30 はじめてのゆうかい
「――んん」
少し肌寒いところでサクは意識を取り戻した。強制的に抑え込まれたためか、いつもの眠りから覚めるときと違う不快感を体が訴えている。
体の中心と脳しか覚醒していなかった体が、ゆっくりと感覚を得ていく。あと少しで目が明けられるようになるといったところで、サクは気づいた。
「……?」
柔らかくて温かい。心地よい感触の上に頭を乗せている。一体何なのか確認するために、その目を開いた。
ぼやけた視界に天井に吊るされているたった一つの電球の弱々しい光が入り込んでくる。その光に目が慣れてきたとき、視線の先に人の顔のようなものが存在しているのを確認できた。
まばたきを繰り返し、視界をはっきりさせていく。ぼやけていたそれがくっきりと浮かび上がった。
「おはよう、名無し君」
「お、おはよー……」
黒髪で褐色の肌をもつ少女だった。綺麗な紫色の瞳で、膝の上に寝かせつけたサクをのぞき込んでいる。胸はそれなりの大きさだ。
こりゃまた可愛い子の膝で眠れていたとか幸せだ。あわよくばもう少し。そう考えて再び目をつぶろうとしたサクだったが、気を失う直前の出来事を思い出して急いで上半身を起こそうとした。
「ハクったぁ!?」
「いったぁい!!」
突然起きようとしたために、少女と勢いよく額同士をぶつけてしまった。苦悶の声を上げるとともに、ぶつけた場所に手を当てて痛みをこらえる2人。
サクは額を抑えたまま少女の膝の上に再び頭を寝かせつけていると、少女が涙目になりながらも話しかけてくる。
「体起こすなら言ってよ。あ~、いだい~」
「す、すまん……」
見ず知らずの少女とともに悶えつつも、サクは周囲を見渡してみた。
家具とかそういったものは一切置いていない。生活するうえで必須となるであろうベッドとトイレがある。たった今サクが横になり、少女が座っているのがそのベッドだ。
まるで囚人用の檻の中のような場所だった。窓とかもないため、部屋の中を照らしているのは配線の先に足らされている電球のみ。読み物とかしたら視力が落ちそうな部屋。ボロボロの扉には過保護ともいえるレベルの複雑そうな鍵がついていた。
誘拐するとしてももう少しまともな部屋に入れてほしいと、顔も知らぬ主犯に対して心の中で文句を言うサク。今度は額をぶつけないようにと気を付けながら、上半身を上げてベッドの上に座った。
ホテルのものとは違いとても硬くて寝心地の悪そうなベッドの上で、サクは目の前にいる少女に話しかけてみた。
「えーっと、俺はサク。君の名前は?」
「あたしは『ニーア』。びっくりだわ、そんな見た目なのに礼儀正しいのね」
「見た目より年取ってるからな。さてと、どんな話をすればいいのか……」
驚いているニーアは結構可愛かった。その膝の上では分からなかったが、黒髪は腰の辺りまで伸びているのに気が付いた。その肌の色から陽気なブレームのことを思い出したが、今はどうでもいいので置いておくことにする。
ここが一体どこなのか分からない今、とりあえず自分はいつここに連れてこられたのかを問おうとしたとき、ニーアが何かに気づいたようで、いきなりその整った顔を近づけてきた。
お互いの体温が感じられるほどにまで接近してきたニーアは、真っ直ぐにサクの瞳を見つめてくる。麻の布でできた服からの自然っぽい香りと、ニーア自身の汗と思われる体臭を嗅いで鼓動を高鳴らせてしまうサク。
健康的な臭いですな。変態っぽい感想を心の中で言い放つ。それと同時に、視界の下の方に健康的な谷間を確認することができた。こういうチラリズムもたまりませんな。
心の中では強気だが、ニーアをすぐそばで感じて顔を赤くするサク。観察の終わったニーアは顔を離していき、がちがちになっているサクの様子を見て笑った。
「なるほどね。色々と大変そうね、あなた」
「え? もしかして見つめただけで分かったのか?」
「とりあえず本当の姿は見えた。さぞつらい人生を歩んできたんでしょうね」
予想通りの指摘にサクはため息をついた。今の幼いサクは確かに可愛い顔をしているが、随所で未来の片鱗を見せ始めている。特にエロいことを考えているときは常にあの冴えない顔に最も近づく。その機会が徐々に増え、ああなったのだ。
ちなみにサクの冴えない顔は父親譲りのものだ。似てほしくないところが似てしまったとよく母親が嘆いていたのを思い出す。
「あの顔は生まれつきだ。いや、本格的に似てきたのは中学……って、今はそんなことどうでもいいんだ。ニーア……で合ってるよな」
「ええ」
「よかった。ニーア、俺ってここにいつ連れてこられたんだ?」
「そうね……。2時間前くらいだったかしら。高値商品同士で仲良くしてな。って男が言ってたわ」
「高値商品。こりゃ人さらいの中でもトップクラスにヤバそうなところにさらわれたか。……んん?」
頭を掻こうと上げた右手に左手がついていく。両手には自由を妨げるように、特殊な手錠がはめられて離れないようになっていた。
初めての感覚に戸惑いながらもサクはそれほど重くないそれを確認した後、試しにすぐそばの壁に叩き付けてみた。しかし、壊れるどころか傷1つつかない。
「無駄よ。あたしも何度も試した。驚くほど頑丈だし、これのせいで魔法の類も一切使えないわ」
「んー、厄介だな。ニーアはこれをずっとはめてるのか?」
「うん。部屋に入れられる食事もこのまま食べなくちゃいけないから困ってる。それだけあたしを逃がしたくないんでしょうね」
そういってニーアは天井を見上げた。寂しそうなその表情を見たサクは、どうにかして外せないかと方法を模索し始める。
とりあえず、部屋の扉へと向かう。外の音が少しでも聞こえてこないか、耳を当ててみる。だが、音は全く聞こえてこない。扉が厚いのか、単に見回りとかがいないのかこれでは分からなかった。
その他にも脱出できそうなところがないかを探してみるが、殺風景な部屋の中にめぼしいところは見当たらない。どうしたものかと思い悩むサクが部屋の中を歩き回っていると、ニーアが話しかけてくる。
「どこにも逃げ道はない。ここに連れてこられてから1週間、色々とあたしも考えたけど駄目だった」
「1週間もいたのか」
「4日超えたあたりからもう逃げるの諦めちゃった。最悪の場合でも、生きていられればいいと思い始めてた。良かったわ、話し相手ができて」
笑うニーアだったが、その笑顔からは物悲しさが伝わってきた。そんなものを見せられたら、男としてはどうにかしないといけない気になってしまう。
諦めきれないサクが足りない頭をフル回転させていると、異変が起こった。
「ぶへっ!?」
「サク!? 大丈夫!?」
「な、何とか……」
磁力的な何かに手錠が引っ張られ、勢いよく壁に叩き付けられてしまった。強く打った頬が痛い。
歯が折れていないことに安堵しながらも、サクは壁に引っ付いて離れようとしない手錠を部屋の中心へと引っ張る。しかし、驚くほど強い力は壁から手錠を離そうとしなかった。
一体何が。苛立ちながらもサクは引っ張り続けていると、部屋の扉が開いた。明るい廊下からはバンダナを巻いた1人の男が入ってきた。
扉を閉め、サクが壁際にいることを男は確認するとニーアに近づいていく。その男に対し、ニーアはその両手を振り上げる。
「はい残念」
「いっ!?」
男がポケットの中の物に触れると、ニーアの手錠から全身に電流が流れた。一瞬とはいえ強力なそれに、小さな悲鳴を上げてニーアはその場に崩れ落ちた。
「抵抗したらこうだ。素直に俺の言うこと聞いてくれるか?」
「誰がお前なんかの……?」
「そうか。ならこうなるぞ」
「あだだだだぁぁ!!」
「サク!?」
壁際にいたサクの手錠から電流が流れ、全身を駆け巡る。スーパー銭湯とかにあった電気風呂とはけた違いの痛みを伴う刺激に、サクは体を震わせた。
これは死ぬかも。要塞でアイリスに噛まれたとき以上の痛みを感じていると、ようやく電流が止まった。目の前がちかちかする。気を失わなかったのが奇跡に近い。
サクが飛びそうな意識をなんとか持ちこたえている中、男のゲス笑いが部屋の中に響き渡る。
「あいつの娘のお前なら、市民がこんな目に遭うのは見過ごせないよな。さあ、大人しく言うこと聞いてくれよ」
「……分かった。どうすればいいの?」
「そりゃーこうするでしょ」
「!!」
男は糞みたいに寝心地の悪いベッドにニーアを押し倒した。強く背を打ち付け、痛みを感じているニーアが涙目になっているのにも関わらず、男は満足そうな笑みを浮かべていた。
「商品として出される前に、お前をさらった俺にボスが許してくれたのさ。犯っていいってな」
「……おい、お前――」
「ガキは黙ってな」
「うぬうあああぁぁ!?」
意識が朦朧とする中でサクが止めさせようとしたところで再び電流が流される。激痛に耐えられずに断末魔を上げ、その場でもだえ苦しむ。
電流が止まり、サクは肺に呼吸を取り込む。体中が焼かれているように痛い。それでも、目の前で胸糞悪いことをさせないためにもサクは口を開こうとする。
そんなサクに、押し倒されたニーアが強がった笑顔を見せていた。まるで、こちらを安心させるかのように。
「こんなに可愛い子と犯れるなんて夢のようだよ。さーて、楽しませてもらうか」
「く……、んんっ!」
男の手がニーアの胸に触れる。強引なその手つきに、ニーアは苦悶の声を上げた。
まだ出会って、話してから数分しか経っていない。ニーアのこともまだ何も知らない。ほとんど他人である存在であっても、黙って強姦されるのを許していいのだろうか。いや、許していいはずがない。
こういうのは趣味じゃないし、何よりも女の子が、女性が本気で嫌がっているのを見たいとは思えない。男であればそうであるはずだ。
嫌々ながらもサクのために男の行為を耐えるニーア。男の手がニーアの服の首元を掴み、強引に引きちぎった。
「嫌っ!」
「嫌じゃねーだろ」
男は一切の手加減なしで声を上げたニーアを殴りつけた。口の中が裂けたためか、唇の端からは血が滲んでいた。
それを壁際から確認したサクは、自分の中の理性とは違う何かが切れたのを感じ取った。




