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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第二章 そうだ首都、行こう
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29 旅に困難はつきもの

「ごめんね、遅くなっちゃった」


「あ、お帰りアイリス」


「お帰りなさい~」


「……」


「……? どうしたの、サク?」



 受付から戻ってきたアイリスは右端の席でサクが真っ白になっていることに気が付いた。問いかけてみるが反応がない。その様子に、隣に座っているハクも心配していた。

 心ここにあらずといったその姿。だが、アイリスはハクの隣、左端の席に座っているカーラがつやつやしているのを見逃さなかった。

 


「カーラ……、まさか……」


「してませんよ~。私ここにずっといました~。ね~ハク~」


「うん。いたと思うよ。たぶん」


「ハクがそういうなら……」



 信頼性の高いハクがこう言っている。もしかしたら考えすぎなのかもしれない。アイリスはこれ以上の追及は止めようと思ったのだが、サクが次に放った一言が状況を一変させる。



「もうお婿にいけない……」


「カ~ラ~?」


「……ごめんなさ~い」

 


 久しぶりにどす黒い笑みを浮かべるアイリス。圧倒的な雰囲気にカーラは歯向かうことなく素直に頭を下げた。

 周囲の人々が一体何事かとサクたちを横目で見ているが、それに構うことなくアイリスはうなだれたままのカーラに説教を始める。



「あんたのそれは犯罪よ! サクだったからいいけど、一般の男の子に手を出したら私が直接騎士団にその身明け渡すからね!」


「反省してます~。するとしてもサクだけにしますから許してください~」


「……ん? ちょっと待って」



 謝り続けるカーラ。そんな中で真っ白になりながらも会話を聞いていたサクが首をかしげる。何かがおかしい。



「見てるからね。絶対にサク以外に手を出したら許さないから」


「はい~。肝に銘じておきます~」


「待った待ったっ待ったぁ! 俺はいいの!? あれを!? あと何回も経験するの!?」


「別に嫌ってわけじゃないんでしょ?」


「嫌、そりゃー、その、確かに気持ちよかったけど、あんなハードなのを何回もされるとなると体が……」



 真っ白になりながらも内心では満足していたのをアイリスには見透かされていたようだ。サクは少し頬を染めながら口ごもることしかできない。

 確かにとても気持ちよかった。しかしながら体力と精力的な面から考えて、あれをこれ以降も繰り返すとなれば、最悪の場合廃人になりかねない。

 脳内でトイレでの出来事が鮮明に浮かび上がる。いつもであれば反応する股間も、今では全く反応しない。それほどカーラの熱烈なそれは凄まじかった。

 そんなサクの様子を不満そうに見つめるアイリスは、ため息をついた。



「これはカーラが犯罪を犯さないための措置よ。サクにとってカーラも大切な人なんでしょ? だったら頑張りなさいよ」


「仕方がないの……かねえ」


「私からもお願いします~」


「……はあ、頑張るしかないか」



 アイリスの言う通り、カーラが捕まる姿をサクは見たくない。苦悩しながらも、大切な存在のために奮闘することをサクは自らの心に言い聞かせた。

 以前の自分からしたら願ってっもいない関係を持つことができたことに喜んでいただろう。だが、実際にされてみてその考えも変わった。自家発電とは比べ物にならない体の負担は、運動不足のサクの体に悲鳴を上げさせ始めていた。

 左端に座るカーラがフワフワした笑顔を向けてくる。それに対してサクが疲れたような笑顔を返す。頑張らねばとサクは考えたところで、腹から異常を知らせる音が鳴り響く。

 ストレスからくるものか、冷えからくるものか判別不可能なその痛みに耐えかねて、サクはアイリスに冷や汗を流しながらも話しかけた。



「す、すまんアイリス。ちょっと腹が……。トイレもう一回行ってくる」


「大丈夫? 1人で行ける?」


「大丈夫。すぐ戻るから……、ぐおおぉ……」



 怒りの表情が一変し、こちらを気遣ってくれたアイリスに苦しそうに笑いながら返答しつつ、腹を抑えながらサクはトイレへと急いだ。

 その後ろでついて行こうとしたカーラをアイリスとハクが取り押さえ、椅子へと座らせた。背後で再び始まった説教を聞きながら人混みの中を進んでいく。

 たどり着いたトイレ。1つだけ空いていた個室に飛び込み、腹の中で暴れまわる物を静めるためにすぐさま便座に腰を下ろす。

 間髪入れずに暴れ牛が飛び出していき、サクは耐えがたい痛みから解放された。爽快感溢れる笑顔を浮かべながらも、汚れた部分をふき取ろうと壁に取り付けられている紙に手を伸ばした。

 サクの全身が固まった。その小さくなった手の先には、欲する物が存在しない。まさかこれほど大きい施設のトイレでなくなっているとは予想していなかった。



「……おお、神よ。疲れ果てたこの体に何と惨い仕打ちを……」



 紙だけに神。ありきたりすぎて失笑間違いなしくだらなすぎるつぶやきだった。そんなことを考えるほど、サクの心は追いつめられていた。

 だが、まだ希望はある。個室は全部埋まっていたのだ。だとすれば隣にまだ誰かがいるはず。意を決して話しかけようとしたその時、トイレの中に声が響き渡る。



「「「「テンガ様、その他の皆さま、紙をお持ちいたしました!」」」」


「ん、ご苦労。皆喜べ。紙が届いたぞ」


「「「「上から投げ入れます、受け取ってください!」」」」



 4人組の声とテンガの声。他の個室からは喜びの声が上がる中、サクは2度目の予想外に呆気をとられ、純白の便座の上で苦笑いしていた。

 個室全ての紙が無くなっていた。そんなことあるのか。そして探しても見つからなかったテンガと4人組にこんなところで出くわすとは。

 サクが唖然となっていると、他の個室から水の流れる音が聞こえてくる。我に返ったサクは、急いで救援を求める。



「テンガ! 俺にも紙をくれ!」


「ん? 少年? そっちも紙がないのか」


「そう! 助けてくれ!」


「分かった。ちょうど隣だな。受け取ってくれ」


「すまん! 助かる!」



 礼を言った直後、隣の個室から紙が投げ込まれてきた。それを受け取り、若干乾き始めていた部分をふき取った。

 九死に一生とはまさにこのことか。深く、深~く、隣にいるテンガに感謝する。さすが、神器の名を冠している完璧な騎士。あ、でも感謝すべきは持ってきてくれた4人組の方か。

 そんなことを考えながらも、サクは便器の中に汚れた紙を入れ、流した。満足していると、隣の個室が開いた音がした。きちんと礼を言うために、下を急いで履いてサクも個室から出る。



「ありがとなテンガ……って、あれ?」



 綺麗に掃除されたトイレの中にはテンガの姿はなく、4人組もいなかった。手早く手を洗って外に出てみるがその姿は見当たらない。

 多くの人が行き交う中を見渡してみるが、見つけられる気がしない。またも話す機会を失ってしまったことに、サクは渋い顔をしていた。

 つい先ほどのことを思い返してみると、テンガは自分のことを少年といっていた。どうやら、声だけではサクだと分からなかったようだ。もしこの姿で話しかけても誰だか分からなかったかもしれないし、下手したら迷子として扱われてしまったかもしれない。

 いろいろ考えていても状況が良い方向に動くとは思えない。小さくため息をついたサクはテンガたちのことを諦め、アイリスたちの下へと戻ることにした。



「んぐっ!?」



 サクの口元に白い布のようなものが背後から伸びてきた手によって押し付けられた。その布からは、何とも言えない甘い香りが漂ってくる。

 いきなりのことに驚きつつも、吸血鬼状態になろうとするサク。しかしながら、視界が揺らぐとともに心もこれまでにない浮遊感に襲われ、しっかりと意識を保つことができない。

 これはやばいと思いつつも、意識が薄れていく。目に映る景色の色がなくなっていく中で、背後から2人の男の声が聞こえてきた。



「黒髪に黒目、この容姿。いい値がつくぞ」


「だな」



 本当にマジでやばい。誘拐だこれ。そう心の中でサクはつぶやいたが、もう体に力が入ることはない。崩れ去るその体を、男の腕が支えた。

 


「サク!!」



 視界はもう真っ暗だったが、ハクの叫び声が聞こえてきた。それに男たちも驚いたようで、すぐに移動を開始した。



「おい、女が気づいたぞ」


「やべえ。ずらかろう」



 逃走する男たちの会話を耳にした後、サクはわずかにつなぎとめていた意識を完全に失った。


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