19 冴えてた三日間
「サク、そのお肉ちょうだい!」
「おう。あんまり食べ過ぎんなよ」
「ハクは食べ盛りですね~」
「ほんと、よく食べるわね。ほら、私のもあげるわ」
「ありがとう!」
少し広めのホテルの一室で、サクたちは夕食をとっていた。冴えない男、美女2人に美少女は平穏な食事の時間を楽しんでいた。
アイリス率いる遊撃部隊はついさっきまで行われていた会議の場で、一時的に他の遊撃部隊と合流して活動することが決まった。これでアイリスは何の気兼ねもなく、首都へと戻れるようになった。
明日の朝出発し、随所の街で寝泊まりしながら今この部屋にいるメンバーで首都に向けて旅立つ。遊撃部隊とゲイリーには騎士団の車を使うことを勧められたが、旅を楽しみたいということで却下した。
資金に関しては、アイリスの手持ちと伝言とともにアイリスの祖父から送られてきたものがあるので問題なし。サクはアイリスに深く感謝することになった。
「やっぱり驚きだわ。サクが異世界からの転移者だなんて。それにお爺様も関わってた……。気付けなかった私はまだまだ未熟者ね」
サクが転移してきたことを知ったアイリスは驚いていた。ちなみにしゃべるきっかけになったのは、伝言を教えてもらい、アイリスに祖父の写真を見せてもらったことだった。
その写真の老人は、サクがここに来る直前に横断歩道の向こう側で白いローブを着ていたそれだった。鮮明に覚えているために、間違いない。
巨乳の美女が好きだという点も合致していた。サクはこのクロノスというアイリスの祖父から話を聞くことが、新たな目的の1つとなった。
まだ分からないことだらけだが、とりあえずはやることが見つかって安心しているサク。首都に着いた後に執事としてやっていけるか若干の不安があるが、まあどうにかなるといった根拠のない自信をもつことにした。
そんなこんなで談笑していると、気づけば食事の時間は終わっていた。昨日と同様に小さな鐘を鳴らすと、従業員が駆け付ける。
手早く片付けを行う様子に感心していたサクだったが、あることに気づいた。従業員たちの顔が、神器騎士の四人組に似ている気がしたのだ。
もう終盤に差し掛かった片付けの中で、サクは思い切って質問してみた。
「なあ、あんたたち。もしかしてテンガの――」
「「「「はい、そうです!」」」」
「お、おお。やっぱりそうか。何でここに――」
「「「「お小遣い稼ぎです!」」」」
「あ、そう」
「「「「では!」」」」
完全にシンクロして返答してきた四人組は、素早く部屋を後にしていった。塵1つ残さずに綺麗になったテーブル。見事としか言いようのない手際に、改めて感服していた。
とりあえず一段落。アカベェにて色々とあったためか、サクは普通に疲れていた。いつでも寝落ちしていいように洗面所へと歯磨きに向かう。
するとそれに合わせるように、部屋にいる4人全員が歯磨きをし始めることとなった。しかも誰1人として洗面所から出ようとしない。
狭い中をかき分けてコップの水を口に含み、しっかりとゆすいで吐き出す。一番乗りで出ようとしたサクだったが、美しい女体に行く手を阻まれて出られなかった。
仕方なく全員がゆすぎ終わってから洗面所から出た。素直に、何故一緒に行動するのかとサクは文句を言いたかったが、それはカーラの一言によって遮られる。
「これで準備完了ですね~」
「え? 何が?」
「あんなに早く歯を磨いて、今更知らないふりはよくないですよ~」
「だから何――」
問いただそうとしたサクの口を、カーラの唇が塞いだ。昼間と同じ圧倒的な舌技がサクを襲う。
訳が分からずに真っ赤になって硬直するサク。それと同様に、アイリスも硬直していたが、ハクは先を越されたといった感じで悔しがっていた。
しばらくして解放され、サクはベッドへと力なく腰かけた。もはや問いただすことのできる気力はサクにはなかった。
「食事の後すぐに歯を磨いたということは、キスする相手を気遣っているということ。それを夜、それも女性がいる時にすることは、『したい』という合図。大胆です~、サク~」
「い、いやいやいや! 俺知らないぞそんなこと! どうなんだよアイリス!」
「……カーラの言ってることは本当。グリールにおける恋愛常識。まあ、異世界から来たあんたじゃ知らなかっただろうけど」
「本でこのことは知ってたから急いだのに!」
「残念でしたねハク~。一番乗りは私です~」
そんな後出しじゃんけんされても知らないものは知らない。本当に疲れているので早めに寝たいという思いのサクは、その気はないことを伝えようとしたが、予想外の発言に再び遮られた。
「わ、私でもいいなら、させてあげるけど……」
「……!?」
恐らくしたくない組みに属する考えていたアイリスが頬を染めながら告げる。それを聞いたサクは言葉を失う。
この場面であれば、アイリスならいつものノリで変態といって罵り、反対してくると思っていた。恥じらいつつ、うつむいたその様子に、サクは心を奪われる。
そんなのありかよ。ここにきてアイリスにときめくことが多くなっていることに驚くサク。可愛いは正義と昨今では言われたりするが、こんなに可愛らしい存在を目の前で見ることになるとは。
2人の様子を見たハクとカーラは、何かを思いついたように顔を見合わせる。そして、行動に移した。
「じゃあ最初はサクとアイリスで~」
「楽しんで~」
「え!? ちょ、ちょっと待て2人とも! 拒否権はないのか!?」
「「ありません~」」
笑顔の2人に引っ張られ、サクは真っ赤になっているアイリスの目の前へと連行される。
向き合う2人。恥ずかしいためか、アイリスはすぐにうつむいてしまった。その状態のままで話し始める。
「騎士団に所属する女性は全員が避妊魔法覚えてるから大丈夫」
「ひ、避妊魔法!? そんなのあるのか」
「仕事に当たる上で危険なことに巻き込まれる可能性があるから義務付けられてるの。だから、その……」
すでに煙を上げ始めているアイリスが、ゆっくりと顔を上げる。上目遣いで、困ったように眉を八の字に曲げて、告げた。
「優しく……、してね?」
それを見た瞬間、サクは初めて冴えない自分の理性が吹き飛んだのを感じた。
こんなにも可愛い子が勇気を出して言ってくれたのだ。自分にはそれに応える義務がある。そうに違いない。
自らの欲望に従い、サクはアイリスの肩に手を置いた。それに驚き、アイリスは体を震わせた。
「大丈夫。頑張る」
「……ん」
小さく頷いたアイリス。震え続けるその体。サクは絶対に無茶はしないと心に決めた。
そして、旅立ち前の長い長い夜が始まろうとしていた。
※
ハローワールド。一昨日童貞を卒業したと思ったら、その翌日に4Pを経験しました。純粋に死ぬかと思った實本冴久こと、サクです。眠いです。
サクはどこの誰に対してでもない報告を屋上にて心の中で行っていた。朝日の輝きが、寝起きの体に染みる。
深夜を超えて行為に及び、終わった後結局まともに眠ることができなかった。かといって、裸体の美女と美少女がいる部屋の中にいると興奮で気がどうかしそうなので、手早く着替えて屋上に来た。
風の音が聞こえるぐらいで、それ以外の雑音はほとんど聞こえてこない。疲れ切ったその体を伸ばしていると、少し離れたところにある出入り口の扉が開いた。
「……サク?」
「おお、ハクか。おはよー」
やって来たのは、ワンピースを身に纏った美女、ハクだった。嬉しそうに笑顔を浮かべ、こちらにやってくる。
サクの隣までくると、一緒にアルーセルの様子を見始めた。朝早いためか、仕事に向かう人や、学校へと向かう子供たちの姿が確認できた。
和やかな風景を見つつ、ハクは隣にいるサクをちらりと見た。疲れ、とても眠そうにしている姿があった。
大きくあくびをしたサクは、右肩辺りを指でつつかれた。何かと思って右を向くと、ハクが正座をしていた。そして、ここを枕に使っていいと表現するかのように、膝の上を叩いて見せた。
こりゃあ最高級の枕だ。さぞ寝心地がいいに違いない。そんなことを考えながら、サクは屋上に寝転がってハクの膝に頭を乗せた。
いい匂い。柔らかくて暖かい。空を見上げれば2つの大きな山の向こうに、微笑むハクの顔。ああ、最高の絶景だ。
「すまん、ハク。これ、マジで寝るかも」
「分かった。あ、でもちょっと待って」
そういうと、ハクはサクの頭を支えつつ、上半身を持ち上げた。
何をするのかと思っていると、静かに唇を重ねてきた。そして離すと、笑みを浮かべながら言った。
「おやすみのチューだよ」
「……ありがとう、ハク。おやすみー……」
「うん。おやすみ、サク」
再びその頭をハクの柔らかくて温かい膝の上に乗せる。ゆっくりと、心の底から安心しながら、サクは眠りについた。
冴えに、冴えに、冴えていたサクの三日間が終わりをつげ、新たな朝がやってきた。




