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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第一章 冴えてる三日間
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14 飛んで、飛んで、飛んで、飛ん(ry

 夕日が平原を綺麗に染め上げていた。たまに吹く爽やかな風がとても気持ちいい。アルーセルから出て少しだけ街道から離れた場所に、サクたちはいた。

 サクの頭にできた大きなたんこぶはとても痛々しかった。しかしながら、罰として治癒魔法をかけてもらえずに生き地獄を味わっていた。

 やることが予定よりも早く終わったアイリスとゲイリーは、サクとハクに完全に日が暮れる前にとある練習をするため、ここまで連れてきた。アイリスの横でカーラは目の前に並ぶ2人を微笑みながら見守っている。

 目の前に並んでいる2人に、アイリスは話し始める。



「竜などの高等魔生物は、人と繋がりを深くすればするほど力を増していくの。サクが接したことでハクが急成長を遂げたのもそれが理由ね」


「ほーん。そういうもんなのか」



 その説明を聞いたサクは納得がいったようにハクを見た。可愛く、美しく成長したその姿に見惚れていると、アイリスは咳払いをした。

 


「そういうものよ。その人間の体が大きくなったということは、それと同時に竜の姿も成長しているはず。ハク、竜の姿になってくれる?」


「分かった」



 指示された通り、ハクは竜の姿になるために全身を光輝かせた。果たしてどれぐらい大きくなるのか。

 ワクワクしながら見ていたサクは、一瞬にして変化したハクの体に弾き飛ばされた。声を上げることもできずに平原を勢いよく転がる。ほぼ隙間を開けずに立っていたのが間違いだった。

 雑草や土にまみれたサクは体の節々に痛みを感じながら起き上がろうとした。しかし、その体は温かくもざらざらとした感触の大きな手に拾い上げられた。



(ごめんサク! 大丈夫?)


「お、おお。ハク……か。こりゃまたずいぶん大きくなったんだな」



 その大きな両手の中に、サクの体は完全に収まっていた。大きくて綺麗な黄金の瞳がサクに向けられている。

 白銀の体表。あの小さな羽は巨大な羽根へと成長を遂げている。その全長は8mほどにまでなっていた。もう立派な竜となっているハクに、サクだけでなく、その場にいる全員が驚いていた。

 愛情を一心に受け、寝る子は育つともいうが、さすがに成長しすぎではないかとサクは思いつつも、自らの目の前の大きな顔を優しく触れてみた。

 それが嬉しかったのか、ハクはその大きな顔に笑みを浮かべた。大きくなっても可愛い。ハクはハクのままだとサクは安心した。



(えへへ、サクー!)


「どうわっぷ」



 じゃれる子犬のように、ハクは大きな舌でサクを舐めてくる。見た目と違って、やはり心は幼いままだった。

 ちくしょう、超可愛い。唾液まみれになりつつも、サクは笑顔でハクと戯れていた。



「……予想以上ですな、お嬢様」


「予想以上何て話じゃないわ。急成長の話はあったけど、ここまで大きくなった事例はなかったはずよ。それに、この圧倒的な魔力。正直に言ってもう私たち、いや、この国が束になっても勝てないわ」



 目の前の光景に驚きつつも、アイリスとゲイリーは静かに成長したハクを観察していた。

 無邪気な様子からは考えられないが、その成長した体の中に内包している魔力の総量は桁違いだった。敵に回れば絶望的な存在になることは間違いない。考えただけでも恐ろしい。

 真剣に考え事をする横で、カーラは成長したハクの姿を小さく拍手をしながら素直に喜んでいた。



「大きくなりましたねハク~。すごいです~」


(ありがとー! カーラ!)



 手の中にいたサクを地面に下し、その長い首の先にある顔をカーラに近づけた。目の前まで来たハクの顔をカーラは優しく抱きしめた。

 その温かさにハクが照れていると、カーラは微笑みながら告げる。



「これでもうサクを何からでも守れますね~」


(うん! 一緒にサクを支えていこうね!)


「はい~。もちろんです~」


「守られる側の俺も、こんだけの優しさを向けられると恥ずかしくなっちまうな」



 前面がびしょびしょに濡れたサクがカーラの横に照れながらも合流する。そんなサクを、カーラとハクは優しく見守っていた。

 圧倒的な安心感。もはやどんな存在が敵になろうと、怖い物はない気がしてきた。そう考えていたサクの近くで、アイリスが再び咳ばらいをした。



「私がいることも忘れてないでしょうね」


「もちろん。大切な嫁の1人を忘れるわけないだろ」


「よ、嫁ぇ!? あ、あん、あ、あんひゃ、そういうことはまだ少し早いでひょ!」


「落ち着けアイリス。焦りすぎて中盤以降から噛みまくってるぞ」


「それはあんたのせい……。ああ、もういいわ。時間がないから早くしましょう」



 焦りと興奮を抑え込むために、アイリスはその場で深呼吸した。そのすぐ後ろでゲイリーはサクたちのやりとりを満足そうな笑みを浮かべて見守っていた。

 気づけばもう少しで日が沈む。残されている時間はわずかだった。息を整えたアイリスは手早く指示を出す。



「簡単な飛行練習をしましょう。サクはハクを乗せて、周辺の空域を自由に飛び回ってみて。飛び方に関しては本能的に理解できてると思うけど、いける?」


(うん! いつでも行けるよ!)


「よし、じゃあサクはハクの背中に乗って頂戴」


「おうよ」


「あ、ちょっと待って」


「ん? 何?」



 動き出そうとしたところを呼び止められたサクは、アイリスの方へと向く。

 詰め寄ってきたアイリスは背伸びをすると、サクの頭へと手を伸ばした。その手から溢れ出した温かな治癒魔法の光が、大きなたんこぶを消滅させた。

 痛みも綺麗になくなった。サクは消えた痛みに胸をなでおろしていると、アイリスは目の前で恥ずかしそうに視線を逸らしながら言った。



「……嫁って言ってくれたお礼。恥ずかしかったけど、嬉しかった。ありがとう」



 もじもじいしながらも告げたそれを聞き、サクは思った。可愛すぎるだろう。本人的にはそういったことを意識してやっていないところが、サクの心を鷲掴みにした。

 ヘタレスキルを押し殺し、サクはアイリスの頭を優しく撫でた。顔を真っ赤にするアイリスにサクも照れてしまう。



「こっちこそありがとな。そんじゃ、行ってきまーす」



 サクは屈んでくれたハクの首元から背中に乗り、後頭部からしっぽの先まである背びれに掴まった。

 不思議なことに、サクが触れている背びれは柔らかいのだが、それ以外は堅かった。どうやらハクが硬度を調節してくれているようだ。

 ありがたいと考えていると、ハクはゆっくりと立ち上がった。ズレ落ちてしまうかとも思ったが、これまた不思議な力の影響で何故かぴったりとハクに吸い付いていた。

 巨大な羽を広げる。白銀のそれは、夕日の光を受けて煌めいていた。美しいその光景に、アイリスたちは心を奪われる。

 そして、嬉しそうに空に吠えると、ハクは夕焼けの空へと飛び立っていった。






     ※






「うおお! すげえ、すげえよハク!」


(まだまだ~! もっと行くよ~!)



 すでに遠くに見える山を越えたが、ハクはサクを乗せたままどんどん上昇していく。雲の高さまで来たところで、滞空を始めた。

 地平線の彼方まで見える。超インドア派であるサクは、普通に生きていれば絶対にみることのできない絶景に、言葉をなくした。すごく、すごく綺麗だった。

 南西の方を見れば海が広がっており、北西の遥か遠くにここからでも分かるぐらい大きい都市の存在を確認することができた。それら全てが、夕日に照らされている。

 幻想的な光景にサクが感動していると、動きたくてうずうずしているハクが心越しに話しかけてくる。



(よし、それじゃあ行くよ!)


「おう、派手に行ってくれ!」



 その返答を聞いた後、ハクは急降下を始めた。風の抵抗をガン無視して進むその速度は凄まじいものだった。

 単純に重力の影響だとかそういうもので加速しているのではない。ハク自身が知らぬ間に高速飛行魔法的なものを使っているのをサクは感じた。強く繋がっているからこそ、理解できた。

 はっきり言って絶叫マシンが苦手なサク。某東京の夢の国のウエスタンな場所にある高速ジェットコースターで失神してしまうほどに、絶叫系は駄目だった。

 しかしながら、そんなサクでも全く恐怖感を抱いていなかった。それどころか、この状況を心の底から楽しんでいる。一瞬疑問に思ったが、謎はすぐに解決した。



(いやっほ~う!)



 ハクだ。縦横無尽に空を飛び回り、喜んでいるその心がサクにも影響を及ぼしていた。繋がっている先の喜びが、恐怖を打ち消していた。

 最高の気分だった。急降下、急上昇、急旋回。そのどれもが楽しくて楽しくてしょうがない。

 サクのその気持ちを感じ取ったハクは、さらに派手な空中技を繰り出す。お互いに心の底から笑いながら、赤く染まる空を飛び回る。



「もっとだ、もっと派手に行こうぜハク!」


(うん!)



 冴えない男子高校生は、今までにしたことのない爽快な笑顔を浮かべていた。

 その脳内では、某ゲームのCMにも使われた名曲の有名なフレーズが響き渡っていた。






     ※






「すごいですね~」


「圧巻の空中技ですな~」


 

 夕焼け空を飛び回るハクの姿に、カーラとゲイリーは感嘆の声をもらした。

 とても初めての飛行とは思えないその動作の数々は素晴らしいものだった。白銀の体が夕日を反射し続け、見た目のとても綺麗だ。

 見惚れている2人の横で、アイリスが渋い顔をしていた。それに気づいたゲイリーが声をかける。



「どうしましたお嬢様。また妬いておられるのですか?」


「……そうじゃないわ。ねえゲイリー、水は持ってきてるわよね?」


「ええ。事前に言われた通り、持って参りました」


「それ、準備しておいて。たぶんもう少しで使うことになるから」


「もう少しで? それはどういう――」



 その会話の最中に、ハクはゆっくりと地上へと降り立った。サクを背中から下すと少女の姿に戻る。

 空中から帰ってきた2人は、顔をうつむいかせたまま、アイリスたちのもとへと近づいてきた。

 一体どうしたのかと心配するゲイリーとカーラ。だが、この後どうなるかアイリスは分かっているようで、大きくため息をついた。

 3人の目の前まで来たサクとハク。ゆっくりと、うつむいていたその顔を上げる。そして同時につぶやいた。



「「気持ち悪い」」



 その顔は真っ青だった。心ここにあらずといった様子の2人は、今にも倒れてしまいそうだった。

 駆け寄ろうとしたカーラをアイリスが止めた。何故止めるのかと問いただそうとした次の瞬間、サクとハクは耐えきれなくなった吐き気を放出した。



「オロロロロロォォ」


「うえええええぇえぇ」



 汚いナイアガラの滝が2人の口から形成される。嫌な音を立てながらも地面へと滝が落下していく中、アイリスは静かに2人の背後に回り込んだ。

 そして静かにその背中を摩った。それによってさらにこみ上げてきたものを耐えようとしたが、真っ青な2人にアイリスは優しく話しかける。



「無理はしちゃ駄目。出しちゃった方が楽になるわ。ほら、派手にやっちゃいなさい」


「すまんアイリすうぇろろろろぉ」


「ごめんねえぇぇうううううぼろおおう」



 優しいその手にサクとハクは涙を流しながらもナイアガラを形成し続ける。初の飛行でこうなることを、アイリスは見越していたのだ。

 吐き出し続け、苦しそうな2人をアイリスは背後から勇気づけていた。



「大丈夫。仕方がないことよ。口をゆすぐための水も用意してあるから、安心しなさい」



 完璧な気遣いで2人をサポートするアイリスの姿を見て、カーラとゲイリーは少し笑っていた。

 そしてお互いに考えていたことをアイリスたちに聞かれないように静かに話す。



「アイリス、まるでお母さんみたいですね~」


「ですな。これは良い母親になること間違いなしです」


「同意見です~」



 夕日が沈み、空には一番星が輝き始めた。たまに吹いていた風も、少しひんやりしたものへと変わっていく。

 いくつもの小さな光が現れ始めた夜空の下で、最後だと思われるナイアガラの滝をサクとハクが形成した。



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