番外編 出会いと旅立ち
地平線から太陽が顔を出していないために真っ暗な街。点々と設置されている街灯の明かりが目立つロメルの一角にあるホテルでは、とある4人組が大部屋にて綺麗に横一列に並んで眠りについていた。
いびきをかくこともなければ、酷い寝相をとる者もいない。唯一部屋にて静かに響き渡る寝息は、寝ているにも関わらず何故か揃っていた。それが彼らにとっては当たり前のことだが、何も知らぬ人がこの光景を見れば間違いなく驚いてしまうだろう。
静かな部屋の中だったが、予めセットしておいたお揃いの4つの目覚まし時計のベルが鳴り響いた。けたましいそれを聞いて4人組は一斉に目を開け、上半身を起こすと同時にベルを止める。真っ暗な中で意識を覚醒させるために何度かまばたきした後、ふかふかのベッドから飛び上がって完璧な着地を行ってみせた。
「「「「朝だ!」」」」
元気のいいその声は一寸の狂いもなく揃っていた。そして彼らの声に応えるかのように、窓の外から見える地平線の向こうから太陽が昇り始めた。
差し込んでくる眩い朝日を心地よく思いながらも、4人組はベッドの正面に設置されていたテーブルへと近づいていく。その上には人数分のこのホテルの従業員用の服が並べられていた。
4人組は収納方陣から取り出した寝癖直し用品で一瞬にして髪を整えると、従業員用の服に袖を通し始める。全員の準備が完了したところで、4人組の中でのリーダーポジションにいる存在が最初に口を開いた。
「番号&名前確認! いち、『フェンフ』!」
「に、『ゼックス』!」
「さん、『ズィーベン』!」
「よん、『アハト』!」
「「「「はい、全員います。おはようございまーす」」」」
確認を終えたところで騎士団精鋭の4人組であり、仲良し兄弟でもある彼らはそれぞれに向けて恒例となっている挨拶を丁寧に行う。
全員が二十歳を超え、全盛期と言えるほどに活力がみなぎっている。クロムウェル家に代々仕える家系であり、テンガの部下として彼を支えるために鍛え上げられたその肉体は美しく引き締まっていた。黒い短髪も綺麗に整っており、これで顔もよければ完璧だがそこに関しては平凡といえるレベルだった。
今一度気分を整えるために4人は深呼吸をし、精神を落ち着かせる。半分ほど出た太陽が部屋を明るく照らす中で、今日の予定の確認を始めた。
「これからホテルの朝食タイムのお手伝い。お小遣い稼ぎは大事!」
「終了次第テンガ様と合流。街中の見回り!」
「昼食の後には近隣に設置してある罠の点検。これいつまでやればいいんだろうな!」
「要塞にて定期報告を交えつつ夕食。あそこ寝心地悪いからホテルとか違うところで寝たい!」
「「「「以上、予定確認終了! 行動開始!」」」」
若干の本音を交えながらの確認が済んだ4人は一斉に動き出し、手早く荷物と部屋の中の整理をして出発していった。まず向かうのはホテルの厨房だ。
太陽が完全に地平線から姿を現したころには、彼らのいた部屋は嵐が過ぎ去ったかのような静けさがあった。清掃にやってきた従業員が次の宿泊客を迎え入れる準備が整っている完璧な部屋を見て驚くのは数時間後のことだった。
※
朝日が街を優しく照らし、その下で始まった新たな1日を謳歌する人々がそれぞれに動き出している。そんな多くの人が行き交う中をテンガは見回りのために進んでいく。
この地域の領主であり、国王を支える大臣の1人でもある父が突然帝国を建国し、行動を開始してからしばらくが経った。以前から竜に対して恨みを持っていたりと不安視されてもおかしくない父だったが、まさかこんなことになるとは予想外だった。
しかしながら、そんな父を見捨てるわけにもいかない。心でくすぶる騎士の精神を押し込め、テンガは不本意ながらも帝国に加担する騎士の1人として活動していた。
「おはようございます、テンガさん」
「うむ、おはよう」
歩いていく中で沢山の人に声をかけられ、それに応えるテンガ。帝国といっても特に変わった決まり事はないため、人々の生活に支障は出ていない。彼らにとってテンガは今でも頼もしい領主の息子であり、『秀才』と称される輝かしい騎士なのだ。
帝国という時点でテンガ自身だけでなく、人々も領主であるトイズが邪悪な存在に感化されてしまったことをある程度察していた。そんな中でも、テンガはまだトイズが感化されたということを認めたくはなかった。
父であり、過去には立派な騎士であったトイズの背を追い掛け、テンガは騎士となった。理想ともいえる人が邪悪な存在に屈したという事実を認めれば、自分のこれから先の目標を見出すことが出来なくなる気がしていたからだ。
自らの行く末に不安を感じながらも、今は目の前のことに集中する。するしかない。そう自らに言い聞かせながら進んでいたテンガは、ロメルの公園に到着した。
いつもと変わらぬ心安らぐ光景。整備と掃除の行き届いたそこに立って安堵するテンガ。次へ向かおうと動き出そうとしたとき、学校へ向かう途中である幼い少年がこちらを見つけて駆け寄ってきた。
「テンガさん、おはようございます!」
「おはよう。どうしたんだ、そんなに急いで」
「えっと、これっす!」
笑顔の少年はポケットから取り出し、それをテンガへと手渡してくる。屈んで受け取ったそれは、口を色鮮やかな紐で縛った小さな袋だった。表面には、『お守り』といった意味を持つ文字が手書きで書かれていた。
「家族で作ったんです。もしかしたらテンガさん、戦うことになるんですよね? だからそのためのお守りです」
「……そうか。ありがとう。大切にするよ」
「はい! それじゃ!」
そういって駆けだした少年は、一緒に登校する友達と合流して学校へと向かっていく。その後ろ姿が見えなくなるまで、立ち上がったテンガはその場に留まって見送った。
手の中にある小さなお守りに視線を落とす。そこから少年や多くの人から信頼され、期待されていることを改めて実感した。こんなところで迷っている暇なんてない。自分は誰もが理想とする騎士でなければならないはずだ。大切なお守りを収納方陣へとしまい、テンガは拳を強く握りしめた。
今までそうしてきたように何事にも全力で、気高く向かっていけば何とかなる。もし父の行動が人々に悪影響を出すことになれば、迷うことなく立ち向かうことを心に決めた。
熱い思いを胸の奥で燃やしていると、少し離れたところで周囲を警戒していた4人組が急いだ様子で近づいてきた。息切れしながらも彼らはテンガの前に立ち、緊急の報告を行う。
「「「「罠が作動しました! 恐らく、竜だと思われます!」」」」
「竜だと! このタイミングでか!?」
「「「「はい! どうされますか?」」」」
「父上の手の者よりも先に着かなければ……。最短ルートは?」
その言葉を聞いた4人組は懐からあらゆる情報が書き込まれている周辺の地図を取り出し、進行ルートの模索を開始する。時間が惜しいテンガのために高速で相談しているため、通り過ぎていく人たちは異様な光景を不思議な目で彼らを見ていた。
数十秒で終わった相談を長男であるフェンフがまとめ、進行ルートを新たに書き込んだ地図をテンガに見せながら説明を始めた。
「森を一直線に突っ切っるルートです。しかし、ご存知だとは思いますが王国騎士団の存在が近づいているとの情報があります。警戒しつつ進んだとして、約1時間の道のりになると思われます」
「ならばすぐに出発だ。援護を頼むぞ」
「「「「了解です!」」」」
4人組の返事を聞いたテンガはすぐさま街の外ある森へと向けて走り始めた。身体強化魔法と風の魔法を重ね合わせた高速移動によって人々の間を縫って突き進む。
竜が出現したということは守護騎士に選出された者がいるはず。その者と竜を連行と称して連れて行き、父やその近辺にいる存在と引き合わせれば、もしかしたら全てが終わらせられるかもしれない。
認めたくはないはないが、それでトイズが正気に戻る可能性があるためにテンガは罠のあるところへと急ぐ。しかし、そんな彼は知る由もなかった。この時点で≪サク≫がこの世界にやってきていなければ、彼こそが守護騎士になるという運命を……
※
こんなにも綺麗に行違うということがあるというのか。テンガが罠のところへと到着した時には竜の姿もなければ、守護騎士と思われる人物の姿もなかった。
そこにいたと思われる存在の痕跡を辿った結果、遠回りしてロメルへと戻ることとなった。しかも、道中においては王国騎士団がいたためにかなりの時間を使ってしまった。
すでにロメルで待機していた帝国の騎士から怪しい人物が住宅街にある廃屋へと入っていったとの情報を得ることができた。それを頼りに今、テンガと4人組は住宅街へと向かっていた。
「お前たちは周辺住民に避難するように伝えろ。もしかしたら激しい戦闘になるかもしれん」
「「「「了解です!」」」」
指示を聞いた4人組は素早く別れ、各々が廃屋周辺の民家へと事情を伝えに行った。一人になったテンガだが、その足が止まることはない。躊躇うことなく、真っ直ぐと目標である廃屋へと近づいていく。
眼前に迫ったところで、内部の魔力を探り始めた。確かにいるはずのない人と、街中では絶対に感じない魔力が中にいる。間違いなく、ここに守護騎士と竜がいるとテンガは確信した。
4人組以外の部下に見られ、そこから伝わった情報によって父から疑われないようにひたすら強気且つ本気でいくことにする。大人しく捕まってくれればいいが、上手くいかないことを想定した方がいいだろう。
各種魔法の準備を整えたテンガは呼吸を整える。いつでも収納方陣から剣を手に取れるように意識を集中しながら、廃屋の中へと踏み込んでいく。そして薄暗い内部にいた存在に向け、仁王立ちの状態で叫ぶのだった。
「見つけたぞ! 邪悪なる守護騎士よ!!」
※
「では、もうそろそろ出発します、父上」
「そうか」
外壁が元通りとなり、本来の防衛能力が機能を取り戻した首都の外延部。王国騎士団専用の出入り口にて、4人組の前に立つテンガとトイズが向き合っている。
首都の復興のため南西部に戻ることなく首都にて活動していたテンガ。その活動の最中で考えていたことを南西部の領地での仕事が一段落して首都へとやってきたトイズに持ち掛け、了承してもらったのだ。
それは、世界を巡って各所で修業を積んでくるというものだった。さらなる高みへと目指すためのテンガの思いは熱く、それを止めることなどトイズにはできなかった。
すでに準備は整っており、トイズが首都へやってきてからまだ数時間と立たないうちの旅立ちとなった。それだけ、テンガは早く修行へと出たいという気持ちは強かいものだった。
「ようやく久しぶりに話ができると思ったのだがな」
「そうですね、父上。ですがお許しください。私は強くならねばならないのです」
「お前はもう私をも遥かに超えて強い。それでも不満なのか」
「はい。今の私はもう『完璧』ではありません。強大だった『創造主』と名乗る存在はサクが、守護騎士がいたから倒せたのです。しかしながら、私は彼に頼り続けるということはしたくない」
そういってテンガは悔しそうに拳を握りしめる。『創造主』が展開していたあの結界も、クロノスやカノンたちの魔法の援助がなければ壊すことはできなかった。あの戦いにおいて、テンガは一人では何もできなかったのは間違いない。
自らを『完璧』と称するのであれば、あらゆる事態を一人で乗り越えることのできる力が必要だ。他者と協力することが悪いとは言わない。強くなればその分周囲が楽をでき、犠牲も少なくなる。そして何よりも、自らを信じ、期待してくれる者に応えられるようになる。
その思いを胸に、突き進む。今すべきことはこれであると、テンガは確信していた。不安もなければ、迷いもない。
向けられた瞳の奥に燃える思いを感じ取ったトイズは、諦めたように深くため息をついた。もう息子ははるか先を見据えていることを理解し、優しく語り掛けてきた。
「守護騎士に発つことを伝えなくていいのか?」
「大丈夫です。いつか自然に伝わると思いますので」
先日異世界から帰ってきたサクだったが、その後の処理に追われていた。何度か訪ねてみようとしたが、忙しいその様子から考えて面会と今回の旅に関しても話すことはなかった。
今度会ったときに自分はこれだけ強くなったと驚かせてやりたい。気に入らない部分や争うこともあったが、共に戦った友としてテンガはサクのことを認識していた。
いつかまた、遠い日に彼と肩を並べて戦う日が来るような気がしてならない。その時は対等な力を持つ身として、その横に立ちたい。その願望が、今回の旅における2つ目の目的だと言える。
そう考えたことにより、俄然やる気が出てきたテンガ。その熱い意志に感化された周囲の魔力が熱を帯び始める。それの影響をもろに受けた4人組の全身には汗が吹き出し始めた。
「ならば、もう私から言うことはない。思うがままに旅立つがいい、テンガよ」
「はい、父上。行ってまいります」
辛そうにしている4人組に見るに見かねて送り出しの言葉を述べたトイズ。それに一礼して答えると、テンガは反転して街道を4人組と一緒に歩き始めた。
こちらの背が見えなくなるまで見送ってくれているトイズの視線を感じながらも、テンガは進んでいく。真上に広がる空は、旅立ちを祝福しているかのような雲一つない青空だった。
まずはプレート大陸を制覇し、次はウッド大陸。そして残る2大陸にも進んでいく。この旅が一体何年後に終わるのか、予想もできない。だが、自分自身は楽しんでいるということは確かだ。
収納方陣からロメルでもらった手作りのお守りを取り出し、腰の部分に結ぶ。思いの詰まったこれもあれば怖いものはない。テンガの歩みはそれを付けたことによって、さらに力強いものへと変わっていった。
熱すぎる思いを胸に、テンガはいつもの4人組と一緒に旅立っていく。『秀才』を超え、本当の『完璧』な存在となるために。
エピローグの後書きに記載した通り、これにて完結扱いとなります。
ご覧いただき、ありがとうございました。
「追記」2021/10/26
続きます。申し訳ありません。