26 寝る子はほにゃらら
「エロブォォオン!?」
「ひゃあ!? びっくりした!」
バスローブに身を包んだサクが、ベッドから汗だくで上半身を起こした。すぐ隣でその汗をタオルで拭っていたアイリスは、驚いて飛び退く。
「止めてくれ! もう俺のライフは……って、あれ?」
「酷い夢を見てたんですね~。はい、お水です~」
「あ、ありがとう、カーラ」
微笑みながらカーラが手渡してきたコップを受け取り、その中に注がれていた水を一気に飲み干す。心地よい冷たさが、喉を通り抜けて体全体に染みわたっていくのを感じた。
のぼせによる影響はまだ続いているようで、まだ少し視界が揺らいでいる。それに凄まじい悪夢が重なったことでサクの精神はすり減っていた。幸いなのは酷かったというだけで、見た夢のことはもうほとんど覚えていないということだった、。
疲れと安堵の両方の意味が込められた深いため息をサクは漏らした。その疲れ果てている様子に、近くに立っていたハクが沈んだ様子で話しかける。
「ごめんね、サク。私のせいで長風呂になっちゃったんだよね?」
「いや、ハクは悪くないぞ。自分の体調管理ができなかった俺のせいだ」
「でも……」
「でももへちまもない。またお話してあげるから、そんなに暗くならないでくれ。元気なハクが俺は大好きだからな」
「……うん。分かった!」
明るい笑顔に戻ったハク。その頭をサクは優しく撫でてあげた。だが、撫で続けているとその可愛い顔が目の前で分裂を始める。
くらくらする頭に耐えきれず、サクは起こした上半身をベッドに倒してしまった。温かな塗装色の天井が視線の先で揺らいでいる。回復にはまだ時間がかかるというのが自分でもよく理解できた。
その額から噴き出した汗を、アイリスが丁寧に拭う。感謝の言葉を述べようとしたが、ちょうどタオルが口元にやってきたことでそれは遮られてしまう。
「この様子じゃ朝まで続きそうね。2人は部屋に戻っていいわよ。後は私が何とかするから」
「了解! それじゃ、サクのことよろしくね!」
「水差しはテーブルの上に置いてあります~。おやすみなさい、サク~、アイリス~」
サク体を気遣ったハクとカーラは部屋から去って行った。静かになった部屋には、のぼせたサクとそれを看病するアイリスの2人が残された。
ベッドに横たわったまま目を回し、汗を流し続けるサクのそばからアイリスは一時も離れようとはしなかった。それに対して感謝の言葉を述べようとするも、唐突に訪れた体のだるさと眠気が口の動きを抑制してしまった。
そんな状態でも何とか思いを伝えようと試みるが、うまく体が動いてくれない。どうしたものかとサクが思い悩んでいると、アイリスは優しく語り掛けてくる。
「言いたいことは分かってるから大丈夫よ。眠れるなら寝ちゃった方がいいと思うけど、どう?」
察してくれたことにありがたいと思いつつも、眠ることに恐怖しているサク。もしかしたらまた悪夢を見ることになると考えると眠りたくはなかった。
不安気なその表情を見たアイリスは一通り汗を拭き終わった後、サクの横に寝転がって手を握ってくれた。途切れそうな意識の中でも、その温かくて柔らかなアイリスの手を感じて、サクは徐々に安心することができた。
「大丈夫。私がいるわ。おやすみ、サク」
それを聞いた途端、抑えきれなくなった睡魔がサクに襲い掛かった。おやすみの一言を絞り出すためにサクは意識を集中したが、その時唇に柔らかく、温かい何かが触れた。
掠れた視界の向こうには、アイリスの顔。目と鼻の先にあるそれを確認しながら、サクは静かに眠りについた。
※
「うふふ~。さぁ~て、どれがいいでしょうかね~」
上機嫌なカーラは、自身の収納方陣から取り出したものをテーブルの上に置いていく。すぐ近くのベッドでは、ハクが可愛らしい寝息を立てて眠っている。
並べられていたのは洋服。しかしながら、そのサイズはかなり小さめ。間違いなくカーラが着ることのできる大きさではない。もちろん、サクたちも着ることは出来ないだろう。
どちらかといえば男の子用に見える服の数々は、カーラの手作りだった。丁寧に作りこまれたそれらは、職人が作り上げたものと変わらない見事な出来栄えだった。
「今まで通りならこの旅人さんのお洋服ですかね~。それとも、アイリスが好きなブランドに近い方がいいでしょうか~。悩みます~」
これらを着ている姿を想像し、カーラはその場で身もだえしている。フワフワとした雰囲気は、これまで以上に強くなっていた。
結局1つに絞ることができなかったカーラは、似合うであろう服を4着ほど出しておいて眠りにつくことにした。ワクワクしながら、ハクの隣に横になる。
一切の邪気のない可愛らしい寝顔のハク。起こさないようにその頭を優しく撫でると、とても嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「すみませんねハク~。どうしても感情を抑えられませんでした~」
カーラは聞こえることのない謝罪を小さな声でつぶやいた。これまでの道中で我慢していた分、もう限界に近づいていた思いを抑え込むのは不可能だと判断しての行動だった。
翌朝を待ち望みながら、カーラは眠りにつく。間違いなく、自らの理想に近い姿になっていることを願いながら。
※
「――んん」
ふかふかのベッド。すぐ隣にはアイリスだと思われる熱源。意識が覚醒し始めたサクは、瞼をゆっくりと開いた。
閉められたカーテンの隙間から朝日がわずかに入り込み、うっすらと部屋の中を照らしている。昨日寝る前に見たホテルの天井を見て、安心したサクは上半身を起こした。
のぼせによるくらくらはもうなかった。完全に覚醒しきっていないためか、すこしぼやけている視界をはっきりさせるために目をこする。
隣で寝ているアイリスを起こさないようにゆっくりとベッドの上を移動し、あらかじめ用意してくれていた部屋用のスリッパを履こうとした。
「……んんん?」
どうやらかなり大きいサイズのスリッパのようだ。サクのつま先が奥まで届かない。もしかしたら、アイリスが寝ぼけながら選んだために、サイズ違いのものを選んでしまったのかもしれない。
そう考えたサクはスリッパを履くことなく、ベッドから素足で立ち上がった。一応ふかふかのカーペットが敷いてあるため、足裏には優しい。
だが、立った瞬間着ていたバスローブが脱げてしまった。寝ていた時に乱れた結果なのだろうと思ったサクが床に落ちたそれを拾おうと下を見た瞬間、固まった。
小さくなっている。ムスコが。そして生えそろっているであろう密林も存在しない。手で触って確認してみるが、本当に小さくなってしまっている。試しに少し触ってみると、いつものように感じるためにため夢ではないことが確認できた。
急いで部屋の壁に設置されている大型の鏡の前へと急ぐ。短かった足がさらに短くなったために移動速度が大幅に下がっていることを腹立たしく感じながら、鏡の前に立つ。
「んんんんん!?」
鏡の前に立つ自らの存在に驚きの声を上げたサク。変声期を迎える前の少し高めのその声に気付いたアイリスが、ベッドから上半身を起こした。
「起きたんだ。おはよーサク……って」
「お、おお。アイリス、おはよう……」
寝ぼけていたアイリスの顔が驚愕した顔へと変わる。何が起きているかアイリスでも理解できないようだった。
その小さな手で同様に小さくなったムスコを隠しながら、サクは素直に今の自分の気持ちをつぶやいた。
「どうなってんだよ、これ……」
サクは、今のハクと同じくらいの幼い少年の姿になってしまっていた。




