05 そんなこと言われたら
「――」
案の定、見知らぬ天井が広がっているのを確認しながら、サクは目覚めた。
ふかふかのベッドに横たわっている。枕もふっかふかの夢心地の中、おもむろに尻を触ってみる。2つにしか割れていないことを確認し、安堵した。
今までに感じたことのない激痛だった。笑ってはいけないシリーズの1日分のケツバットを一撃でくらうぐらいの痛みだと思う。とにかく痛かった。
廃屋でのその痛みと情景を思い出しつつ、物理には無力だということをサクは理解した。まあ、魔法的なもの吸収して吐き出せる能力もってるから贅沢なことはいえない。
覚醒し始めたその頭と視界。黄土色の天井は温かみがあった。というか、温かい。温かい何かが横で小さな寝息を立てている。サクは恐る恐るそれを確認するために、横を見た。
「……あらまあ」
綺麗な銀髪の幼い少女が寝ていた。寝息は静かだったが、ほぼ密着しているためかそれがサクの体や顔に当たっている。
まるで人形のようなその可愛らしさに息を呑む。ドキドキし始めたサクは、とりあえず上半身を起こして周囲を見渡した。
サクが横たわっていたベッドのほかには、小さなテーブルと小さな椅子。全身が映るぐらいの大きな鏡などが配置されている。とりあえずここがホテルの一室っぽいことを把握したサクは立ち上がろうとした。
「……サク」
「……え?」
眠っている少女の寝言にサクは驚いた。自らの名前を呼ばれたことも要因の1つだが、その声が聞き覚えのある声だったからだ。
静かに眠る可愛らしい少女に、サクは問いかけてみた。
「……ハク?」
「ん……、ふあい」
サクの声を聞いた少女が金色の瞳をまだ眠そうに擦りながら上半身を起こした。
やはり、間違いない。この声は心の中で会話していた時のハクの声だった。続いて名前を問いかけようとしたところで、サクのことを認識したハクと思われる少女が飛びかかってきた。
「サク! よかった!」
「うおっと。やっぱりハクか」
「そうだよ! 私だよ!」
ハクは受け止められると、思いっきり強く抱き着いてきた。無邪気そのものの様子に、サクは癒される。
とはいえ女の子。胸部に男性とは違う柔らかい物があるのを感じる。というかこの見た目でもう胸が出始めていることに驚くと同時に、少し興奮している自分に気づいて焦った。
こんなあどけない少女に対して興奮するのはまずい。俺は巨乳好きの紳士なのだと言い聞かせて精神を落ち着かせる。
鼓動がおさまってきたところで、優しくハクを引き離して現在の状況に関して問いかけようとした。だが、それを遮るように扉がノックされた。
「失礼します……。おや、お目覚めになりましたか」
入ってきたのは口元の白い髭が特徴的な老人。その身には赤を基調とした騎士的な服を着ている。あの神器騎士とは色違いのようなものだった。
柔和な雰囲気を醸し出す老人は、ベッドの近くにあったテーブルに水差しと2つのコップを置き、椅子にゆっくりと腰かけた。
こちらに対して一礼すると、静かにしゃべり始めた。
「私は『ゲイリー・グラント』。グリール王国騎士団に所属している者でございます。サク様、この度はお嬢様、いえ、『アイリス』少佐がご迷惑をおかけしました」
「えっと……、そんな謝らなくてもいいっすよゲイリーさん。ちなみにそのアイリス少佐ってのは、俺の尻を蹴り飛ばした美少女のこと?」
「はい。その絶世の美少女でございます」
「お、おう」
その丁寧な態度に対してこちらもそれっぽく返すが、直後の付け加えた返答を聞いてサクは驚いてしまった。
これはもしや老人の中でも冗談okで、乗りもいい感じの珍しいタイプの人かと思ったサクは、初対面なのにも関わらず謎の親近感が沸いてきた。
美味しそうな名前の王国は置いておくとして、そこの騎士団で少佐をしているということは、あの美少女、アイリスは結構すごくて強い(小並感)というのが理解できた。なんたって少佐だ。他の人より3倍強かったりするかもしれない。赤い服着てるし。
のちに大佐になって小惑星落とそうとした彗星を思い出しつつ、サクは問いかけてみた。
「いろいろ聞きたいことあるけど、もしかして俺って犯罪者扱いされてたりする?」
「とんでもない。その逆ですよ。あの『秀才のテンガ』を退けた若き守護騎士として、もう我らの間で知れ渡っておりますよ」
「え、マジか。意外だったわ。アイリスにあんなことしたから、てっきりお尋ね者か何かになってると思ってた」
「ああ、その件に関しては、今回の一撃で相殺でよろしいとおじょ、少佐が申しておりましたよ」
それを聞いてサクは安堵した。これ以降も隙あらばあんな一撃をくらうとなるとかなりの覚悟が必要になるところだった。
呼び名があるということはやはりテンガは凄いやつだったらしい。さすが、神器の名前を冠していることだけはある。
そういえば、会話の中でゲイリーがアイリスのことを少佐ではなく、お嬢様と所々で言い間違えているのにサクは気づいた。ゲイリー自身の雰囲気も、どちらかと言えば戦う騎士といった感じではない。
とりうぇず、その件についても聞いてみて、それ以外の気になることもサクは聞いてみることにした。
「失礼かもしれないけど、ゲイリーって本当は執事的なことやってた感じ?」
「おや、バレましたか。その通りでございます。『フォードゥン家』においてアイリスお嬢様専属の執事をしておりました。お嬢様が騎士団に入るということで、私もその補佐として付いてきた感じですな」
「ほー。それじゃあ結構長い付き合いなわけだ」
「お嬢様が赤ん坊の時からです。美しく、立派に成長してくれて、嬉しくて仕方がありません」
「ちなみにお風呂の独り立ちはいつから?」
「小学校2年の頃ですな。ちなみに体を流していたのは私です」
「素晴らしい。じゃあ、あの胸はもしかしてそれぐらいから成長止まってるっぽい?」
「はい。本人もそれを気にしているようで、毎日牛乳を飲み、寝る前などにそのない胸を丁寧にマッサージしているのです。見ていて私も悲しくなってしまいまして……」
「……そうか。小学生から変わってないのか……」
ほろりと涙を流すゲイリー。サクもその目の前で胸囲の格差社会を悲しんでいた。
大きくしたくても、大きくならない。努力を重ねてもその貧相な胸が変わらない現実は、とても悲しいものだ。
貧乳はステータスとも昨今ではいうが、やはり胸は、おっぱいは大きいほうがいいのだ。少なくともサクはFカップ以上が好みであり、カーラが今のところドストライク。
そんな下らないことを考えていたサクの服を、ハクが静かに引っ張った。何かと思いハクを見ると、青ざめた様子で扉の方を指さしている。
瞬間、サクは察してしまった。しかしながらもう逃げられない。諦め、勇気を振り絞って扉の方を見る。
「何で私の胸の話をしてるのかしらねぇ……」
どす黒い気を放つアイリスが、笑顔でそこに立っていた。凄まじい恐怖に、サクは全身に鳥肌が立つ。
遅れて気づいたゲイリーも、その姿に驚愕しながら立ち上がって頭を下げた。だが、もう遅い。
「歯を食いしばりなさい、乙女の敵たち……!!」
※
バイキング形式の夕食。ホテルの3階に位置する広いホールには、多くの人が好きな物を皿に取り、食事を楽しんでいる。
今ここにいる7割ほどがグリール王国騎士団に所属している者らしい。確かに中にはちらほら制服を着ている人がいる。それ以外は下着でリラックスした人ばかりだ。
白いTシャツっぽいその下着。もちろん女性もそれを着ている。胸の大きさが分かり易くて助かると思っていたサクの目の前に、料理の盛られた皿が勢いよく叩き付けられた。
「何見渡してるの変態。まさか胸の大きい子でも探してたのかしら?」
「いえ滅相もございませぬアイリス少佐殿。胸の大きさが全てではございませんよ。このサクが保証いたします」
「もう1回引っ叩かれたいの?」
「すんません」
サクとゲイリーの頬には真っ赤な平手打ちの跡が残っていた。今でもひりひりと痛むそれを、右隣に座っているハクが興味深そうに小さな指で突っつく。
その場で体が一回転するほどの衝撃を思い出し、サクは身震いした。その様子を心配した左隣のカーラが、声をかけてくる。
「大丈夫ですか~、痛かったら私が治癒術かけてあげますね~」
「いや、大丈夫だカーラ。精神的にはめちゃくちゃ回復してるから」
話しかけるとともに体を寄せてきたカーラ。その豊満な胸がサクの体に当たり、精神に対して最大クラスの治癒を施していた。
幸せそうにしながらも内股になったサクに苛立ったアイリスは、その目の前でどす黒い笑顔を見せる。
何ともいえない気まずい雰囲気のテーブルの近くには、誰も寄ってこない。空いているのにも関わらず、広いホールの中でサクたちがいるテーブルの周りには人がいなかった。
しかしながら逆にこの状況はアイリスにとって有利に働く。込み入った話をするのにはうってつけの雰囲気だ。
「変態守護騎士。あんた、何のためにややこしくなってる場所に来たの?」
「お、出たなその単語。それにややこしくなってるってどういうこと?」
「質問を質問で返さないでくれるかしら?」
「分かったからそんな怖い顔しないでくれ。折角の可愛い顔が台無しだぞアイリス」
「んなっ!?」
サクのその言葉に反応して立ち上がるアイリス。また強烈なのが来ると思い、サクは反射的に歯を食いしばった。
「可愛いとか呼び捨てにするとか、常識なさすぎでしょうあんた! この女ったらし!」
予想していたものとは違う反応。顔を真っ赤にして言葉だけでなじってきた。
サクは忘れていた。アイリスがエロ本を見ただけで気絶してしまうような純情少女であることを。恐らく異性から可愛いとかそういったことも言われ慣れてないのだろう。
見た目も可愛くて、心もそんなに可愛いのは反則だろう。少しときめきそうな心をその貧相な胸を見て落ち着かせた。
「あーもう、何でこんな男が守護騎士なのかしら。本当に信じられない」
「そうだ。まずその守護騎士ってのが何なのか教えてくれよ。テンガとゲイリーも言ってたけど、俺騎士なんかじゃないぞ」
「その件に関しては私が説明いたしましょう」
頬の真っ赤な跡を痛そうに摩りながら、ゲイリーが答えた。
「数年に一度、世界によって生み出されるのが、『竜』。すなわち、今人の姿を得ているハクさんなんです。竜は世界の意思を受け、最も適性の高い者の近くに生れ落ちます。そう、サク様。あなたこそが世界に、そして竜に選ばれた者なんです」
「……んん? もしかしなくても凄く壮大じゃないか、その話」
「そうですね。壮大だと言えます。話を続けましょう。竜に選ばれた者はその身分に関わらず、『守護騎士』として世界から認定されます。彼らは何かしらの能力を備え、それを駆使して世界に蔓延る邪悪な存在を駆逐していく。とても重要な役目を持っているのです」
「お、おう……」
普通の一般男子高校生には重すぎる話だった。少なくとも、ひたすらの平穏と冴えない生活を望むサクはそういった存在をどうしようという気にはなれない。
動揺したサクは、隣にいる小さな相棒をちらりと見た。静かに、真っ直ぐゲイリーを見つめて話を聞いている。どうやら、ハクもこの守護騎士に関しては知らないようだった。
間違いなく、これは我々に協力してほしいパターンだ。すぐに断ろうとサクは心の中の準備を始める。
「邪悪な存在は、一目見れば分かります。それは――」
ゲイリーの話は突然割れたガラスによって遮られた。ホールの照明も破壊され、周囲が真っ暗になる。
サクは反射的にハクとカーラを抱き寄せた。全く目の見えない状態でも、魔法による攻撃からは守ってやれる。右も左もまだ分からない世界で、知り合った2人を失うのは避けたかった。
両側から激しく動く鼓動を感じ、サクも自らの鼓動が早くなっていく。怖くて怖くてしょうがないのがサクの本音だった。
その後、ホールの外側から炎の波が内側へと流れ込んでくる。あらゆる物が燃えて異臭を放つ中で、サクはその炎の波に手を伸ばした。
サクの所まで来た炎の波はその手が触れたことで消滅した。新たな魔法の力を得たことを喜ぶ暇はない。さらに何か来ないかサクは身構えた。
「ヒェーッ、ヒェ、ヒェ、ヒェ!!」
物凄く古典的な魔女っぽい笑い声が周囲に響き渡る。窓の外の方からしたその声を追い、サクは中より明るいその方向を見た。
「この、小娘。いただいていくよー!」
窓の外に黒装束を身に纏い、箒にまたがる老婆がいた。その腕の中には気絶しているアイリスがいた。
その老婆の体からは、真っ赤なオーラ的な何かがあふれ出ていた。
「貴様!! お嬢様を離せ!!」
ゲイリーの怒号が老婆に対して浴びせられる。それを聞いた老婆は満足そうに顔を歪ませながら、空へと飛び立っていった。
老婆が消え去った後、ホールの照明が点灯した。多くのけが人が出ている。死者は出ていないようだが、被害は甚大だった。
とりあえず危機は去ったことを確認し、安堵したサクは抱き寄せていた2人を解放した。
「ありがとうございます、サク~。守ってくれようとしたんですね~」
「ありがとう、サク! かっこよかったよ!」
「おう、どういたしまして。でも、アイリスが――」
「お願いいたします、サク様! お力をお貸しください!」
連れ去られた美少女を案じようとしたサクの目の前でゲイリーが土下座していた。
本気の土下座を初めて見たサクが驚いていると、ゲイリーは床に額を押し付けたまま続ける。
「少佐は! お嬢様は待ち望んでおられたのです! 幼少の頃から、守護騎士の存在を! 竜を従え、悪しき存在を打ち払う伝説の存在に憧れを持っておりました。河原で竜を見つけたと話すお嬢様の瞳はこれまでに見たことがないくらい輝いておいででした」
ゲイリーの口から次々と語られたのは、アイリスの過去と今現在のこと。
悔しさを滲ませながら話すその姿は、サクの心を揺り動かす。
「あなたが変態だとはいえ、お嬢様は喜んでいたのです。あなたは間違いなく守護騎士。どうやってあなたに近づいていけばいいか、不器用なお嬢様なりに色々考えていたのを今日、私はこの目で見たのです。だから、だから!」
床に擦りつけ過ぎて血が出始めているその額のまま、ゲイリーは顔を上げた。
「何度でも申し上げます。お嬢様の救出に、サク様の力を貸してはいただけないでしょうか?」
本気の懇願だった。本当に、アイリスのことが大切なんだというのが、強く伝わってくる。
こんなものを見せられても断るのはよほどの自己中な奴か、臆病者か。どちらかといえばサクも後者に入る可能性が高いが、今は勇気を振り絞るので該当しないということにする。
言葉でなじってきた先ほどのアイリスの姿を思い出す。ただの照れ隠しだと思っていたそれは、サクに対して本気で期待しているからこそ、過剰に反応したのかもしれない。
そんなアイリスを見捨てることは、冴えないサクでもすることはできない。アイリスが憧れた存在である守護騎士は、この巨乳大好き紳士のサクなのだ。
「分かった。それで、どこに行けばいいんだ?」
意を決したサクのその言葉に、ゲイリーは喜んでいた。