01 エロ本は武器になる
ハクを上半身の寝巻の中に入れ、サクは河原を歩いていた。目標はこの先にあるであろう街とか村とか何かしら。
家を出た時に適当に履いたのが運動靴で助かった。もしサンダルでも履いていたらこの足場の悪い中、四苦八苦しながら進んでいたかもしれない。
照り付ける太陽、熱された石の熱がサクを挟み込んでいた。ただでさえ運動不足な体にこれはきつい。汗がだらだらと流れ出し続ける。
歩き続ける中、寝巻からその長い首をひょっこりと出したハクがサクを見た。
(サク、蒸し蒸ししてしょっぱい!)
(え? まさか汗舐めちゃったの? やめとけ汚いぞ)
(汚いの?)
(ああ。衛生上よろしくないからやめときなさい)
(えーせーじょー? よくわかんないけど、やめとくね! じゃあこっから前見るよ!)
心の中で会話を交わした後、ハクは楽しそうにそのまま首を進行方向へと向けた。ざらざらしたその体が腹や胸に当たってちょっと感じているサク。
途中で川の水を飲んで水分補給をしながら歩き続けること約1時間。何か川の先から勢いの強い音が聞こえてきた。
その場所にたどり着いたサクとハクは驚いた。3mほどの小さな滝になっていたのだ。そして、そう遠くないところに整備された道のようなものが見える。
回り込めば降りられる道があるかもしれない。だけど、この高さならばギリギリ飛び降りることが出来そうだ。さてどうしたものか。
そうサクが悩んでいると、ハクが胸元から飛び出して行ってしまった。勢いよく水面に着水し、姿が見えなくなる。
不安そうに見守っていたが、少し離れたところでハクが顔を出した。
(大丈夫! 行けるよ!)
(すげーな、勇気凛々元気溌剌じゃねーか。……はあ、やるしかないかね)
確か滝壺は水流がエライことになってて下手したら抜け出せずに死ぬ可能性もある。小さな滝だからって油断しちゃいけないはずだ。
持っていたビニール袋を下の河原の部分へと放り投げた。さあ、後は行くのみ。
足場は悪いが若干下がって、助走をつけられるようにする。はち切れそうな心臓の音を耳元に聞きながら、深く深呼吸した。
そして、意を決して走り出した。まあ最悪、夢が覚めるか死ぬかの二択だ。その足が宙に浮いた時、サクは気づいた。
「あ、服」
寝巻を着たまま足から着水した。大きな水しぶきが上がる。何とか滝壺からは離れたところに落ちることができた。
水を吸って重くなった寝巻に苛立ちながらもすぐ上の水面を目指す。しかし、
「ぶふぉあっく」
その視線の先にあったのは、水面の下で小さな手足をパタパタと動かして犬かきのように泳ぐハクの姿。かわいらしいその様子に、水中の中で思わず吹き出してしまった。
肺の中の酸素が一気に失われた。笑いつつも苦しみながらサクは水面から顔を出した。それを見たハクが嬉しそうに近寄ってくる。
(楽しかったね! サク!)
(ああ。ちょっと死にかけたが)
咳き込みつつ、河原に上がった。びしょびしょに濡れた寝巻を一旦脱ぎ、水を絞る。周囲を見渡したが、服をかけるのにちょうど良さそうな木は見当たらなかった。
仕方なく大きめの岩に着ていたものを置き、乾くのを待つことにした。外で全裸になるなんていつぶりだろうか。
滝からの水しぶき、照り付ける太陽、森から聞こえてくる鳥の囀り、そして裸の自分。よくわからない爽快感を感じていた。
その場でぽけーっとしていると、ハクが興味深げな視線を向けてくる。
(サクって、男なんだね……)
(ああそうか、ハクは女の子か。こんな汚い物見ない方がいいぞー)
(いや、もうちょっと見てみたい気が……)
キラキラ目を輝かせながら、ハクはサクの体を見ていた。少し恥ずかしくなってきたサクは、持ってきたビニール袋で股間の部分を隠した。
そのままの状態で約30分程が過ぎた。寝巻を触ってみるが、まだ乾いていない。暇つぶしにエクスタシーを読もうかと考えた時、滝の近くの水面に勢いよく何かが着水した。
驚いたサクは岩陰に隠れる。びくびくしながら様子を窺っていると、それは水面から姿を現した。
少女だった。金髪の髪を肩まで伸ばし、美しい青い瞳。整ったその顔は女優としていてもおかしくないぐらい綺麗で可愛かった。しかし、残念ながら胸は貧相だった。
何故か裸の少女は河原へと上がると、右手の人差し指を1回転させた。すると、一瞬のうちに全身の水が巻き起こった風で吹き飛んだ。大きくなびいた髪が美しい。
胸は貧相なのだが、それ以外は完璧。見惚れていたサクだったが、何かがいないことに気が付いた。ハクがいない。
きゅーきゅーといったカワウソのような鳴き声が聞こえてきた。ハクの鳴き声だ。まさかと思いその方向を見ると、嬉しそうに少女に近づいていくハクの姿があった。
少女はそれに最初は驚いたものの、すぐさま笑顔となってハクを抱き上げた。あ、笑顔も可愛い。
だが、今はそんなことはいい。股間も甘硬くなってきてるけどそれもどうでもいい。この色々分からない状況で、ハクがいなくなるのはきつい。
一度岩陰に隠れて対策を練る。急がねばハクが拾った子犬のように連れていかれてしまうかもしれない。それほど学のない頭をフル回転させる。
そして結論に至った。もう確実に、迅速にやるのであればこれしかない。どうせこれは夢。もし現実だとしたら、その時はその時だ。
「へーい、美少女ー!」
勢いよく全裸のまま、岩陰から飛び出す。少女の視線がこちらへと向けられる。そして、固まった。
ここまでは予想通り。そして秘密兵器を片手に、少女へと近づいていく。
「――っ!!」
顔を真っ赤に染めた少女は右の手のひらに小さな燃える球を形成した。その口から発する言語は聞いたことがなかったが、大体は予想ができた。
目の前を冴えない顔の男が全裸で迫ってきているのだ。これほど恐ろしいことはないだろう。
歩を進めていくと、少女は燃える球をこちらに投げつけてきた。避けられない。ならば正面から受け止める。そんな覚悟を決めたが、当たる直前に目をつぶってしまった。ヘタレである。
「……ん?」
「――!? ――!!」
燃える球はサクの手前でかき消された。サク自身も何が何だか分からないが、少女のほうもかなり混乱しているようだ。
再び燃える球を形成して投げつけてくるが、それも消える。サクは自分の心の中に漠然としたその燃える球のイメージが浮かび上がった。
おもむろに右の手のひらを広げてみる。すると、目の前の少女と同じ燃えるの球が形成された。
「あつっ! 熱ぅい!」
形成できたのはいいが、それはかなり高温だった。すぐさま頭の中で消えろと命じると、その球は跡形もなく消えた。
もしかしてこれが自分の能力だといえばいいのだろうか。ここにきてのファンタジー要素満載な展開にサクは驚いていた。
目の前の少女は少し息切れしている。MP切れ的な感じなのだろうか。少し苦しそうだった。
ならば自分と少女のためにも早く決着をつける。距離的にももう十分だと考えたサクは、ビニール袋から秘密兵器を取り出し、それを開いて見せつけた。
「――っ」
秘密兵器の名は『月刊巨乳エクスタシー』。巨乳好き紳士のサクににとっての最強の武器にして、最高の雑誌。毎月必ず自宅近くのコンビニで購入することがサクにとっての生きがいの1つだった。
女性のあられもない姿が写されているそのページを見た少女は、今まで以上に顔を赤く染めて硬直した。効果は抜群のようだ。
続いて今月号の特集コーナーのページを開く。さらに過激な内容を見た少女の頭から、湯気が上がり始める。その様子にちょっと効きすぎかとサクが心配になったところで、目をぐるぐる回しながら少女は左手にハクを抱きかかえたままその場に倒れてしまった。
すばらしいレベルの純情。見た目も可愛ければ、心の中までも可愛いとは。
倒れてうなされている少女の体の方へ思わず目が行きそうになったが、それを必死に我慢してサクは少女を抱き上げ、木陰に連れて行った。
見た目以上に軽かったその少女を木の根を枕にして寝かせつける。われながらヘタレスキルを押し殺してよくやったと自らをほめたたえた。
一息ついたところで、ハクが近づいてきた。
(あの本、大きい胸の女の人がいっぱい写ってたね)
(すまん、あれは呪いの本なんだ。純情なやつに特に効くから、ハクもやばいかもしれないぞ。すぐに忘れるんだ)
(わ、わかった)
真に受けたハクが震えながら頷いた。少女も可愛いがハクも十分可愛い。
気を失った少女が起きる気配はない。このまま放置してもいいが、自分のせいで風をひかれたりすると困る。ふと、先ほどの燃える球を有効活用する案を思いついた。
立ち上がったサクは寝巻を置いておいた岩へと歩いていった。
※
「うっし、乾いたー」
燃える球を利用した水分の急速蒸発。最後の足の部分を終え、ようやく下半身全体を覆うことができた。
寝巻全体を乾かすのに四苦八苦していたら1時間が過ぎていた。サクの横では、上半身の寝巻をかけられた状態で少女が静かな寝息をたてて眠っている。
作業が終わったのを確認したハクが、川での水遊びから帰ってきた。小刻みに体を震わせて水分を払う。
(その子、大丈夫そう?)
(あらかじめ温かくしといたやつかけといたから大丈夫だろう。ちなみにこの子と何か話とかした?)
(こんなところに竜がいるのが信じられない。すぐに保護してあげる。守護騎士はどこにいるの? とか言ってたよ。すごく嬉しそうだったね)
(あちゃー、もしかして話せばわかる系だったかな。言葉わかんないけど)
自らの判断が少し軽率だったかもしれないことに気づき、サクはため息をついた。唯一コミュニケーションができるハクのことを優先的に考えすぎてしまった。
だが、過ぎたことはどうしようもない。涼しい木陰から離れ、道があった川の先を見つめた。それほど遠くはなかったはずだ。
最後に、木陰で眠る少女を見た。上半身の寝巻をかけられ、木の葉の隙間から漏れる光が優しく照らしている。その顔からはもう苦悶は感じられなかった。
正直すまんかったと心の中で謝りつつ、上半身裸のままサクはハクを頭の上に乗せて歩き出した。
静かに眠る少女のすぐ近くには、お詫びとしてサクが夜食として購入したオレンジ味のグミが一袋置かれていた。