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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第三章 帰るべき場所へ
66/131

エピローグ

――サク帰還から一週間後





「タクぅ! 俺はついに理想の結論にたどり着いたぞ!!」


「相変わらずうるせーな。食事中ぐらい静かにできねーのかお前は」



 牢屋に提供された食事を口に運びながら叫ぶバンドゥーモに、『タク』は心底嫌そうな表情で罵倒する。そんないつも通りのやり取りを他の牢屋の囚人たちは笑いながら見守っていた。

 向かい側であるはずなのに、バンドゥーモの口から放たれた米の欠片がこちらまで飛んできている。やかましいだけでなく汚いとなると、もう手の付けようがない。

 とある晩から記憶喪失となった『タク・カネモト』は、大きくため息をつきながら今日の昼食であるカレーライスを口に運ぶ。量を作るために徹底的に具材を小さくして作られたそれは、お世辞といえども美味いとはいえな代物だった。

 失う前の記憶ではこれよりも遥かに美味いカレーを食べたことがあるような気がするタク。しかしながら思い出そうとすれば頭痛がするので早々に諦め、正直に言ってマズいそれを食べ続けた。

 


「俺はカレー屋を作るぞ!! それも、世界一美味いカレーだ!!」


「唐突だな。いつ決めたんだ」


「今だ!!」


「そうか。とりあえず俺から忠告しておく、止めておけ」


「いいや、俺はやるぞ。そしてお前は俺と協力するんだ!」


「……勝手に巻き込むなよ」



 タクは先ほどよりも大きなため息をついた。バンドゥーモはこちらに借りがあると以前から言っており、事あるごとにそれを返そうとしてくるのだ。

 記憶もないためにそのことは忘れてもいいと言っても聞く耳を持たない。凄まじい欲望で動いているのにも関わらず、そういった部分では細かいバンドゥーモにタクは辟易していた。

 今回の理想とかいう思いつきもすぐに無かったことになりそうな気がする。そう考えながらとりあえずタクは気が済んで静かになるまでバンドゥーモの話を聞くことにした。



「使う食材は庶民の間で出回るようなモンじゃねえ。俺様が世界を回ってた時に狩って美味いと思った肉、秘境にある野菜、そして俺様のいとこの家が作ってる極上のはちみつとリンゴを使う!」


「何か最後だけスケールダウンした気がするな」


「それを天才である俺様特製のカレー専用鍋で煮込み、徹底した温度管理、徹底したあく取りを行っていくぅ!」


「まあそこらへんは大切だよな」


「作り上げられるカレーはこの世界の頂点に立つことになるだろう。誰もが追い求めるであろうその名は……」


「……その名は?」


「『バモンドゥー・カレー』。俺様の名前をもじった商品名だ。どうだタク! いけそうな臭いしかしないだろう?」


「……どっかで聞いたことがあるような気がすんだよな」



 まさかの自虐ネタでもあり、記憶のどこかで似たような存在があった気がしてならない。どこかの食品会社が作っているというところまでは出てきたが、これ以上続ければ脳への負荷がかかりすぎるために止めた。

 しかし、話を聞いただけであれば結構美味しそうに感じられる。実際にこの監獄での運動場における自由時間でバンドゥーモは圧倒的な技術をいかんなく発揮し、囚人たちではなく警備にあたる騎士たちを楽しませていた。その技術があれば、本当に世界一のカレーができるのかもしれない。

 この監獄には内部で善行を行えば刑期が短くなるという制度があると聞いた。恐らく、バンドゥーモはそれを狙っているのだろうが、まだ彼には生涯をここで終える程の十分な刑期が残っている。まさか、それを全て帳消しにするほど頑張ろうというのか。

 結構魅力的な話だとも思えたが、バンドゥーモが外に出るのは無理だ。そう結論付けたタクはそれについて言及しようとしたが、熱意のこもった語りを止めることのないバンドゥーモに遮られた。



「タク! そして今ここにいるお前ら! こんな薄暗くてマズい飯出されるところに長居したいなんて思わねえだろう? だったら俺に協力しろ。総力を挙げて刑期を短くするんだ。俺にはそれをするだけの策がある!」



 その言葉を聞き、興味を示していなかった他の囚人もバンドゥーモの語りに耳を傾け始める。真っ暗な彼らの心に、バンドゥーモの馬鹿みたいに熱い思いが影響を与え始めていた。

 


「ここを出て犯罪何かに手を出そうなんて思うな。あの守護騎士の小僧や糞強い騎士が飛んでくるぞ。だから俺様はそれ以外の道でお前らを導いてやる! 真っ当な商売で、誰からもケチをつけられず、多くの者から称賛され、ウハウハな人生を送れるようにな!!」



 まるで演説のようなそれに、囚人たちが歓声の声を上げ始める。俺もついて行く。連れてってくれ。ウハウハしたい、と。

 これだけ人を引き付ける才能を持ち、技術があったのにも関わらず何故こんな奴がここにいるのかと疑問に思い始めているタク。犯罪に手を染めたとはいえ、有り余る活力はこの国や世界をいい方向へと導ける素質を持っているようにも見えてきた。 

 自らの中のバンドゥーモの印象が大きく変わり始めていたことに、タク自身も理解していた。苦笑いしながらも認めるしかない。バンドゥーモに対し、タクは期待していたのだ。



「だからやるぞお前ら! 俺様たちの手で監獄をより強固なそれへと作り変え、騎士たちに見せつけてやる! そして、外に出てガッポガッポ稼ぐぞぉぉぉぉ!!」



 バンドゥーモの叫びに呼応し、タクや囚人たちが一斉に声を上げた。監獄を揺らすほどのそれに、警備にあたっていた騎士たちが非常に驚いたそうだ。

 彼らの手によってこの監獄が世界最高の警備能力を備えた場所となり、刑期を終えた囚人たちによって経営される『我ら一番』が世界中から人気を博すカレー屋になるのは、しばらく後のお話。






     ※






 最後の入力を終え、それによって出来たシミュレーションを機材が実行し始める。円盤型探査機の全体が光り輝き始め、完全に包み込まれたところで姿を消した。

 今度こそ成功かとも思えたが、すぐさま光が発生して探査機は元の位置へと戻ってきてしまった。すぐに情報を確認してみるが、道に出たところでどこにも行けずに帰ってきてしまっているようだった。

 変わることのない結果に落胆したカノンは椅子の背もたれに寄り掛かった。サクが帰還してからずっと、カノンは道を繋げずに異世界へと行くための実験を繰り返していたが、成功の兆しは全く見えなかった。

 次はどうすればいいか。そう悩むカノンの額に水の入ったコップが当てられた。それを持っているのは、つい先ほど部屋を訪ねてきたイヤサだ。



「あまり根を詰めすぎるな。お前が倒れたら大騒ぎだぞ」


「大丈夫だよ、まだ3日間徹夜しただけだから」


「それが駄目なんだ。いい加減に休め」


「はーい、は~い」



 身を案じるイヤサに適当な返事で返すカノン。それだけ今の研究に没頭しており、寝る間すら惜しんで取り組んでいた。

 これまでの間道を繋げ、異世界の情報や物を取り入れていた。しかしながら繋げた道を通して驚異的な存在が侵入してくるということが、この前の騒動で発覚した。それらを踏まえた結果、サクの世界以外にも繋げていた道を全て消し去ることになってしまったのだ。

 カノンやその他の科学者の研究は中断。今はどうにかして道を繋げる以外で異世界と接触できないかが最大であり、最優先事項となっている。根本的な部分からの見直しに苛立ちながらもカノンは実験に取り組んでいた。

 コップを受け取り、冷たいそれを一気に喉へと流し込んで眠気を吹き飛ばす。資料が乱雑しているテーブルの上にコップを叩きつけて再び機材へと向かおうとしたが、イヤサが機材の前に手を伸ばして遮った。

 邪魔をするなといった感じの視線を送るが、イヤサがどこうとする気は感じられなかった。しばしの間粘りあいが続いたが、一向に進む気配のない状況に耐えかねてカノンが声を上げた。



「分かった、分かったよ。あたしが悪うございました。あー……、家の風呂にでも入ってひと眠りしてこようかな」


「それがいい。研究と同じぐらい、休息も大事だからな」


「はい、はい。あんたは私のお父さんか何かか。心配し過ぎだっつーの」



 悪態をつきながらカノンは立ち上がり、屋敷に持っていく物を自らの収納方陣へと投げ入れていく。そのほとんどを入れ終わったところでカノンは改めて部屋の中を見渡してみた。

 気づかぬうちに本棚から取り出し、積み上げていた本。散らばっている資料。部屋の片隅にあるガラクタ入れが、容量を超えて床に溢れてしまっている。さらには体から漂う微かな異臭。サクに解放されたときほどではないものの、十分に汚かった。

 このままではまずいと判断したカノンはその場で指を鳴らす。どこからともなく発生した3つの光球は少しずつ小さいおっさんへと姿を変えた。いつもと変わることなく気だるそうにしている彼らに対し、手早く指示を出す。



「あたしが戻ってくる間に綺麗にしといて。時間はあるからゆっくり、しっかりやりなさい」


「分かったわー」


「また汚くなってるわー」


「でも好きだわー」



 了承したおっさんたちは分裂を開始し、瞬く間に数を増やしていく。これまでに見たことがあったイヤサでも、その光景は不気味なものでしかなかった。

 


「役割分担はほぼ前回と同じだ! 手の空いている5、6班はゴミを廃棄所に届けに行ってくれ!」


「「「「「了解!!」」」」」



 勇ましい受け答えを目の前で繰り広げながら、凄まじい速度で作業を進めていく。見た目は酷くても、その仕事っぷりは見事としか言いようがなかった。

 熱意をもって作業に当たる彼らに部屋を任せ、カノンとイヤサは廊下へと出ていった。設置された明かりによって照らされる中を2人はエレベーターへと向けて一緒に歩いていった。

 公務の合間の休み時間を利用してカノンに会いに来ているイヤサ。感化を拡大させてしまったことの詫びとして手伝いに来ているが、正直に言ってそれほど役には立っておらず、普通に邪魔だった。それだとしても、いてくれるだけでも内心喜んでいるカノンがいた。

 学生だった頃と比べて、お互いに老けた。しまし、体の衰えを感じることはあっても、心だけはあの時同じような気がする。3人でいつも一緒にいた時がついさっきのことのようにも感じていた。

 戻ることのない時間に思いをはせているとエレベーターの所へと到着し、ほかの階にいるそれを上昇のボタンを押して呼び寄せる。待っている間、扉の目の前で横一列になっていた2人は終始無言だった。

 いつもであればこういった待ち時間では気軽に話しかけてくるイヤサだが、何故か黙ったままだ。体に活力が残されていればそれを問いただしただろうが、今の気分では話しかける気すら起きない。

 エレベーターがあと少しでやってくるといったその時、イヤサは重い口を開いた。そこから放たれた言葉は、カノンを仰天させることとなる。



「一緒にならないか、カノン」


「……はあ?」



 唐突な告白だと思われるイヤサの発言。驚きを隠せないカノンは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 いきなり何を言い出すのか。時間があまりないとはいえ、こんな状況でするとは。年甲斐もなく乙女心が激しく揺らいでいるのを自覚しながらも、カノンは何とか言葉を吐き出す。



「……あたしはマナの代わりにはなれないぞ」


「なってほしいと何て考えていない。カノンはカノンらしくいてくれればそれでいい。私が一緒にいたいと思うのは、研究大好きなカノンだからな」


「……あーそうですかい」


「この思いは、つい最近考えていたことではない。邪悪な存在に感化されるよりも二ヵ月前から考えていたことだ。無論、思いを伝えるのが遅くなって申し訳ないと思っているよ」


「分かった。もう分かったから、ちょっと黙っててくれ」



 完全にペースを乱されただけでなく、恥ずかしくてしょうがなくなったカノンはイヤサを止めた。このまま続けば心臓に悪いのは間違いないからだ。

 隣にいるイヤサをちらりと見るカノン。いつもの優しい笑顔がそこにはあったが、それが自分に対してだけ向けられていると考えてしまい、すぐに視線を逸らしてしまった。

 嬉しさと恥じらいが入り混じる中で、今亡きマナに申し訳ないと後ろめたさを感じてしまう。複雑な思いを抱きながらも、カノンは到着したエレベーターに先に乗り込んで扉の開くボタンを押してイヤサが入るのを待った。

 向かい合う2人。その状況でイヤサはカノンの心境を察したうえで、もう一度思いを伝えてきた。



「お互いに前に進んでいきたい。これからの人生を。私たちであれば、行ける気がするんだ。だから、一緒になってくれないか?」


「……いいよ。ほら、とりあえず乗りな。大切な人を待たせる殿方はどうかと思うぞ」


「……ありがとう」



 感慨深い表情を浮かべたイヤサは、ゆっくりとエレベーターに乗り込んだ。扉は閉じられ、地上へと向けて上昇していく。

 同級生であり、腐れ縁。頼りにしていた人物同士は、人生を共にする存在としてさらに深い関係となった。お互いの存在を身近に感じながら、カノンとイヤサは満足げに笑っていた。






     ※






 物資の詰め込みが終わり、出発の準備が整った。長らくいることとなった首都ともこれにてお別れ。目指すのは自分たちを求めてくれる別の街だ。

 意気揚々と車に乗り込んだブレーム。すでに中で待機していたガルムから無線機を手渡され、それに向かって言い放った。



「それじゃあ皆、いいな?」


『『『『はい!!』』』』


「いよっし。出発進行!」



 元気なブレームの一言に合わせ、一斉にブレーム商会の車が動き出した。街から去って行く彼らに対し、首都の人々が感謝しながら送り出してくれていた。

 車の窓から手を振って応えるブレーム。街から離れ、人々の姿が見えなくなるまでそれは続けられた。満足した様子でブレームが席に戻ると、ガルムが満足そうな顔をしている。



「かなり長いこといましたけど、楽しかったですね」


「ああ。やっぱ人の助けになれるのは気持ちがいいな」


「これによって生まれた繋がりが、新たな商売の可能性を生むことにもなりますしね。無駄なことなんて何一つないはずです」


「お。お前も結構分かってきた口か?」


「それなりに一緒にいますから、これぐらいは」



 相棒とも呼べるガルムの発言に、ブレームは満足しながらも笑っていた。魔術師であっても、人であることに変わりはないというのが改めて分かったからだ。

 楽しい会話を交えつつも、今後の商会の動きを2人は検討していった。首都へと支援に駆けつけるといった大規模なUターンがあったが、それによって本来の目的地を変えることはない。向かうのはプレート大陸北東部。こことは大きく気候が異なる場所だ。

 雪道や氷結したところを通ることを想定し、タイヤにはその時になったら炎を纏わせる魔法をかけておいた。燃料となる魔鉱石の在庫も十分。これからの道中に何ら心配がないことを確認した2人。しかしながら、その顔は先ほどよりも真剣な顔つきとなっていた。

 交差した視線を逸らすことのないまま、お互いの意思が同じであることを確かめるかのようにゆっくりと頷いた。そしてブレームは懐に手を突っ込むと、楽しみにとっておいたものを迷うことなく取り出した。

 それは、商品化の目途が立った『月刊巨乳エクスタシー』だった。イヤサから提供された解読文に全体を差し替えてあるために、ようやく内容を把握することができる。興奮冷めやらぬ2人は、ゆっくりとその禁断の本のページをめくっていく。



「……けしからんですね」


「ああ、最高だ。大人向けの商品として、これは絶対に売れるぞ」


「間違いないです。あ、ちなみに俺の分もありますか? 是非内容の厳正なチェックを行いたいのですが」


「もちろんだ。きちんと細部までチェックしなければな」



 その後、ガルムはブレームから手渡されたそれを鼻血を垂れ流しながら食い入るように見続けていた。それと同じく、ブレームも鼻から鮮血を流しながらも真剣なまなざしで読み進めていく。

 サクによってもたらされた『月刊巨乳エクスタシー』は、ブレーム商会によって成人男性の必須アイテムとして売り出されていく。男の子の夢が詰まったそれを見ながら、ブレームとガルムは小さく、心から満足しながらつぶやくのだった。



「「素晴らしい……」」






     ※








「……ええのう。こりゃたまらんわい……」



 屋敷にある自室の中で、クロノスはにやけていた。その手の中にあるのは『月刊巨乳エクスタシー』のバックナンバーの1つ。すでにサクの協力を得たので内容は解読済みだ。

 次のページをめくり、あられもない姿の綺麗な女性を見てその顔のにやけをさらに強める。老人となった今でも衰えることのない性欲を抑える気はクロノスには全くなかった。

 その後、部屋の外に誰もいないことを確認するために魔法を使い始めるクロノス。自家発電のために周囲を探索する探査魔法を使うその姿を見れば、誰もが呆れてしまうことだろう。

 確実に安全を確保したいクロノスだったが、その眉間にしわがよる。自室に向けて、見慣れ過ぎた存在が近づいてくるのを察知したからだ。

 このままではまずい。急いで手に持っていた本を隠そうと動き出したが、遅かった。



「くぅおらぁ! 爺さん!」


「げえ!? 婆さん!!」



 勢いよく扉を開けてきたのはクロノスの妻であり、旅行から一時的に帰ってきた『オフィーリア』だった。どうやらクロノスがいかがわしい物を持っていることを他の誰かから聞いたようで、それを取りに来たようだ。

 鬼の形相のオフィーリアにたじろぐクロノス。たとえあらゆる魔法を使える魔術師であっても、怖い嫁にはかなわなかった。



「その手に持ってるのは何だい!」


「あ、いや、その」


「没収じゃ~!!」


「ああ~、そんな~」


 

 その手に抱えていた『月刊巨乳エクスタシー』を奪い取られ、クロノスが悲痛な声を上げた。まるで大切なおもちゃを取り上げられた子供のような姿を見て、オフィーリアはさらに怒りを増幅させていく。

 周囲に撒き散らし始めたその怒気を感じ取り、クロノスは抵抗することなくその場に正座した。その前に立ったオフィーリアは、気の弱い者であれば死んでもおかしくないほどの迫力でクロノスを睨み付ける。

 クロノスの隠居にともない、使うことのなかった莫大な資産を使ってオフィーリアは世界中を旅行していたが、たまにこうして帰ってきては好き放題しているクロノスを叱りに来ているのだ。

 お前も楽しんでいるのだから、こっちも楽しんでいいじゃないの。そんな感じの視線を送ると、オフィーリアの圧力はさらに跳ね上がった。これ以上無駄なことを言わないことを心に誓ったクロノスが表情を凍らせていると、恐妻はゆっくりと語り掛けてくる。



「私という者がいるのに、この前は娼館のお姉さんに会いに行ったり、それより前は娼館のお姉さんを複数屋敷に招いたり。爺さんは反省する気がないようにしか見えんぞ」


「それはその、つい出来心で――」


「だまらっしゃい!!」


「はい、黙ります」


「罰としてこれから2時間お説教コースじゃ! 心して聞くように!」


「……はい」



 逃げられないと悟ったクロノスは遠い目をしながら答えた。こういった厳しい部分が自分を律してくれると思って嫁になってもらったが、今更になって後悔していた。

 その一言一言が胸に突き刺さる。否定できない正論を受け止めながらも、クロノスはこの地獄といえる状況が早く終わることを心から切に望み続けていた。






     ※






 


「――んん」



 屋敷のどこかから聞こえてきた怒声を聞き、サクは優雅な昼寝から目を覚ました。空から降り注ぐ日の光が優しく体を温めてくれている。

 ここにお世話になり始め、お手伝いとして働いてから早一週間程度。昼飯のあとの休憩時間は今いる屋敷の大きな屋根の上で昼寝をすることが日課となりつつあった。

 色々あって帰ってきたときは大変だった。再会と同時にアイリスは泣きわめき、カーラは体に異常がないかとひっきりなしにこちらを心配してきた。ゲイリーやクロノス、イヤサにブレームも戻ってきたことに喜んでいたが、カノンはいつも通り素っ気ない感じで対応してきたのを今でもはっきりと覚えている。

 後処理を終えてからはここで執事としての技術をゲイリーが教え込もうとしたが、サクはそれらをことごとく失敗し続け、執事には絶望的に向いていないということを全員に知らしめることとなってしまった。

 とりあえず今はアイリス専属のお手伝いという特殊な役割を持ってここで生活している。特にこれといった不自由なことはなく、大切な存在と一緒に過ごせる毎日にサクは満足していた。

 ふと先日アイリスからもらった腕時計を確認するサク。昼休み終了は目前に迫っている。しかしながら、まだ眠いというのが現状。その眠気に抵抗することなくサクが目のシャッターを下ろそうとしたとき、こちらに向かって元気に駆けてくる足音が聞こえてきた。



「サク!」


「どわっふ」



 幼い少女の姿となっているハクが、サクの腹部へと勢いよく覆いかぶさってきた。そのまま体の上で器用に方向転換すると、満面の笑みがサクに向けられた。

 大変可愛らしいその笑顔にサクが見とれていると、その小さな口に唇を奪われる。そして余韻を味わうこともなく離し、もう一度。さらに続けてもう一度。

 無邪気な娘がしてくるようなキスを何度もサクは受け入れ、ようやく気の済んだハクは仰向けになり、サクの胸の辺りを枕にして寝転がった。小さくて温かな体温をサクが体の前面で感じていると、ハクはつぶやいた。



「大好きだよー、サク!」


「ああ、俺もだ」


「えへへ……」



 満足そうに笑うハクが体から離れ落ちないように、サクは腹部の辺りに手を回してあげた。それが嬉しかったのか、ハクはサクの腕を優しく掴んで一緒に空を見上げていた。

 ハクが姿を変えているのは、ここで生活するうえでの決め事の1つに則っているからだ。日が変わるたびに、姿を変える。いつも変わらぬ日々を少しでも楽しめるようにとアイリスが提案したものだった。

 実際こうして毎日を楽しくハクは過ごしているようだ。サク自身も、毎日違った感じのハクと接することができて楽しいと思えている。この決め事は正解だった。

 昼休みはあと少しで終わる。でも眠い。ハクの飛び込みをくらってもまだまだ眠い。どうしたものかと悩んでいると、腕の中にいるハクが眠りについてしまった。よほどこの場所が安心できたのだろう。

 さあ、なおさら動きづらくなってしまった。しかしながら、良い言い訳になるのではないだろうか。この状況で動いてハクに不快な思いをさせたくはないし、自分もまだ眠い。これは仕方がない。不可抗力で寝てしまうのだ。

 そんなくだらない言い訳を脳内で考えていると、視界に誰かが入り込んできた。フワフワとした雰囲気と女神のような優しい微笑みを向けながら、カーラはサクを見下ろしていた。

 眠っているハクを見たカーラは一瞬何かを考えるような素振りを見せる。まさかアイリスに言いつけるのかと思ったが、それとは全く別方向の行動を開始した。



「お邪魔します~」


「お、おう」



 サクの左隣にカーラは寝そべり、その身を寄せてきた。いつもの素晴らしい甘い香りに癒されつつ、理想郷の柔らかさを腕で感じ取りながらサクは鼻の下を伸ばしていた。

 最高だわ。素直に心の中でつぶやく。家族的に見れば娘と綺麗な長女と一緒に寝るような構図だ。後は母となる存在がいれば完璧なのだが……。

 


「見つけたわよ……って、何これ?」


「おお、アイリスか」



 屋根へと上ってきたアイリスが、理解不能な状況を見て困惑した声を上げた。こちらを注意深く観察しながらも、ゆっくりと近づいてくる。


 

「休憩は終わりよ。もうそろそろ――」


「騎士団本部から回ってきた報告書等の処理とかだろ? たまにはさぼっていいんじゃねーの。実際アイリスがやるべき仕事じゃないんだろーし」


「そりゃそうだけど、やっぱ仕事がないと少し不安で……」



 今現在、一応療養中の身として扱われているアイリス。その身に受けた呪術の影響が完全に消え去るのが確認できるまでの措置だというが、見通しが立っていない。それでも仕事はしたいといって、騎士団の役割の一部を屋敷にて受け持っているのだ。

 純粋で真面目なアイリスらしい判断だとは思うが、それでは療養しているとはいいがたい。今は他の部隊と合流している騎士たちからも心配されているらしい。そうともなれば、ここは自分が動かなければ。



「ほら右側空いてるぞ」


「でも……」


「でもじゃないぞー。これも療養だ。それに、アイリスとも一緒に寝たいと思ってたから」


「……はあ。分かったわ」



 観念したアイリスはサクの右横に寝そべった。温かな存在を全身で感じながら、これで『家族』が全員そろったとサクは心の底から満足していた。

 いつまでも、大切な存在と一緒にいたい。彼女たちのためであれば、どんな困難が向かって来たとしても頑張れる気もした。

 そうした考えを持ちつつも、サクは自らの理想とする生活を送りたいと思っていた。ひっそりとした、そこまで目立つことのない冴えない生活を。

 お金もないし、まだまだそんな生活を送るための基盤も出来ていないが、頑張っていこう。自分なりに。



「でも、今は……、おやすみぃー……」



 必ずそこへとたどり着くことを夢見ながら、≪サク≫は大切な存在に囲まれてゆっくりと優雅なお昼寝を始めるのだった。




ここまで目を通していただき、ありがとうございました。


今作は「第一部」という位置にあり、続く「第二部」が存在します。

その「第二部」に関しては今作ほどの改稿の必要がないため、比較用に別途投稿することはありません。

もし気になった場合は、投稿主の投稿作品「世界の記憶:小さな愛の唄」に「第二部」が存在するので、そちらをご覧ください。


次の番外編にて今作は完結扱いとなります。

これ以降も鈍足ながら書き進めて行きますので、よろしくお願いします。


「追記」2021/10/26

改稿の必要がないと記載しておきながら後半部はそれなりの量の追加をしたため、「第二部」も追加しました。

目を通していただければ幸いです。

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