39 すり替えておいたのさ!(過ち)
「はい、これで顔を拭きますね~」
「お、おう」
泣き終わって凄まじいことになっているサクの顔をカーラは取り出したハンカチで拭いてくれた。そのハンカチからは、爽やかな香りがした。
落ち着いたサクはカーラと一緒に設置されていたベンチに座っていた。隣で微笑みながら世話をしてくれるカーラはまるで女神のようにも思えるほどに美しく思えた。これであの性癖がなければ間違いなく完璧なのだが。
優しいその手つきをくすぐったく感じていると、拭き終わったためかその綺麗な手はサクの顔から離れていく。もう少し触れてほしかったと考えていると、カーラは水筒を差し出してくる。
「これを飲んでください~。きっとさっぱりしますよ~」
「……ちなみにどんな効能?」
「飲んでみてのお楽しみです~」
そういってカーラは優しく微笑む。その温かな表情を信じて、サクは水筒の中のものを喉に通した。
味とか臭いは一切なし。何の変哲もない水にしか思えない。内容量の半分ほどを飲み終えたところで、サクはとりあえず水筒に蓋をした。
一体どんな効果があるというのか。特に体の変化が感じられないサクに、カーラが手鏡を渡してきた。それを受け取ると、手で指示された通りに自らの顔を確認する。
「……マジか」
「マジですよ~。これで誰にも泣いてたのはバレませんね~」
「やっぱカーラってこういう関係の知識は凄いな。素直に尊敬するよ」
「それほどでも~」
サクの目の腫れは綺麗に消え、涙の跡も綺麗に消えていた。いつも通りの顔が、手鏡には映し出されている。カーラの配慮に対し、サクはもう頭が上がらなくなっていた。
もう数回は襲われても返すことのできない借りが出来てしまったように感じつつも、サクは手鏡を返した。そして、気持ちを整えるために深呼吸をする。
先は見えないが、いつも通りに過ごすしていこうと思う。特別違うことをしようとはしない方が良い。自分自身、器用ではないということは十分に理解しているからだ。
思いをまとめ上げたサクは、部屋に帰ることを伝えようとしたところで、カーラに抱きしめられた。どんなに回数を重ねようと、その理想郷の感触は素晴らしいものだった。
「これも約束の1つです~。完全回復の確認ですよ~」
「……最高の確認方法だな」
胸に顔をうずめた状態のサクは、顔を真っ赤にしながらもカーラを堪能していた。夢心地の中で、サクはムスコを大きくさせていく。
さあ、確認はできただろうから離してもいいんじゃない? そう思ったサクが視線を上げた瞬間、背筋が凍った。
迷っている。これは今行動に移すかどうか心の中で葛藤しているに違いない。カーラの目は慈愛に満ちたものから、欲望に身を任せた野獣のそれに変貌しつつあった。
震えるサクだったが、覚悟を決める。これだけ世話になったのだから、その分満足させるために頑張らねば。 しかしながらその手が股間に伸びてきたことでサクは声を上げそうになった。
「何やってんの?」
近くからした声に驚いたサクはカーラの胸の中で体を跳ね上げた。その振動にカーラが一瞬艶めかしい声を上げると、サクを解放した。
声がした方向を見ると、そこに立っていたのはニーア。こちらの様子を見て、にやにやしていた。
「朝っぱらからこんなところで、お盛んなことね~」
「いや、ニーア。これは色々と――」
「残念です~。サクと熱く絡み合いたかったのですけど~」
「ほっほ~ん」
カーラが頬に手を当てながら言ったことを聞き、ニーアはさらににやにやを増していく。その表情を見て、サクはもう弁解不可能だと確信した。
ニーアの様子から考えて嫌いになるといったことはないだろうが、今回見たことをネタにからかわれるかもしれない。その未来を予想したサクは、小さくため息をついた。
落胆しているサクへとニーアは近づいてくる。早くもちょっかいを出してくるのかとサクが身構えていると、ニーアはサクの隣に腰かけた。
ニーアとカーラに挟まれる形になったサク。しかも、両端の2人は視線を合わせると、何かを察したかのように頷いた。一体何が始まるんです?
「ねえサク、あたしはまだ恩返しが終わってないって考えてるの」
「んん? もう十分だと思うけど」
「あたしが満足してないの。だから、サクが好きなことをしてあげるわ」
「へ? それってどういう――」
サクがしゃべり終わる前に、ニーアとカーラが両側から身を寄せてきた。温かな人肌と柔らかな感触が左右同時から迫ったことで、サクの鼓動は高鳴っていく。
何が何だか頭に血が上って理解できていないサクに対し、ニーアは悪戯っぽい笑みを浮かべながら耳元で囁く。
「カーラと一緒にあたしもしてあげる。悪くはないと思うけど」
「どうですか~。私もいいと思いますけど~」
「……拒否権はありますか?」
「「ない」です~」
おお、なんと無慈悲なことか。ただでさえヤバい行為にさらに協力者が現れるとは。でも、正直にいうと少し楽しみにしている自分がいる。
2人の吐息がサクの顔へと近づいていく。もうどうにでもなれと思ったサクは、諦めて目をつぶった。犯るなら手早く犯ってほしい。
真っ暗になった視界だったが、サクの頬の両側に温かくて柔らかいものが接触したのを感じた。大きくなり過ぎた鼓動の音の影響で、心臓が口から飛びしてきそうになった。
サクの足に触れた2人の手がゆっくりと移動していく。その目的地は分かりきっている。気絶してしまいそうなほどにサクが緊張していると、その手は突然止まった。
股間のすぐ手前で動かなくなったことを不思議に思い、サクが目を開けた。そして、その視界の中に先ほどまでは存在していなかったものが映し出された。
「デカい鳥……?」
何匹もの大きな翼を持った生物が、その背に何人かの人と物資を背負いながら街と木々の枝の間を飛んでいた。それらは、何かを探すように上空を滞留している。
突然のことに驚いているのはサクだけでなく、カーラもそうだった。しかし、ニーアは違う。その生物の背に乗る人物を遠目で確認し、残念そうな顔をしていた。
「あらま、予想よりもかなり早かったわね」
ニーアはそうつぶやいたが、サクたちは一体何のことかも分からず、生物を見ていることしかできない。
その後、目的の存在を確認したそれらがこちらへと向けて一斉に向かってくる。編隊を組んで近づく生物たちは、とてもかっこよかった。
これが話に聞いていたワイバーンか。近づいてきたことで全容を確認できたサクが心の中で納得していると、先頭を飛んでいたワイバーンがサクたちの近くへと着陸した。
大きなその背中から降りてきたのはニーアに似た褐色の少女。似ているというか、瓜二つだ。彼女がニーアの妹なのかと思った次の瞬間、少女はこちらに向けて走り出した。
「姉さん! よかった!」
涙ぐみながら、少女はニーアに飛びついた。それを受け止め、ニーアは胸に顔をうずめる頭を優しく撫でる。
「久しぶり、ニーア。予想してたよりも早かったわね」
「姉さんの無事が分かってから、休まず飛んできた! よかった、本当によかったぁ!」
「はい、はい。大丈夫よ。私はここにいるから」
「うえええぇぇぇ、ごめんなさいいぃぃぃ、私が姫になってみたいと思ったばかりにいいぃぃぃ!!」
「分かった。もう分かったから、泣くのは止めなさいよ」
「……んんん?」
ニーアの胸の中でニーアが泣いている。いや、今泣いているのがニーア。ワイバーンに乗ってやってきた彼女こそが、ニーアだった。
その状況を確認し、サクは理解してしまった。自分は、とんでもないことをしてもらっていた。国の要ともいえる存在に。
確信に至ったサクが座ったままで固まっていると、妹をなだめながらスモーク国の姫は話しかけてきた。
「今まで黙っててごめんね。あたしの本当の名は『レーナ・ヴィヴィオネット』。妹とお遊びですり替わってたの。改めてよろしく~」
「よ、よろしくー……」
ニーアだったレーナの笑顔を見ながら、サクは気の抜けた返答をすることしかできなかった。




