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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第二章 そうだ首都、行こう
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31 ゆ゛る゛さ゛ん゛

 なるほど、これが俗にいう『堪忍袋の緒』というやつか。心の中で綺麗に切れたそれを確認しつつ、サクは自らの中を探る。

 もしかしたらじゃなく、する。しなければニーアがもっとひどい目に遭う。それは不幸だ。絶対にあってはいけない。可愛いは正義、可愛いは正義、可愛いは正義。大事なことなので3回繰り返す。



「ゆ゛る゛さ゛ん゛」


 

 某ライダー黒のようなセリフを吐き出した後、怒りに震えるサクの瞳が赤く光り輝いていく。閉じた口からは八重歯が伸び、全身に力がみなぎってくる。吸血鬼化だ。

 硬質化した肌と力によって、無理矢理手錠を引きちぎる。腹の虫が収まらないので、面倒な壁も心の底から湧き上がってくる魔力的な力を拳に集約して殴りつけた。

 何度も殴っていくと、砕けた壁の一部から何かの発信機的な機械が出てきた。それを拾い上げ、行為に及ぼうとした男の方を向いた。こちらを見て唖然となっている男に近づいていき、目の前で驚くほどの無表情で機械を握りつぶして見せた。

 男の顔が真っ青なものへと変わる。それを確認し、サクは満面の笑みを浮かべて言った。



「こんな感じで去勢してやりたいと思うけど、どう?」


「本当に申し訳ありません。何でも言うこと聞くから許してください!!」


「ん? 今何でもって言った?」


「はい! あ、でも流石にボスに怒られることは……」


「あ、そう」



 もしかしたら重要なことに関しては口を割らない可能性がある。サクは確実にしゃべらせるために、アージュの呪術を使うことにした。

 心の中でそれをイメージし、指先から波動を男に飛ばした。体と心両方を操りたいため、2つの呪術を同時に出してみた。上手くいくことを願っていると、男の目から光が消えた。どうやら成功したようだ。

 サクは短く咳払いすると、聞きたいことを手短に問いかけ始めた。



「お前らの組織の名前は?」


「『レカー団』」


「ここは?」


「『トング』郊外、秘密のアジト」


「ボスの名は?」


「『バンドゥーモ・レカー』」


「この手錠の鍵はどこにある?」


「第2監視室の重要品保管庫、暗証番号は0728231」


「オナニーは兄さん一番だな。よし、寝てろ」


「分かりましたぐがごおおぉぉぉ……」



 質問を終え、指示通り男は硬いベッドに顔を着けて凄まじいいびきをかきながら眠ってしまった。

 とりあえず聞きたいことは分かった。といっても初めて聞いた地名や組織のことばかりだったので、まだ完全に頭の中の整理ができていない。少なくとも暗証番号は忘れてはいけないのでちゃんと覚えておく。

 手のひらに暗証番号を書いて暗唱していると、柔らかなものに顔が包み込まれる。突然真っ暗になった視界に驚いていると、続けざまにニーアが震える声で話しかけてきた。



「ありがとう……! ありがとう!!」


「んむむ! むごがご!」



 両手を手錠で拘束されながらも、ニーアはサクを抱きしめていた。サクの後頭部には、手錠と思われる硬い物が押し付けられ、前面には程よい大きさの胸が押し付けられている。

 しかしながら、呼吸ができない。なんとかそれを伝えようとするも、中々締め付けが強いために柔らかな拘束から抜け出すことができない。



「覚悟はしてたつもりだった。でも、怖かった、怖かったの。ありがとう、サク。本当にありがとう!」


「む……、ほが……」


「……あ、ごめん!」


「ぶっほあぁ! し、死ぬかと思った……」



 ようやく解放されたサクは急いで酸素を取り込む。吸血鬼化しても、サク自身の精神が強くなることはないようで、小さいムスコが反応していた。

 ムスコが元気になるということは、吸血鬼化には勢力復活の効果があるのかもしれない。そんなことを考えながらも、サクは股間を隠すように内股になった。

 呼吸が整っても真っ赤になったままのサク。そんな姿を見て、涙を流していたニーアは笑顔になった。



「抱きしめられただけでそんなに反応しちゃうなんて、どんだけサクはウブなの?」


「う、うるへーい! やっぱりこういうのは慣れないんだよ!」


「あっはは。もう一回してあげようか」


「止めてください何でもしますから」



 笑い続けるニーア。ようやく見ることのできた笑顔に、サクは安心していた。

 後は鍵をとってニーアを自由にし、このレカー団とかカレー団とかいう夕食の定番みたいな名前の組織から逃げるだけだ。何も心配になることはない。

 


「よし、ニーアの完全解放&脱走目指してレッツゴー!」


「ごー?」


「あ、俺の住んでるところの掛け声みたいなもんだから気にしないで」


「へー、そうなんだ」



 不思議そうにしながらも、ニーアは破けた衣服が脱げないように手で支えながらベッドから立ち上がった。その前を先導するようにサクが扉の前まで歩いていく。

 たどり着いた扉の前で立ち止まる。しばしの間。しかし、その間が終わることなく続く気配に気づき、ニーアが背後から問いかける。



「……扉の開け方教えてもらってなかったわね」


「……ええい、ままよ!!」



 ほんの僅かであっても背後のベッドに戻るのが面倒に思えたサクは、拳に力を集約し始める。どうせ悪人どもの作った施設なのだ。どんだけ派手にぶっ壊しても文句は誰も言わないはずだ。

 ニーアに危ないから下がるようにと伝えた後、厳重にロックされた扉に向かって拳を突き出した。その時、咄嗟に思い付いた技名を叫んでみた。



「サクスペシャル!!」



 ネーミングセンスの欠片も無い技名とともに放たれた一撃は、扉を吹き飛ばした。塵が舞い上がる中、部屋の中とは違って明るい廊下の光が差し込んでくる。

 その塵を吸い込んでしまい、サクは咳き込みながらも廊下に出てみた。真っ白で綺麗な廊下の天井には、いくつもの電灯が並んでいる。ちょっとお洒落な廊下にサクは驚きつつも、ニーアを部屋から呼び出した。

 突き当たりの所にもう一つ扉があるだけで、他に目立った物は何一つない。そんなオサレ空間の中をサクは進んでいくが、何かに気づいたニーアが足を止めた。

 


「……地震?」


「お。本当だ。揺れてる」



 建物が揺れていた。震度的に言えば、震度1ぐらい。立ち止まれば感じることができるぐらいの揺れが、断続的に続いている。

 異世界でもやっぱり地震はあるのか。そう思いつつもサクはニーアとともに扉の方へと向かった。

 案の定、その扉も厳重にロックされていた。大きくため息をつきながら、サクは再び拳に魔力を集中させていく。正直に言ってこの作業も面倒くさいため、この扉ごと建物の端まで穴を開けてやろうと考えたサクは、先ほどの3倍に近い力を溜め込んだ。

 


「サクスペシャル2!!」



 早くも2が出た糞ネーミング技。放たれた膨大な力は扉を消し飛ばし、巨大な拳状のエネルギーの塊が壁を突き抜けて飛んでいく。

 そして突き抜けられない壁に激突して塊が消滅したのを確認すると、サクは歩き出した。その隣を歩くニーアは、小さくも尋常ではない力を披露するサクを不思議そうに観察していた。

 隣からの視線が気になりつつも進んでいくと、定番夕食団の構成員と思われるバンダナ姿の男たちがサクの姿を見て逃げ惑う。



「や、やべえよこのガキ!」


「逃げろ! 殺されるぞ!」


「でもどうすんだよ! 上も地獄らしいぞ!」


「いいから逃げるんだよおおぉぉぉぉぉ!」



 慌てふためくその様子は見ていて少し面白い。その内の1人を案内のために捕まえると、アージュの魔術を使って鍵の所まで案内させることにした。

 人っ子1人いなくなったアジトの中は明かりが消えて真っ暗になってしまった。非常電源的なものが作動しそうにないため、サクは頭の上にアイリスの燃える球を形成して進んでいく。

 道中において窓が確認できず、先ほど逃げる構成員が上とか言ってたから、ここが地下だと理解したサク。こんなものを建設できるとなれば、夕食団は結構儲かっていることが予想できた。

 揺れが断続的に続く中、異世界の闇も結構深いと考えていたところで目的の第2監視室に到着した。保管庫に暗証番号を入力し、その中にあった鍵でニーアを解放した。



「はあ……。本当に解放されたんだ」


「おう、ニーアはもう自由だぞ」


「……ありがとね、サク。この恩は忘れないから」


「でもまだ安心しちゃだめだぞ。家に帰るまでが脱走だからな」


「ふふっ。そうね」



 楽し気に笑うニーア。やはり笑顔が可愛い。褐色女子最高だわ。

 そんなことを考えながらサクはにやけつつも、構成員から上着をはぎとってニーアに手渡した。少しサイズの大きそれに袖を通し、目のやり場にこまる胸元を隠す。

 お役目ごめんとなった構成員に逃げてもいいことを伝えると、我に返った彼は素っ頓狂な悲鳴を上げながら真っ暗なアジトの中を走り抜けて行った。奥の方からはどこかで何度も激突するような音が聞こえてくる。

 一段落着いたところで、サクは部屋の中を見渡した。監視室であれば施設内部図があると思ったからだ。ニーアにも手伝ってもらいつつ、あるであろうそれを探す。



「あ、これね」


「おー。やるなニーア」


「それほどでも。えーっと、監視室がここなら、こう行けばいいのね」


「把握も出来た感じか。それじゃあ道案内頼める?」


「任せて。それじゃあ行きましょ」



 笑顔でニーアが手を差し出してきた。それに応え、サクは温かいその手を握って一緒に歩き始めた。2人のその姿は、お化け屋敷の中を進む姉弟に見えなくもない。


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