした」
重要な要件の後に言ったその頼みを聞いて、真剣な表情で横に立っていたアイリスの視線がわずかに泳いだのをサクは見失わなかった。相も変わらず動揺しているのが分かりすい。
レーナの伝言。これを聞いて悟ったサクは椅子からゆっくりと立ち上がった。横にいたカーラも大体を理解してくれたようで、任せてくれといった感じの微笑みを向けてきてくれた。
「それじゃ、俺の部屋に行こうか。あそこならプライベートな話をしても問題ないだろうしね」
「分かりました。あなたと2人になるのに少し抵抗はありますが、行きましょう」
「そこまではっきり言われるとちょっと傷つくかな……」
「問題ないでしょう。私はあなたのことどうとも思ってませんし」
そういって立ち上がりながら冷ややかな視線を浴びせてくるニーア。すぐ横でそわそわした雰囲気を消しきれていないアイリスとのコントラストは見ていて面白い。
緩んだ空気の中、扉から先にニーアが出ていく。その後に続こうとしたサクだったが、直前でいてもたってもいられなくなったアイリスが手を握ってきた。その手から温かな体温を感じ取りつつもサクは振り返る。
「その……、もしだけど、スモークにこれからずっといてほしいとかのお願いだったら……」
「大丈夫だぞアイリス。俺がいるのは、これからもいたいと思うのはここだよ」
「……ありがとう。でも――」
不安を払拭できそうにないのは目に見えて明らか。だとすれば言葉以外の方法で安心させなければと判断したサクは、気づけばアイリスを抱きしめていた。
正直に言って根性もそうだが、ヘタレスキルは今でも健在。しかしながら、アイリスに対してはそれが発動することは最近ではほとんどなかった。慣れだともいえるかもしれないが、それ以上に思いをはっきりと伝えるにはこうした方がいいと確信しているからだと思う。
優しく抱きしめていれば、アイリスも顔を真っ赤にしながら背中に手を回してくれた。お互いを大切に思う気持ちは、しっかりと伝わったようだ。
ここで手際がいいのがカーラ。こうなることを事前に察して開けっぱなしだった広間の扉を一旦向こう側から閉めてくれた。サポート能力も優れている女神とか、もはや完璧すぎるのではないだろうか。いや、あの性癖があるかぎり完璧とはいいがたい。
「もう、大丈夫。これ以上やったら私がもたないかも」
「おう。分かった」
頭から湯気が出始めているアイリスを離してあげ、お互いに向き合う。恥ずかしそうにしながらも笑いかけてくるアイリスは、とてもとても可愛いかった。
これでおかず無しでも飯が食える。そんな喜びの感想を心の中で漏らしながら、サクも笑顔で応えた。5年続くこの大切な関係を崩す気は全くないし、これからも永劫続けたい。
目くばせで行くことを伝えると、それに頷いてアイリスは送り出してくれた。開いた扉の向こうには待たされたことに若干不満そうなニーアとにやにやしているカーラたちがいた。
「それでは私たちは広間にいますね~。もし何かあればすぐに駆け付けますので~」
「ああ。その時は頼む」
「は~い」
いつものフワフワな返答をしつつ、カーラは椅子で寝ていたハクを抱き上げるとゲイリーと一緒に広間へと入っていった。廊下に残されたのは、サクとニーア。
「じゃ、行くか」
「はい」
短い受け答えの後、2人は無言のままサクの部屋へと向かう。隣にいるニーアは常に話しかけるなといった感じの雰囲気を放ち続けていた。
よくもここまで徹底するもんだ。こちらへの拒絶をここまではっきりと向けているのを見ると、逆に感心できてしまう。そんなにもニーアは俺のことを嫌っているのか。
ため息交じりにそんなことを考えていると、それも読み取ったニーアは睨み付けてくる。少々やり過ぎな感じがするが、一番近くにいる存在がこうしているのだろうから本当のことなのだろう。
息苦しい中を進んでいけば、ようやくサクの部屋へとたどり着いた。開いた扉の向こうにニーアを通し、5年間使い続けているそこへとサクも入っていく。
ゲイリーとアイリスがあの様子だったので、恐らく気づいているのは自らとカーラだけ。この見た目だけでの判断はやはり難しいようだ。
「閉めました?」
部屋の中央にまで移動したニーアが振り向くことなく問いかけてくる。その背は、今すぐにでも動きたそうにうずうずしていた。
ここまで精一杯頑張ったのだろうが、一国の『女王』がしていい行為だとはえない。自由奔放にもほどがある。今頃妹はどうしているのだろうか。
苦笑いしながらもサクは部屋の鍵を閉める。一瞬だけ吸血鬼化して周囲の気配を探ったが、どこかから盗み聞きされている感じはない。
声をかける前にこれから起きるであろうことを予想しつつ、いつでも安全なベッドへと倒れることができるように体勢を整えた。
「ああ、もう誰も――」
「サクぅ~!!」
予想を裏切ることなく、歓喜の声を上げながら飛びかかってくる。それを迷うことなく受け止め、勢いを調節しながらその場を何回転かした後にベッドへと倒れこんだ。
はい、着地も完璧に近い。審査員がいれば10点行かずとも高得点がもらえただろう。たまに会うたびに同じことをされていれば対策もできるってもんよ。
自らをサクが褒めたたえていると、『ニーア』の振りをしていた『レーナ』が満足そうな笑みを浮かべて胸に頬を擦り寄せている。自らの感情を隠すことのないその行動は、間違いなく彼女だということを物語っていた。




