51 無限ループだこれ
サクたちが乗ったエレベーターは、予想していたよりも大きなものだった。5人が乗り込んでも余裕のあるその空間は、デパートにある広めのエレベーターを髣髴とさせた。
幼稚園ぐらいにカートを押しながら入り、広かったためにはしゃいでいたところを両親に怒られたことを思い出した。懐かしいその記憶に思いを馳せていると、エレベーターは城の1階に到着するのだった。
開いた扉の先にはちょっとした広間があった。エレベーターが到着するまで休めるように座り心地のよさそうな椅子がいくつか並び、壁には威厳に満ちた王様のような存在が描かれた絵が飾られている。その広間の出入り口の先では廊下が左右に分かれているが、案内板の文字が読めないためにどこへつながっているかはサクには分からなかった。
階段ではそれなりに時間がかかったが、エレベーターではあっという間。ここにエレベーターを設置した名も知らぬ存在に対してサクが感謝していると、廊下の曲がり角から2人分の人影が現れた。
「おお、やはり! エレベーターが稼働しとるぞ、アージュよ!」
「そのようですじゃ。これで楽に上り下りができますな、お師匠様」
やってきたのはアージュと老いた彼女よりもさらによぼよぼの老婆だった。本人たちは気にしていないようだが、2人のふらふらとした足取りは見ているこっちが不安になってくる。
アージュに先導された老婆はようやく広間までたどり着くと、こちらを凝視してきた。結構迫力のあるその表情にサクが戸惑っていると、何かに気づいた老婆は懐から眼鏡を取り出してそれをかけた。
ぼやけた視界が鮮明になったようで、老婆はその表情を徐々に和らげていく。どうやら、ただ目が悪かっただけのようだ。
「元気そうじゃの、『オーガスト』」
「お互い様だ。地下に流れる魔力が増大したと思ったから来てみたんだよ。予想通り、使えるようになっててよかったよかった。これで楽に研究室へ迎えるわい」
そうクロノスに返答したオーガストはしわくちゃな顔に笑みを浮かべ、高笑いするのだった。大きな声なのだが、不思議とその笑いはうるさくは感じられなかった。
この老婆が、先ほどカノンが話していた存在。こんなにも都合よく会えたことに安堵しつつ、自己紹介を交えながらも協力をお願いしようとサクが動き出そうとしたが、オーガストはアージュに向けてしゃべりだした。
「ところでアージュ。地下で何をするんだったか」
「調合薬の素材となる物を保管庫から持ってくることですな」
「そうだった、そうだった。それで、どこで調合するんだったか」
「2階の第二実験部屋ですじゃ。あそこにはいい器具がそろってまして、助かっておりますぞ~」
「ああ、その通りだ。あそこは素晴らしい。早く素材を持っていかねば。おお、見ろアージュ、やはりエレベーターが動いているぞ!」
「そのようですじゃ」
「……んんん?」
会話が一周して戻ってきてしまった。分かり易い無限ループパターンを見せつけられ、サクは困惑してしまう。こういった類に関してどう対処していいか分からなかった。
瞳を輝かせているオーガストに話が戻っていることを伝えてもいいが、もしかしたらプライド的な面を傷つけてしまうかもしれない。かといって、このまま何度も同じ話をされるのは苦痛でしかないのも間違いない。
そんな感じでサクが悩んでいると、オーガストとアージュの会話は再び一周を終えてエレベーターが稼働していることに驚いたものへと移った。このままでは本格的にまずい。
意を決してループしていることを指摘しようとしたサクの肩に優しく手が置かれた。その主であるゲイリーは心底面倒くさそうな表情をしながらも、サクに耳打ちするのだった。
「ここはエロ親父にお任せを。この方々はいつもこうなのです。サク様たちは先にお屋敷へと向かってください」
「……すまん、ゲイリー」
「いえいえ。当然のことをしているにすぎませんよ」
そういったゲイリーは小さくため息をつき、3週目が始まっていたアージュとオーガストの会話に参加していった。その背からは、強い覚悟が感じられたような気がした。
「お久しぶりですな、オーガスト様。フォードゥン家に仕えているゲイリーでございます」
「おお、覚えとるぞ。確かお前さんと初めて会ったのは――」
「その話は後にしましょう。実は、オーガスト様にお願いがありまして――」
世間話を軽く流し、今回協力してもらうための交渉を進めようとしていた。だが、案の定会話は一定のところまで行くと少し前へと戻ってしまっていた。
徹底して感情を抑え込み、2人に向かうゲイリーにサクは感謝することしかできなかった。恐らく自分であれば、耐えきれなくなって交渉を投げ出す自信があった。それだけ、無意識な無限ループは苛立ちを募らせる代物なのだ。
話が長くなってきたために、話をしている3人は広間にある椅子の方へと向かう。その様子を確認しつつ、サクたちはクロノスの後に続いてその場を後にするのだった。
先ほどの会話でアージュがサクに対して何も反応を見せなかったが、それはしょうがないことらしい。先ほどのカノンの様子を思い出せば分かると思うが、邪悪な存在に感化された者はその間における記憶がないことが判明しており、後々の報告で全てを知ることになるからだ。
アイリスに施した特殊な呪術も、、サクに要塞で立ちふさがったことも、もちろん覚えていない。本人の判断では解呪されたと思われたその呪術が完全に消えていないのは、邪悪な存在が何かしらの細工を施したためだと現在推測されているそうだ。
とまあ思い返してみたが、これが屋敷に向かう道中にてクロノスが話してくれたことである。物知りな存在がいてくれることはとてもありがたい。次に何を聞こうかとサクが質問を考えていると、あることを思い出したクロノスが口を開いた。
「そうじゃ。たぶん今屋敷には儂の息子と孫が戻っとるはず。すぐに街の復興へと戻るが、少し話ぐらいはできるだろうよ」
「息子と孫? というとアイリスにとっての……」
「お父様とお兄様よ」
クロノスとの会話に入ってくるアイリス。それを横から聞いていたハクも驚いた様子で加わってくる。
「アイリス、お兄ちゃんいたんだね」
「俺も知らなかったぞ」
「これまの間で話す必要ないと思ってたからね。まあ、いずれは教えようとは思ってたけど」
「じゃあご家族に挨拶することになるか。気合入れなくちゃな」
「サク、頑張って!」
「……何か恥ずかしくなってきたわ」
「ほっほっほ。若いのはいいのう。昔の儂を思い出すわい」
3人の様子を見たクロノスは楽しそうに笑っていた。そんなクロノスは一体これまでの間どんな人生を送っていたのだろうか。いずれするであろう質問にその疑問を含めることにサクは決めたところで、サクたちは城の渡り廊下へとたどり着いた。
最初に屋敷に向かったときは満身創痍だったために、ここを通った記憶もほとんどなかった。天井からサクの腰辺りまでを特殊なガラスで覆っているために、外の景色を見渡す事が出来る。
「……すげえ」
ふと立ち止まってサクは感嘆の言葉を漏らした。この渡り廊下から街を見ることが出来るのだが、その街の随所にて温かな光が輝いていた。
幻想的なその光景に目を奪われてしまう。優しいその光は、傷ついた街を少しずつ修復していた。これまで以上にファンタジーっぽいそれに気をとられているサクに、クロノスが話しかけてきた。
「復元魔法の光じゃの。少しずつだが、街は元に戻りつつある。予定では長くとも後2日で修復は完了するそうだ」
「あのめちゃくちゃになった街がたった2日で……。すげえな、本当に」
再び感嘆の言葉を漏らしたサクは、さらに端によってその景色を瞳に焼き付けた。今見ているこの光景は、絶対に忘れることは出来ないような気がしていた。
そうサクが考えている間にも、時間は過ぎていく。上空に輝いていた太陽は、あと少しで地平線の彼方へと沈もうとしていた。
※
ほとんど明かりのない中を一人分の足音が進んでいく。静まり返っているためか、その音は建物の奥へと響いているようにも感じられた。
一定の速さで進んでいた足音は目的地に到達したことで止まる。その足音の主は、とある牢屋の目の前に佇んでいた。
「……何だ。またあんたか。前と同じで真っ暗で何も見えねえぞ。顔ぐらい見せてくれてもいいんじゃねえのか?」
牢屋の中にいたのは卓。広場の戦闘の後、彼は再びこの牢獄へと捕らえられたのだ。
暗すぎて分からないが、この前脱獄した時にこの『誰か』からあのよく分からない力を貰った。もしかしたら、またそれを与えてくれるのかもしれない。だが、警戒はしておいた方がいいだろう。
寝心地の悪いベッドから気だるそうに立ち上がった卓は、暗闇で目を慣らして鉄格子の向こうにいる『誰か』を確認しようとした。しかし、その卓に異変が襲い掛かった。
「がっ!?」
いきなり目ない力に引き寄せられ、卓は鉄格子と激しく衝突した。状況が理解できないが、打ち付けた額から血が流れ出ていることに卓は気が付いた。
遅れてやってきた痛みに構うことなく鉄格子から離れようとするが、体が言うことを聞かない。目の前は何故か真っ暗で、僅かにあった遠い場所にある光も視界に入ってこなかった。
「うおおい! どうした! 何があったぁ!!」
少し離れた牢屋にいるバンドゥーモが異変を察知してやかましい声を響かせる。しかしながら、その声に対して卓は返答することができない。口も動かなくなってしまっていた。
ここで、卓は気づいた。真っ暗なのは、『誰か』の体を見ているからだ。卓は、唯一まともに動かすことのできる瞳を上へと向けて、その『誰か』の顔を確認しようとする。
『お前は十分時間を稼いだ。道を開き、私を招き入れてくれたことにも感謝している』
まるで慈悲深い神のような笑顔を浮かべている。だが、その顔からは何故か恐怖に近い物を感じることができた。
卓自身は全く知らない男。右手には本を抱えいる。空いている左手で卓の頭を掴み、そこから得体のしれない何かを送り込み始めた。
『さあ、楽になるがいい』
圧倒的な不快感と激痛が卓の全身を駆け巡り、凄まじい断末魔が辺りに響き渡る。それに驚いた他の囚人たちが震えあがるが、バンドゥーモは呼びかけを止めることはなかった。
次第に意識が遠のき始め、やかましいバンドゥーモの声も遠く離れていくような気がした。完全に意識が消える直前、満面の笑みを浮かべる男は小さくつぶやいた。
『おやすみ』




